43話
たまにはその風景を
夏休み明けとはいえ、すぐに学園長の放課後訓練がルースたちに課された。
始業式時の特別補習とやらは、今度の授業時に行うらしいが、その前にまずはルースたちの魔導書の扱い方が、休み明けでなまっていないか見るためらしい。
こうなることは予想できており、その対策としてあらかじめ村でエルゼやスアーンと共に特訓はしていたのだが…‥‥‥
「でもやっぱり問答無用で蹂躙されるんだけど!?」
「ふーはっはっはは!!まだまーだ早いかな!!」
現在進行形で、ルースはバルション学園長に学内にて追われていた。
それも、光を纏った刀‥‥ビー〇サーベルもどきの魔法を使用された状態で。
「制限時間以内に一撃でーーも貰えーーば、明日一日この『強力接着剤ペタリン』を誰かと張り付けて、その状態ですごしてもらーうんだよ!!」
「できればあたしにお願いします!!」
「エルゼが裏切った!?」
本日の訓練は、鬼ごっこの鬼に武器を持たせた状態で、学園内限定での逃走劇である。
バルション学園長の言葉に、すごい勢いでエルゼが食らいつき、協力体制に入ってしまった。
これはほぼ確実に、まずいコースへ直結である。
「『召喚タ、』」
「よばせーないね!!」
びゅんっつ、とルースの頭上を光の剣が振り下ろされ、魔法を発動する前にかわして何とかルースは逃れたが、どうやら召喚魔法も許されない訓練のようである。
「ええいもぅ!!こうなったら『トラップマジック』!!」
ぶんぶんと、剣を振り回されながらもルースは何とか魔法を発動させた。
召喚魔法で逃げるのが許されないのであれば、ここは必ずかかるであろうトラップを魔法でかけて、とっ捕まえるのが正解なはずである。
水で濡れた足場に電撃を、草が生えた床に業火を、踏み入れたが最後、多種多様なトラップを発動させる魔法である。
複合魔法ゆえに組み合わせは多いのだが、威力は微妙に低く、せいぜい足止め程度にしかならない。
だがしかし、足止めさえすれば制限時間以内に逃れられるのは間違いないだろう。
…‥‥まぁ、相手が学園長であるならばその足止めに効果があるのかは疑わしいが。
「このぐらい平気よ!!ルース君の匂いやその他で位置も把握できるしね!!」
「魔法で先に潰しーていーったほうが早いーな!!」
「全くあの二人には効果がないなぁ!?」
いつのまにかというか、既に裏切って鬼役になっているエルゼには、本当に人間かと疑いたくなるほどの察知能力で罠を全部回避され、学園長に至ってはほぼ力業である。
もう一度言おう、お前ら人間か?
けれども、それならそれで対処方法をルースは思いついた。
「『ベノムミスト』!!」
闇と水の複合魔法を発動させ、一気に黒い霧が発生した。
「ぐっつ!?なにこれくっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「闇魔法で悪臭を発生さーせ、水魔法に混ぜて黒くした霧を発生さーせた合わーせ技か‥‥‥きついーね」
忍者が使うようなイメージの煙幕にもなる魔法だが、どうやら効果は抜群だったようである。
ベノムとかついているけど一応毒はなく、例えで言うなればシュールストレミングという世界一臭い缶詰を300倍濃縮した激臭になっている霧が発生したとでもいえば良いだろう。
なお、魔法を行使した本人には効果はない。とはいえ、あくまで本人だけなので集団戦闘時なんてことが起きたらうかつに使えないのである。
とにもかくにも、二人がルースを見失ったこの隙に、ルースは素早く二人から逃れるために構内を駆けた。
「この部屋に退避だ!!」
とりあえず、一旦適当に見つけた教室内へとルースは飛び込んだ。
教室名は「魔法練習室」。雨天時の魔導書練習用に、内部は魔法が暴発しても大丈夫な造りになっている特別教室であった。
「‥‥え?」
だがしかし、飛び込んでルースはその目を疑った。
‥‥‥ちょっとした言い訳かもしれない。
今は放課後であり、ほとんどの者たちは校外もしくは寮内にいるはずであった。
けれども、この特別教室で魔法の練習をしている生徒がいてもおかしくはない。
その生徒が、留学生のレリア=バルモ=モーガスでも、それはまぁ納得はしていたであろう。
ただ練習しているだけであったのであれば、まだよかった。
しかしルースの女運が悪いのか、それとも運命の神様がものすごい意地悪だったのだろうか?
彼女が持つ魔導書は赤色‥‥‥火に関する力を与えるものである。
練習してぽんぽんっと出していれば、当然空気が熱せられ、熱くなってくるのは目に見えている。
一応その対策としても、教室内には冷房システムがあるのだが、まだここに来て間もない彼女は、この部屋の存在は知っていても、その冷房の存在は気が付かなかったらしい。
窓は開けてあるが、外からは見にくい位置にこの教室はあった。
ただ、窓を開けただけではそこまですずしくなるわけではないので…‥‥
「‥‥‥え?」
「‥‥‥」
レリアがそうつぶやき、ルースは何も言えなかった。
まさか、仮にも帝国の第2王女様とやらが、それも戦姫とまで言われるような人が‥‥‥
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げ、レリアはその手に持っていた彼女の赤色の魔導書をルースめがけてぶん投げた。
魔導書は顕現するもの、つまり実体も一応あるのでつかんで投げることが可能である。
ゴスッツ!!
投げられた魔導書が直撃し、後ろに倒れて徐々に気を失いながら、ルースはその光景が目についていた。
まさか、暑いから、そして放課後だから誰もいないだろうと思っていたようで、彼女が衣服を脱いで下着姿になっていたとは…‥‥‥あと、かなり大きかったうえにピンク色かよ。
そう思いつつ、そのままルースは後頭部を床に打ち付け、そのまま気絶したのであった。
「なんの音なのよ!!」
ルースが気絶した後、何とか彼に追いついて入って来たエルゼはその光景を見た。
教室内で、ややはだけた姿でいるレリア。
そして扉近くに、赤色の魔導書を顔にのせ、気絶しているらしいルースを。
「‥‥‥ああ、そういうことね」
なんとなく、エルゼは何が起きたのか察した。
「ちょ、何でここに人が入ってくるんだ!?今は放課後だし、誰もいないかと思っていたのに!!」
慌てた様子でレリアはそう言った。
レリアはまだこの学園に不慣れであり、強者を求めるのは良いのだが、その前に自己研鑽をし、学園に慣れてから探そうかと思っていたのである。
そこで、この教室の存在を知って、ここで魔法の練習をやっていたのだが、そこにいきなり飛び込んできたのがルースであった。
魔法の練習で、熱くなった体を冷やすために、誰もいないだろうと思い切って大胆に衣服を脱いでいたのだが、そこに男の子が来るとは予想外だったのである。
ルースたちが学園長による特訓を受けていた時でも、ちょっと騒がしいなー程度の認識であり、この部屋に来るとも考えなかったのだ。
戦姫と言う名に恥じず、戦闘時には力を発揮するレリア。
けれども、彼女はそれでも一応乙女。
それでいて、王女でもあり…‥‥異性に己のはだけた姿を見せる機会はなく、免疫がなかった。
ゆえに、思わず持っていた魔導書をぶん投げ、ルースに直撃させたのであった。
女の細腕とは言っても、レリアは鍛えており、かなり大きな両手剣すら扱える。
そんな彼女が全力投球した本の一撃は、相当な威力だったようだ。
そして、教室に続けて飛び込んできたエルゼを見て、なんとなく彼女の勘が警鐘を鳴らした。
『これは確実に何かまずいぞ』と。
「…‥‥へぇ、そんな姿でいたの?ルース君を誘惑する気だったの?それでいて悩殺させて気絶させたの?」
「いや悩殺はしていないぞ!!あと誘惑もしていないのだが!?」
なにやらどす黒い気迫を出しつつそう言ってきたエルゼに対して、慌ててレリアは反論する。
けれども、その圧倒的な迫力には、これまで対峙してきた強者たち以上の物をレリアは感じ取った。
「悩殺『は』?じゃあ、ルース君が気絶しているのって、貴女が撲殺でもしたのかしらねぇ?」
「っ!?」
にこやかな顔で、それとは真逆の物凄い怒気をはらみながらそう言ったエルゼに、レリアは己の背筋が寒くなるのを感じた。
というか、撲殺と書いているのだが、気絶とも言っているので矛盾していないだろうか。
そう反論もしたかったのだが、エルゼの迫力にレリアは気圧される。
「そのあたしよりも大きなものを持ちながら、ルース君を気絶させるのってどうなのよ?帝国の第2王女だからって、許しはし、」
「はーい、そこまでなのだよー!」
と、そこにバルション学園長がはいってきて、エルゼの首筋を手刀でトンと叩き、気絶させた。
「ふぅ、すまなかったーね、レリアさん。あなたー帝国の王女だーから、迂闊に危害が加えーられるのはまずいんだよーね」
そうにこやかに何とかこの場を収束させようと、学園長は話したのだが…‥‥あることに気がついた。
「あれ?・・・・あ、気絶しーているね」
エルゼの圧倒的な迫力は、万の軍勢よりも恐ろしかったのだろうか。
立ったまま、レリアが気絶しているのを見て、バルション学園長はどうしたものかと悩むのであった。
‥‥‥数日後、モーガス帝国の皇帝の下にレリアからの手紙が届いた。
『拝啓お父様、王国には恐ろしい怪物がいました‥‥‥まだ、私は井の中の蛙というか、甘かったのですね』
「な、何があったんだあの娘に…‥‥」
戦姫とまで言われるほど、威風堂々とした娘が、見ただけでも恐怖で震えて書いたらしい文字を見て、皇帝はそう思った。
‥‥‥まぁ、これで何とか性格がおとなしく、恐怖に普通に震えるほどの、可愛らしい姫になってくれてもいいのだが…‥
そう思いつつ、皇帝はあの娘が震えあがるほどの、その怪物とやらを考えたくはなかったので、手紙を見ないことにしたのであった。
‥‥‥気絶するほどって、どれだけ?




