第十話:彼女の娘、残された手紙
慎吾は、20年ぶりに沖縄に帰ると、
若かりし頃に付き合っていた彼女の死に直面した。
敬子の生家、駄菓子屋の中には、インベーダーのゲーム台が、置いてあったのを覚えていた。
『ゴリー』が彼女を口説いて、結婚したのはの閉店後にゲームを、タダでやりたかったのか。と、子供じみた考えも浮かんでくる。
整備が進んだ公園の前に、古い三階建てのコンクリート作りの建物と、店の看板がすぐに目に入った。消えかかっているが、確かに『N商店』と書かれてある。その下にある電話番号も何度か、かけたことがある、『68-』から始まる古い番号のままだ。正面の戸板は、閉じられていた。
右の通路用の玄関を、掃除している女性がいた。年齢は二十歳前後だろうか、上下、黒服だが大人に成りかけの初々しさを感じる。
彼女は斜め前方に、立ちつくす同じ喪服姿の慎吾に、ちらりと視線を向けてきた。薄い眉毛だが沖縄の女性以上に、しっかりと開いた目、鼻筋がまっすぐ。その顔形は、あの敬子そっくりだ。髪型は長く自然に流れる感じで、飾りっけが何もないのに、乙女としての魅力は隠すどころか、体中から溢れ出している。
「この家は亡くなった、K・敬子さんの?」
「はい」
「お嬢さんですか?」
女性は小さく頷いた。
「お父さんは――亮さん?」
「ええっ、そうですけど、母の法事は昨日終わりました。でも、お線香を上げるのでしたら、どうぞ中へ」
右端の階段から二階へと上がった。
玄関のポストには、大城家の名前が明記され、『K・敬子』ともあった。仏壇が垣間見え、横には顔写真があった。四十歳代の女性、まだ三十代にも見える。確かにあの敬子だ。目元、口元は変わりない。目鼻立ちがしっかりとして、その美しさは変わらなかった。
先日まで、慰霊をしていたかのようだ。花が飾られ、仏壇の位牌の右横には、白い服をまとった女性、キリスト教でいうところの『マリア様』の小さな像もある。母親が持ってきたのだろう。
慎吾は香典を出した。
娘はそそくさと、なれた手つきで焼香した。出された袋、そこに書かれた名前に視線を移すと、指先に持つ線香が微妙に震え始めた。風に吹かれた波を漂う木の葉のよう。
彼はその揺れる線香を受け取った。三度頭を下げて、写真を見ながら手を合わせた。
(敬子さん……)
浮かぶのは十八の頃の笑顔。目元に若かりし頃の面影は残っていた。
「何か、病気を?」、ゆっくりと、娘に声をかけた。
「ええ、ガンで入院してたのですが、再発で……」
「残念だね」
「…………」
彼女は頭を下げた。
そして、香典に書かれた名前を、再び確認するように見ると、彼に向けられる視線には力が込められた。急に手の平で自分の口を隠し、感情を抑え込もうとしている。
「母の遺言で、手紙や日記を整理しています。最後には、焼いて捨てるように言われました。佐々木さん、あなたに出さずに、残していた母の手紙があります」
「えっ、出さなかった…… 手紙?」
次の返事が出るまで時間がかかった。
「――あぁ、恥ずかしいな」
「それを読んで、毎晩泣いて眠れないのです。弟や父は、私がショックで、泣き続けていると思い慰めてくれるのですが、実は、手紙のせいなんです」
丁寧な言葉使いだ。
急に立ち上がり、奥の部屋に去っていった。敬子の写真を見直した。
これまでの彼女との思いでが溢れ出してきた。




