第六話:僕は誰の子?
母は、すぐに学校へと駆けつけてきた。
四階建ての建物、誰も居ない教室が並ぶ深夜、1階の教職員室だけが、煌々と光を発している。教頭先生、生徒指導、担任の先生らの顔は赤い。涙を止め切れない母の姿に、なぜか他人行儀を感じた。みっともないので、やめてくれという気持ちにもなった。
やっと家に帰されてすぐに、静岡の父から電話がかかってきた。
「おい、聞いたぞ、バカもんが! だれがそんな事、しろといった」
「自分で」
「バカが勉強せんで、そんな事ばっかりやっとるンだろうが! 明日にもこっちこい」
一方的に喋り続け、声が枯れかかっている。自衛隊仕込みの叱り方は、電話越しでも迫力があった。
慎吾は反抗した口調で、
「だから、嫌なんだ! そっちは」
「ふざけるな! 目の前にいたら、ぶっ飛ばしていたぞ!……」
電話は勝手に切れた。部屋のベッドへと倒れ込んで、枕元の写真を右手でなぎ倒した。
父親が戦車の操縦士となり、横に小学五六年の頃の自分の姿、ハッチから上半身を乗り出した親子の記念写真である。
静まり返った深夜、壁の向こう側から、母のすすり泣く声が聞こえてきた。ドアと床との隙間から電話声が漏れてくる。動揺しているのか、今にも泣き崩れそうな口調だ。慎吾は無視して寝入ることができず、耳は自然とそこに傾けられた。
「この子が考えていることが分からないの―――もらうなら―――女の子が欲しかったわ……」
と聞き取れた。
はっと、ベッドから飛び起きた。今度は全身の体、皮膚が耳となり研ぎ澄まされた。
「お姉さんの―――が、欲しかった。おりこうさんだし、あの人の子は―――なの?」
「うそっ」と、目前のドアを取り壊す勢いでノブを掴み、強引に外側に押し開いた。床を響かせ、歩み寄る。
「また、後で電話するわ」
と、母は、急に襲いかかる野獣に恐怖するかのように、わなわなと手を振るわせて受話器を置いた。
「えっ、僕は、もらいもんか?」
「なに、言っているの!」
「うそ、もらうなら、女の子、何とかって」
「今の電話は、聞き違いよ。別の家の話をしていたのよ」
「うそだ! 母ちゃん―――違うのかよ?」