真・摂政戦記 0017話 蠢動 その①
1941年12月中旬 『日本 東京 首相官邸』
この日、近衛首相と嶋田海軍大臣が会談していた。
「このままではいけません。日本の将来に禍根を残します。あのウラン爆弾をこれ以上使うのは人道の点において許される事ではありません。しかし殿下は私の言葉を聞いて下さらない……」
そう言って近衛首相は沈鬱な表情を見せた。
「ウラン爆弾については同意見ではありますが……」
嶋田海軍大臣の言葉も歯切れが悪い。
今次大戦において閑院宮摂政は、摂政の権限が不明瞭な部分を利用して、大本営越権で独自に「桜華」なる陸軍非正規部隊を動かしアメリカ本土を直接攻撃していた。
ウラン爆弾による攻撃もその一環だ。
しかも閑院宮摂政は統帥権の独立を盾にしている。
陸軍も海軍もこの統帥権の独立をこれまで固持し、それを頑なに守り干渉される事を何よりも嫌った。
言うならば「我が軍のやる事に口出し無用」である。
閑院宮摂政の組織した「桜華」部隊は、公式には陸海軍には属しておらず摂政直属の非正規部隊の扱いであり独立組織である。
その誕生と育成には陸軍がかなり深く関わっているが、あくまでも非正規部隊であり、陸軍参謀本部にも命令権は無い。
閑院宮摂政は「桜華」部隊への統帥権はあくまで摂政にあるものとし、陸軍、海軍からの一切の干渉を許さなかった。
逆に今次大戦において閑院宮摂政は陸軍と海軍の統帥権の独立を尊重し干渉する事はしていない。
尤も陸軍については閑院宮摂政の傀儡により動かされてはいたが。
それ故に海軍としては「桜華」部隊の行動に干渉し難いものがあった。
摂政と海軍の間では、お互いの統帥権に口は出さない、という暗黙の了解のような状況が開戦以来出来上がっていたのである。
ただ摂政という地位からすれば、全ての統帥権は摂政にあるものとも判断できる。
明治憲法第11条には「天皇は陸海軍を統帥す」とあるのだ。
天皇の代理人たる摂政が陸海軍を統帥するのはおかしい事ではない。
明治二十二年に定められた皇室典範の第五章「摂政」の項には、その権限の範囲は定められていないのではあるが。
それはともかく昨今の国際社会は国際法に戦争を制限する条約・条項を増やす流れにあった。
特に兵士以外の民間人の安全を保障しようとする機運は民主主義の国では高まりつつあった。
それに真っ向から歯向かうような閑院宮摂政の「桜華」部隊を使った非人道的な無差別攻撃作戦である。
しかし、それを止める手立てが無い……
「この戦争が終わった後、日本はどのような目で世界から見られるでしょう。
恐怖されるでしょう。その恐怖は世界からの日本の排除を招き兼ねません。私はそれが恐ろしい。
もう海軍のお力に縋るしかないのです。海軍の力により摂政をお止めいただきたいのです」
近衛首相の疲れたような縋るような声音に嶋田海軍大臣は一瞬声を詰まらせる。
そして確認の問いをする。
「……それは、海軍の力で殿下を排除せよと仰られているのですかな?」
「……」
近衛首相は無言だった。
しかし、表情は「その通りだ」と語っているようにしか見えない。
「首相、はっきり言っておきましょう。私もウラン爆弾のこれ以上の使用には反対です。
それについては身命を賭して殿下をお諫めしてもいい。
しかし皇軍相撃つ事態だけは断じて避けなければなりません。
今や陸軍は殿下に心酔しきっています。
もし、ここで海軍が殿下の身に指一本でも触れたならば必ずや内戦となります。
それは日本を滅ぼす。
いけません。それは断じていけません」
「しかし……」
この日、近衛首相と嶋田海軍海軍大臣の会談は深夜に及んだ……
【to be continued】