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剣の娘  作者: 風音悠真
3/3

第3話

 「大丈夫?」


 そう呼び掛けられて、剣を構えたまま呆けていた男はハッと我に返る。


 「あ、ああ」


 「そう……間に合って良かった」


 (赤い髪の、子ども? ……にしては今の動き、恐ろしく速かった)


 返事をして剣を下ろしつつも、男は赤髪の子ども――ユラを観察する。未だ剣を鞘に納めないのは、ユラの剣の鋭さに警戒心を抱いたからだ。そして、観察する男の中に、当然ながら一つの疑問が浮かび上がった。


 (なぜ、目を閉じているんだ?)



 一方、男の無事を確認したユラは、ほっとした様子でふぅっと息を吐き、右手に持っていた抜き身の剣を一振りする。近くの岩に赤い斑が描かれ、血濡れていた剣が輝きを取り戻した。


 その無駄のない動きに、男は感心すると共に更に警戒を高める。しかし、その後すぐに剣を納めたユラに少し拍子抜けしてしまうのだった。そして、剣を納めた子ども(しかも目を閉じている)相手にいつまでも警戒し続けることがバカらしくなり、結局男も剣を納めた。


 ユラは右腰に吊り下げていたロープを手にすると、黒ウルフの胴体に近付き、手早く脚を縛り上げていく。目を閉じているにも関わらず見えているかのようなユラの迷いない動きに、男が目を見開く。


 「お前さん、何で――」


 ――目を閉じているのに、そんなに動けるんだ?


 その男の問いを遮るように、遠くからピィーッ! という高い音が響いてきた。守り笛の音だ。下を向いていたユラが、バッと音の方向に顔を上げる。その顔は心なしか強張っていた。

 音はその後二回聞こえ、ユラの顔から緊張が溶けて口許に笑みが浮かんだ。


 「……何だったんだ?」


 そんな男の呟きを余所に、音を聞き終わったユラは立ち上がると、自らも指笛で三回音を響かせる。そして縛り終えていた後ろ脚のロープを持って黒ウルフを右肩に担ぎ上げた。黒ウルフの血がボタボタと岩場に落ちていく。左手で黒ウルフの頭の毛をむんずと掴むと、その様子を呆然と見つめていた男の方を向いて口を開いた。


 「巻き込んでしまってごめんなさい、旅のお客人。もし村に向かっているなら、そのまま進んで行くと良いわ。一本道だから、迷わないと思う」


 「あ、あぁ、ありが――っておい!」


 そして軽く会釈すると、男の返事を聞く前にククルー山の中へと走り去っていった。黒ウルフの巨体を担いでいるにも関わらず、その早さは中々のものだ。あっという間に消えていった。


 その姿を見送った男は、暫くそのままぼうっと突っ立っていたが、気を取り直して再び村へと歩き出したのだった。



◆◆◆



 黒ウルフを仕留めたユラは、その死体を担ぎ、ゲン達の元へとククルー山の中を走っていた。先程の三回の笛の音は、討伐を完了した合図だった。しかし、もし怪我人が出ているなら応急でも手当てをしなければならない。男達も各自薬を持っているだろうが、念のために急いで戻ることにしたのだった。


 そんなユラの走った後には、黒ウルフの血が滴り落ちて跡になっている。ユラは走ると同時に血抜きも行っていた。いずれそこでは植物が他より大きく成長することだろう。普通のウルフよりも濃い魔力を溜め込んだ黒ウルフの血は、植物達にとってこの上ない栄養剤なのだ。



 走りながら、ユラはさっき出会った男のことを思い出していた。


 (知らない人だった。クルノ街道を通ってくるなんて、一体何者だったのかしら? それに、あの動き……慣れている様だった)


 黒ウルフに襲われた瞬間の男の抜剣の自然さに、ユラは気付いていた。そして、自分が警戒されていたことも。しかし、敢えて自分から剣を納めたのは、相手の警戒を解くためであり、男に敵意がなかったためだ。でなければ、抜き身の剣を持ったままの見知らぬ人物、しかも剣の扱いに慣れていてクルノ街道を通ってくるような相手に、そんな愚行を犯しはしない。


 疑問は尽きないが、村に向かっているならいずれまた会うだろうと、ユラはあまり深く考えないことにしたのだった。



 「ユラ! 無事だったかぁ!」


 ゲン達と合流すると、誰も怪我を負うことなく無事にウルフ達を狩ることが出来たようだった。皆笑顔だ。……一人を除いては。


 「ううぅ……」


 タツマが泣きべそをかいていた。叱られたらしい。


 「タツマ、怪我は無かった?」


 全てのウルフの血抜き作業を男達に任せ、ユラはタツマの相手をすることにした。


 「うん……でも、ユラはうでが……」


 「ああ、それなら……ほら」


 ユラは左腕をタツマに見せた。手甲含め、全くの無傷である。自分のせいで怪我を負わせてしまったと思っていたタツマはびっくりだ。涙も引っ込んでしまった。


 「な、なんで!?あんなにかまれてたのに!」


 「この手甲は丈夫だから」


 そんな様子のタツマに、クスクスと笑うユラ。しかし次の瞬間には真剣な顔つきになる。


 「でも、本当に危なかったのよ。仇を討ちたかったのは分かるけど、下手したらあの黒いウルフに食い殺されてたわ」


 「うん……ごめんなさい……」


 タツマは再び顔を歪め、俯いて謝った。微笑んだユラはそんなタツマの頭に右手を置き、くしゃりと撫でる。


 「もう、危険な真似をしたらダメよ? 分かったなら、私からはもう何も言わない」


 穏やかにそう言うと、ユラはちょっと悪戯な笑みを浮かべながら付け足した。


 「タツマには、家でお説教が待っているだろうしね」


 「ぐっ……」


 告げられたタツマは一気に憂鬱な気分になったようだ。ユラは明るく笑った。


 「ははは! ちゃんと叱られてきなさいよ? 心配させたんだから。タツマのお父さん達、今頃きっと生きた心地がしていないわ。早く村に帰って安心させてあげないとね?」


 「うん……」


 帰りたい、でも帰りたくない。タツマは複雑な気分だった。

 しかし、それも帰るまでの話。


 血抜きを終え、全てのウルフを担ぎ上げて村へと戻った際、村の入り口ではタツマの両親が顔を真っ青にして立っていた。タツマの姿を見付けると、やっと安堵できたようだ。そんな両親を見つけたタツマは、泣きながらそこへ走って行ったのだった。やはり怖い思いをしたせいもあるだろうが、親の顔を見ると子どもは安心するらしい。アソンに拳骨を喰らっていたが、タツマはユラに言われた通り、ちゃんと説教を受けていた。その様子に、村の人々も笑顔で生還を祝福したのだった。




 そんな中、ユラは村人のものではない気配を感じていた。しかし、ついさっき出会った気配である。


 (あの、剣の男だ)


 ユラが鋭く感じ取ったのは、先程クルノ街道で出会った男の気配だった。男は、喜ぶ村人達を遠巻きながらに眺めている。隣には案内のためにシンが付き添っているようで、この状況を男に説明していた。


 ふと、男がユラの方を向いた。ユラも視線を感じると、ウルフを男達に任せて男の方を向く。男が僅かに驚いたのを感じた。ユラはそのままゆっくりと近寄る。男が身を固める気配がした。

 しかし、隣のシンはそれに気付かずユラに近寄っていく。男も付いていくしかない。


 「よう、ユラ。無事だったか?」


 「ええ、何とかね」


 そう言うと、ユラはシンの後ろの男を見上げる。その様子に、シンが男を紹介した。


 「ああ、この人は旅のお客だよ。あのクルノ街道からやって来たんだってさ」


 「こんにちは。俺はギルロア・ダルダンド。旅の者だ。さっきはありがとうよ」


 ギルロアが一歩前に進み出て名乗る。ニッと笑ったその顔は親しみやすいものだ。


 「何? ギルさん、ユラのこと知ってるのか?」


 シンが目を丸くして驚く。


 「ああ、ついさっき会ったんだ。お互い名乗りはしなかったがな。お前さん、ユラって言うのか」


 「そう言えば、そうだったわね。私はユラ。さっきは巻き込んでしまってごめんなさい、ギルロアさん」


 「なあに、怪我もなにもしてないから気にするなよ」


 申し訳なさそうなユラに対し、首を横に振ってそう言うギルロア。


 「あと、シンみたいに気軽にギルって呼んでくれ」


 「分かったわ、ギルさん」


 ユラの返事に笑顔で頷くギルロア。そしてギルロアは、気になっていたことを思い切って聞いてみることにしたのだった。


 「それはそうと、お前さん、何で目を閉じてるんだ? それに、何で目を閉じてるのにそんなに自然に動けるんだ? 実は見えてたりするのか?」


 心底不思議そうに尋ねるギルロアに、ユラとシンは一瞬顔を見合わせて答えた。


 「ユラは目が見えないんだ。だから、目を閉じてても開けてても一緒なんだぜ」


 「自然に動けているかは分からないけど、何となく、どこにどんなものがあるかは分かるわよ」


 「ユラは鋭いからなぁ。こっそり隠れてても見付かるんだ」


 「シンは特に分かりやすいのよね」


 「何だとー!」


 わいわい言ってる二人の会話を聞き流しつつ、ギルロアは目の前の少女に内心驚きを隠せなかった。


 (盲目であれだけの動きができるって言うのか……!? 目が見えていても出来る奴は限られる程の鋭い剣筋だったと言うのに! ……末恐ろしい娘だ)


 思わずユラをじっと見つめる。


 (勿体無い……こんだけの才能がありながら、こんな辺境の村に居るだなんてなぁ)


 「……どうかしたの? ギルさん」


 シンに声を掛けられて我に返る。流石にユラも、穴が開くほど見つめられては気まずかったようだ。眉をハの字にしている。


 「あ、あぁ、いや。剣を持ち歩いてるようだが、ユラは剣士なのか?」


 ギルロアは慌てて誤魔化した。流石に失礼だったと反省する。


 「剣士と呼ばれるほどの者じゃないわ。私はまだ子どもだし、何より弱い」


 「その年でそれだけ扱えるだけでも大したもんだぞ? その上ユラは盲目ってハンデもついてるんだ。十分剣士を名乗れると思うがなぁ」


 ギルロアのそんな言葉に、ユラは首を横に振る。


 「ありがとう。でも、私が知っている剣士は、こんなに弱い存在じゃないの。……もっともっと、強かったわ」


 ゆるりと腰の剣を撫でる。その顔には、少しの翳りが伺える。しかし、それも次の瞬間には消えていた。


 「そんなことより、貴方こそ剣士なんじゃないの? あのとき抜剣していたし」


 「ん? あぁ、見えないのによくわかったな。まあ……多少は扱えるってだけだよ」


 「多少、ねぇ……?」


 (あの抜剣の自然さは、相当使い込んでないとできない動きだった。隠しているのかしら?)


 訝しむユラにギルロアは苦笑する。そこに、ユラを呼ぶ声が掛かった。


 「じゃあ、私は行くわ。多分今日は宴でしょうし、また後で」


 シンとギルロアに軽く手を振ってユラはその場を後にした。


 「すげぇやつがいたもんだなぁ……」


 「ああ、ユラはすごいやつさ! 村の皆が、あいつを信用してる。俺と年は同じなのに、この村であいつに勝てるやつなんかいないんだぜ」


 シンが、ユラを尊敬した目で追いながらギルロアの呟きに答える。


 「俺も、村を守れるくらいに強くなりたい……」


 (フッ……こいつも、男ってことか)


 グッと拳を握り締めるシンの呟きを聞いて、ギルロアはこの小さな少年がいつか立派な村の守り手になるだろうと、未来に想いを馳せるのだった。

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