第十一話:教室でのキス
慎吾は、高校時代に隣の席に座っていた彼女との出来事があった。
アイデンティティのぶつかり合いでもあり、お互いが持つ悲しみの融合でもあった。
恋とはため息と涙でできているもの。
by シェイクスピア「お気に召すまま」より
『N・K・敬子』、ハーフの横顔がとても可愛い。
彼女とは高校に入り、席が右横だったこともある。地球を守り続けるゲームばかりではなく、真面目な話もした。昔の戦争の話となると、お互いに切り裂かれる気持ちになり、目には涙を溢れさせていた。
慎吾は自衛官である父の話もした。日本を守るために仕事をしているとの自負心が強いと。母の親族は沖縄戦で死んでしまった人も多かった。平和の記念公園に名前が刻まれている。父の酒の入った話を、母は受け入れていた。
敬子に向かって、こう言った。
「父は酔って、
『沖縄で戦死した兵士は、犬死にしたというのか。ほとんどが、農村出身の若者達だぞ!』
と、僕と母を前に言うんだ。また別の話に飛び火して、
『日本海海戦ではロシア海軍を破った。黄色人種が始めて白人に勝った記念すべき戦いだ。イラク軍はアメリカに一週間しか持たない。沖縄戦では4ヶ月は保った』
という工合かな………」
「そうなの……」
と、敬子はいつも素っ気ない。我慢して訊いているのだろうと、その時は気がつかなかった。
母親から聞いた話もした。
「母も、たまに感情的になるんだ。
『叔父は兵隊だったけど、米軍の機関銃で頭が吹き飛んだって。家族は一家全滅した。艦砲で死んだのか、渡された手榴弾かも、骨も無いのよ』
と、この話もよく繰り返して聞かされた。敵の攻撃は無差別なんだ、人間のすることじゃないよ」
混乱した家庭を敬子なら理解してくれるかと思った。だが、話の途中、急に目を見開いて彼の両肩を力を込めて掴んだ。合わせられた彼女の視線が目を突き抜け、隠れている心の洞窟を覗いていた。
「ゲームの話はいくらでも聞けるけど、でも本当の戦争で、私のお父さんの国を、敵だ、人間じゃない、なんて、言わないで! 慎吾君、分かった?」
ビクつきながら頷いた。
彼女は珍しく感情を抑えきえずに、
「私のことも知らないで、勝手なこと平気で言わないで。最低なヤツ。二度と顔も合わせたくないわ!」
慎吾は、ゾクッとした。
母が違うかもしれないという自分のアイデンティティの揺らぎを思い出した。彼女の気持ちもわからないでもない。しかし、好きな感情を抱いていただけに、かなり傷ついた。
「ごめん」と、言うので精一杯だった。
イスに座ったまま正面を向きなおし、両手で顔面を隠した。
それを見た悪友が、近寄り、
「慎吾、お前、泣いてるのか? 恥ずかしくないのかよ。言い返してやれよ」
「いや、僕が悪い……気持ちが分かる」
涙が零れ落ちて、止めることができない。生まれて初めてだった。
敬子の頬も赤く、自ら震える体を抑えるように腰を上げ、
「立って」と、声をかけてきた。
慎吾も、ごそっと立ち上がった。
そして彼の懐に入り抱きしめてきた。両手を前に、彼の頬に当てると唇を合わせてくる。彼女にとって初めての行為なのか、お互いの前歯があたった。吐き出す息も熱く溶け出す勢いで、立っていられるのが精いっぱいだった。引き合うはげしい力で絡み合い、燃え上がった体温を伝え合い、心も体も一つになっていくようだ。
「あぁーっ」と、甘い声を出したのは彼女だった。
大声での討論からキスまで、学校の休み時間での出来事だった。
教室は静まり返っていた。




