76話
人の口に戸は立てられぬ。
物事は隠そうとしてもどこかでばれるものなのだ。
・・・・・・グレイモ王国のお王城にて、バルション学園長は会議室の休憩時間中、お茶を飲んでいた。
現在戦争を仕掛けてきた国であるルンブル王国への対策会議とされているが、何というか、具体的な対抗策も出ない無駄な会議であると、彼女は思っていた。
ああすればいいだの、こうすればいいだのという案は出るのだが、そのどれもが成功確率が低く、また出来るだけ自分たちの懐を斬らないようにしようとしているのが見えて、溜息を吐きたくなるほどである。
「・・・・・出来れば早いうちに終わって欲しいものだーよ」
ぽつりとバルション学園長は本音を漏らした。
学園長自身、この戦争がどうなるがあまり興味はない。
彼女は実力はあるが、それゆえにむしろ戦場に出たくないのだ。
力があり、それを見せつけ敵兵を倒したところで、向けられる目には尊敬以外にも嫉妬や怨嗟、畏怖の物があり、それらの視線が嫌なのである。
そもそも、学園長自身は自分は攻撃魔法は得意ではないと思っており、生徒たちを守る以外には全力を使いたくないというのが本音でもあった。
「ああすいませんバルション殿、もうそろそろ会議の再開時間になりますぞ」
と、思考の海に入っていた学園長を呼び戻す声が聞こえ、学園長はもうすぐ会議が再開することに気が付いた。
「ああ、ラスティア公爵ですーか、気が付かせてくれてありがとうございまーす」
「いえいえ、こういう会議の場にきちんと皆が参加できるようにするのも大事な事ですからぞ」
バルション学園長がお礼をいうト、ラスティア公爵はそう返事を返した。
ラスティア公爵・・・・ミストラル公爵家と同様、王家の血筋が存在する公爵家の一つ。
今目の前にいるヤカオルダ=バルモ=ラスティア公爵はその公爵家の現当主でもあり、穏やかな顔をしている好々爺といった姿である。
けれども、若い時には血気盛んであり、ミストラル公爵家の当主のカイゼルと本気の殴り合いをした仲でもあるそうで、今のように穏やかになったのは孫が生まれてからだと言う話である。
要はジジバカと化し、孫を可愛がっているらしい。
まぁ、一応変な方向へ育たぬように飴と鞭を使い分けているようなので、将来的な心配は今のところないようである。
「まぁ、なんにせーよこの会議の場で有用なー案件が出ーるとは思えないのだーよ」
「まぁ、ごもっとですぞ。とはいえ、ルンブル王国側の秘密兵器の詳細とやらもよくわかっていないし、良い手段を見つけようにも手立てが余り無いというのは悲しいけど事実なのですぞ」
学園長の言葉に、うんうんと首を振りながらラスティア公爵はそう答える。
彼もまた、この会議の場において私腹を守ろうとしている貴族たちに嫌気を感じており、この際不正の証拠などを集めて一掃しようかとも考えているそうなのだ。
ラスティア公爵家は健全潔白をモットーにして居る公爵家でもあり、領内では悪党が出ないようにラスティア戦隊とかいう5人組の悪党退治のエキスパートを巡回させている話もあるのだ。
なお、そのラスティア戦隊とか言うのはその孫が発案した者であり、まだ幼いとはいえ将来が楽しみである。
「そういえば聞きましたかぞ?」
「なーにをだよ?」
「なんでも、あのバズカネェノ侯爵が当主の座を息子ヘゆずり、隠居したと言う話があるのですぞ」
「ああ、あの徹底的に腐っている屑の一族かーい」
「その通りですぞ。急な隠居は気になる処ですが、新たな当主となった息子も前当主の父親同様屑だそうで、その排除に動き出しているところもあるのだとかぞ」
たわいない話だが、そのバズカネェノ侯爵前当主がなぜ急に隠居をしたのかは気になる処である。
予想では、あの屑の事だからおそらくバルション学園長が隠している金色の魔導書をもつ人物を自ら探しに行ったのだと思えるのだが…‥‥まぁ、おそらく無理であろう。
何しろ、今バルション学園長が把握しているだけでも、あの魔導書を持つ人物・・・・・・生徒のルースの周辺は、ガッチガチに固められているのだ。
ルースにややストーカー気味のエルゼとその実家のミストラル公爵家に加え、学園長は見ていたからこそ分かるがモーガス帝国の王女であるレリアも彼に好意を抱いているのは分かり、そして彼が召喚するモンスター、かつて国を滅ぼしたとされるタキもいるわけだし、そう手出しをするような輩はいないだろう。
学園長自身も、自分の生徒が戦争に利用されるのは嫌なので、ある程度の人を使って守っているのだが‥‥‥まぁ、少なくともそんじょそこいらの欲望にまみれた者はうかつに手出しはできないだろう。
というか、これで手出しをしようものなら究極の馬鹿であろう。
一歩間違えれば国内でも大きな権力を誇る公爵家に、モーガス帝国に、国を滅ぼせるモンスターの力によって潰されるのが目に見えているからである。
(・・・・・そーう考えると、本当に彼の周囲ってとーんでもないね)
改めて考え、これってむしろオーバキルなのではないだろうかと相手に心配したくなるほどであった。
そうこうしているうちに、会議が再開された。
とはいえ、相変わらず平行線をたどり、グダグダしているさまは恐ろしく退屈である。
とはいえ、自分も有用な案が出せないから大したことが言えないと理解しているので、バルション学園長は静かに黙っていた。
「ですから!!ここで相手の裏をかいて回り込んでですな、ほぼ奇襲に近い形で行けば被害は抑えられうはずです!!」
「いや、今はとにかく兵たちを退かせるべきだ!!大きな犠牲が出る前に、ある程度の交渉で何とか戦争を終結させられるようにな!!」
「甘い甘い!!これはルンブル王国側から仕掛けてきたものであり、このまま下手に図に乗らせてはいけないのだ!!ここは相手の秘密兵器とやらを奪取するか破壊しなければ、今後もだめになるのだ!!」
互いに言い合い、白熱の議論をしているのだが…‥‥どうにもこうにも進まない。
中には、学園長が隠している魔導書を扱う人物について案を出してきたものがいたが、その時には反論し、舌戦では相手の心が折れるまで攻め返した。
だんだん日が暮れてきて、城内も薄暗くなってきたところで本日の会議は終わりかと思われたその時である。
「た、大変ですみなさま!!」
血相を変えて、慌てて誰かが入って来た。
「何者だ!!」
「はっ!!外部からの報告事項などを連絡する担当員なのですが、今ある情報が入ってまいりました!!」
その場にいた一人の声に対して、担当員とやらが素早く答え、報告をし始める。
「情報が混線していたゆえに遅れましたが、2日ほど前の夜中にルンブル王国側の軍で大きな損害が起きたようです!!」
「何っ!?」
「良い事のような気もするが・・・・・それでなぜ慌てているのだぞ?」
「そ、それがですね、どうやら相手側の秘密兵器とやらが暴走し逃亡。このグレイモ王国内へ入り込んでしまったようなのです!!」
その言葉を聞き、一瞬その場は静まり返った。
「・・・・・つまり、今相手側の秘密兵器とやら勝手に稼働して国内へ入り込み、その暴走のおかげで相手の陣営が大損害というわけか」
簡単にまとめるべく、その会議の場でやや影が薄かった国王がそう言葉にした。
「な、ならば今こそ好機ではないだろうか!!相手側は確実に混乱しているだろうし、攻め入れば勝てるはずだ!!」
「いや待て!!その秘密兵器とやらが暴走し、国内に向かったのであれば大変な被害が出るぞ!!」
「むしろ、こちら側で確保してしまえば、良いのではないだろうか?」
「「「それだ!!」」」
その秘密兵器の確保の機会が出来たことに、賛成する者たち。
だがしかし、報告はまだあった。
「ですが、その秘密兵器は現在消え失せたようです!!」
「‥‥‥消え失せただと?」
「はい!!本日昼ごろ、秘密兵器の動向を探っていた者たちからの連絡ですが、基準として分かりやすく言うならば都市メルドランから馬車で30分ほどの位置にある森、エルゾー内のレーン湖周辺で目撃されましたが、突如としてどこからか飛んできた光に飲み込まれて消滅したようなのです!!」
「なんだとうぅ!?」
その報告に、その場にいた者たちは驚愕した。
兵士たちを散々脅かしてきた秘密兵器とやら、それが葬り去られたというのだから驚愕するのも無理はない。
そしてここで問題となるのは、その秘密兵器を消滅させた存在である。
何しろ、グレイモ王国の兵士たちを散々蹂躙した秘密兵器を消し去るという事は、それだけの強大な力を持つということに他ならないのだ。
「そ、その消し去った相手は分かるのか!?」
「それが、その時の起きた衝撃波でふっ飛ばされたようで、ほとんど見ておらず、しかしながらいくつかの魔法の展開がされていたことだけは分かったようです!!」
「魔法の同時発動・・・・・使われていたのは?」
「詳細は今のところ不明ですが、光魔法や水魔法が使用されていたことから、少なくとも水色や白色の魔導書の所持者がいるはずです!!」
その言葉を聞き、バルション学園長は内心でぎくりと震えた。
魔法を数人ほどで複合して行うことは可能だが、一人で複合魔法を使える人物に心当たりがあったのだ。
威力を考える限り、一人でやった可能性は少ないが…‥‥とにもかくにも、その人物について慌てて情報を収集しようとその場の者たちが動き出した。
ここでは手に動けばまずいので、動揺を隠しながら学園長は都市へ帰還することにした。
「・・・・・じっくり聞かせてもらおうかしらね」
その心当たりのある人物へ、直接そのわけを聞くために・・・・・
「・・・・!?」
ちょうどその頃、寮の男子湯でルースは入浴していたのだが、悪寒を感じた。
身の危険というよりも、何かこう、狙われたような責められるような感覚である。
いやな予感がしつつ、暖まるために深く湯にルースは浸かるのであった。
・・・・・ルース、学園長の説教暫定決定。
ついでにタキも呼ばれる可能性あり。
隠したい側からすれば、何をやらかしているのだと責めたいだろう。
次回に続く!!
・・・・・というか、スアーンに次いで国王の影が薄いなぁ。




