第七話:疑心暗鬼
慎吾は二十年ぶりに沖縄に戻ると、記憶の数々に襲われた。ゲームに熱中した純粋な頃の思い出は、母親への疑惑へと結びついた。
「母の姉が、本当の母?」
「どうしてよ、私の子だよ!」
「違う、『もらうなら、女の子がよかった』って」
「だから、お姉さんの別の話よ」
「僕は、麗子おばさんの子なんだろ!」
母は口を開けたまま、瞬きを繰り返した。
「何を言っているの?」
「さっき、この電話でそう、言ってた!」
慎吾は、受話器を鷲づかみ、勢いよく壁にぶつけた。粉々になってしまうほどだ。彼の認識の中では、その受話器は完全に消滅した。聞いた会話が、これで藻屑となって消えて無くなって欲しかったのだ。
当惑する母の顔。信吾は、ショックと興奮のあまり、目眩を感じた。電話の中の『お姉さん』、『もらう』という言葉を鮮明に覚えていた。
母の兄弟、姉妹には子供が多い、それに比べて、ここは彼一人である。
(母は、実は子が産めない体だったのでは?)
とも考えが広がる。伯母は2人の子供、母方の叔父も4人もいるからだ。
(麗子さんが、実は自分の本当のお母さん? 養子に貰われてきた?)
疑心暗鬼に陥り、この場を、とにかく離れたかった。母を見る目が疑わしくなった。『目の前の女性は、お母さんではなかった?』、という疑いである。この妄想は、これまで作り上げてきたアイデンティティーという積み木を、一気に崩す力があった。でも母と「麗子さん」は姉妹、ならばDNAは一緒では? とも無理やり考えた。精神を安定させようとしているのだ。父は大声で叱り、恐怖で押さえつけようと必死になっている。そんな彼も、本当の『お父さん』なのか、これまでの認識が揺れ始めた。
父の顔形は、面長で角張っている。自衛隊の訓練で、日ごろ鍛えているからだとしても。それと、違って、自分は典型的な丸顔だ。
家では気持ちが落ち着かない。いられなくなったのだ。