29話
おそらく久々に、その設定を思い出すでしょう。
「結局何もわからずじまいというのはもやもやするなぁ‥‥‥」
休日となり、ルースは都市内を一人で歩いていた。
あの謎の液体事件以来、たまには学園外を出歩くことで、土地勘を鍛え、いざという時の逃走経路を素早く判断できるようにしようと決めていたことである。
タキを召喚して建物を飛び移っていくという手段も取れるが、迂闊に潰れやすい建物とかがあったらまずいからね。
エルゼもそのルースの考えに賛同し、一緒になってやろうとしていたのだが、生憎、本日彼女は体調が悪いそうなので、出歩けなくなったようである。
その事を、顔面フルボッコになったスアーンが伝えに来たのである。
「‥‥‥何でお前が伝えに来たんだよ」
「下僕と呼ばれて、逆らえないからな…‥‥」
どうやらスアーンはエルゼに逆らえないようだが、今回の体調不良をルースに伝えさせるために、何かしらの方法でスアーンを女子寮へ呼んで、伝言を頼まれたそうだ。
「でも、確かに男子禁制だとは言うけど‥‥‥はっきりと許可があるならば普通に伝える程度でも無事なのでは?なんでそこまでひどい有様なんだよ?」
「まぁ、色々あってな。いや本当に人生何があるのかはわからないものだが…‥‥これだけは言っておくがルース、マジで女子寮に近づいたら命がなくなるかもしれないぞ!!」
鬼気迫るような迫力で、そう訴えたスアーン。
一体何があったのかが気になるのだが、全く教えてくれず、そのまま彼は治療のためにその場を去ったのであった。
・・・・・・よく漫画とかであるような、潰れたアンパン状態というか、顔面が見えねぇみたいな顔を超えていたけど、あれは元に戻るのだろうか?
というか、そもそも体調が悪いって何があったんだろうか?風邪とかではなさそうだし、ううむ?
とにもかくにも、土地勘を鍛えるためにルースは都市内を歩き始めた。
あの事件からそこまで経過していないとは思うが、それでも行きかう人々の数は変わっていないようだ。
外出を控えて減りそうなものだが、案外この世界の人達は図太いのかもしれない。
もしくは、対策が出来ているだろうとか、そういう思考が働いているのかもしれないだろう。
しかし、やけになんかじわじわと視線があるような?振り返っても誰もいないし・・・・・
「‥‥‥ふふふふふふふ、たまには一人で出歩くルース君を観察するのは悪くないわね」
「あのエルゼ様、なぜこの俺っちを巻き込んでいるのでしょうか?治療に行きたいのですが‥‥‥」
「お黙り下僕一号。ルース君の観察をするときにだって足腰が疲れますし、いざという時のベンチ代わりになるのもいいでしょう?」
「ひでぇ女王様だ!?」
ルースの後方、建物の影にてそのようなやり取りがされていたことを彼は知らなかった。
エルゼの体調不良…‥‥実は真っ赤な嘘。
本当は一緒になって巡り歩きたいと彼女は考えていたのだが、とあることを思いついて、血涙を流して嘘をつき、スアーンにその嘘の伝言を頼んだのである。
「どうもここ最近、ルース君に何かしらの…‥‥そう、獣臭いというか、女が寄ってきそうな雰囲気があるのよ」
「雰囲気って・・・・・あいつにか?」
エルゼのその言葉に、スアーンは首を傾げた。
「俺っちも普段ルースと遊んだりはしたけど、エルゼ様意外に女性が寄り付いたことはないぞ?」
「当り前よ。徹底的に排除していたのだもの」
・・・・・・ルースは容姿は悪くなく、実は村の女子達にはそこそこ狙われていた。
だがしかし、エルゼが惚れて以来、全て彼女が公爵家の力も借りず、自力で排除しまくっており、ルースに近づくような女が出なかったのである。
「とはいえ、魔導書を手にして以来、ルース君の周囲にまたその女の影が出そうなのよね。考えてもみなさい下僕一号」
「といいますと…‥‥なんだろうか?」
「ルース君は、世にも珍しい金色の魔導書の保持者。その力は様々な属性を複合差させる魔法ばかりか、未知の部分も多いのよ。つまり、そこからよからぬことを企む馬鹿たちがいるかもしれないから、ルース君を守るためにも、バルション学園長の方にも何とか協力を頼みこんで、その情報が迂闊に学園外へ出ないようにしてもらい、お父様にも頼み込んで、この情報を入手出来ているのはほんのわずかな人たちだけにしているのだけれども‥‥‥」
「いつの間にそこまで根回しを!?」
「愛よ、愛ゆえにルース君を守りたいから、ここまでいろいろやっているのよ」
スアーンは驚いた。
今在学しているグリモワール学園にも、エルゼのように貴族の生徒がいる。
そこから他の貴族に洩れそうなものなのだが、なんとそこにまで規制をかけて徹底的に情報を制限しているのだというのだ。
「ふふふ、ルース君の観察のための労力に回すことに比べたら、学園の全校生徒の弱みなどを握ることなど容易すぎるわ。あんな黒歴史から、そんなばらされたくないことまで、学園長は流石に無理だったけどそれ以外であればみんな把握済みなのよ!!」
この時スアーンは思った。
絶対に、この世で敵に回していけないのは、エルゼのような狭愛の持ち主であろうと。
ルースに迂闊に手出しするものがいれば、ほぼ間違いなく亡き者にされるだろうと。
ぞっと悪寒がして、思わずスアーンは体が震えた。
ここまでの女の子に、ルースが好かれているとなるのは‥‥‥‥少々気の毒にも思えてきたからである。
ルースの前では絶対に見せないであろう黒すぎる笑みを見て、スアーンがエルゼに生涯逆らわないでおこうと、心に決めたのは言うまでもない。
「‥‥‥とはいえ、あたしも完璧超人というわけでもないのよね」
ふと、エルゼのつぶやいたその言葉に、スアーンは信じられないような顔をした。
先ほどまでの、裏の女王とでもいうべき威圧感からすれば、ありえないような言葉だったのである。
「ど、どういうことでしょうか?」
「学園長の協力もあって、教師の方でも情報規制はできたのだけれども…‥‥一人だけ、出来ないのよ」
「できない?」
「ほら、薬草学の講師の代理人というか、最近ではもうあの人が正式につくのではないかといわれているあの女よ」
「エルモア先生か?」
そのエルゼの言葉に、スアーンは誰か思い当たった。
魔族で黒い翼をもち、有能そうだが絵だけは悲しくなるほど下手な女教師である。
「こういう輩に限って、どこかの諜報員とかで、ルース君の力を狙うためのハニートラップを仕掛けそうなものだから注意したいのだけれども‥‥‥‥どうも、つかみどころがないというか、のらりくらりと避けられて苦々しいのよ!!」
ルースの安全のために努力をしているエルゼにとって、情報を得られないエルモア先生というのはどうしても不審者としか思えないのである。
特に、女という部分で相手の大人な色気に、ちょっと劣等感を抱いているというのもあった。
「あ、エルゼ様」
「どうしたの下僕一号?」
「件のエルモア先生と、ルースが出くわし、」
ドスッツ!!
「ぐぴぃっつ!?」
「どこよどこよどこよ!?」
ふと、スアーンが気が付いたことを言い終える前に、エルゼは彼の頭を思いっきり踏んづけ、その姿を探した。
スアーンの頭が、道路にめり込んだのは言うまでもない。
「あれ?エルモア先生じゃないですか?」
「ん?おお、うちの生徒のルースかな」
ちょうどその頃、ルースは都市内を歩いている最中に、偶然にもエルモアに出くわし、あいさつを交わしていた。
エルモアの方も、まさか偶然ここで出会うとは思っていなかったようで、ちょっと目を見開いて驚いたようである。
「ふむ、ルース君、君ももしかしてあれ狙いでここにきたのかな?」
「あれ狙い?」
「ほら、あそこの‥‥‥」
エルモアが指さしたほうをルースが見ると、そこには長蛇の列ができていた。
「『限定:東方の和菓子詰め合わせセット』ですか?」
「ああ、同居人が欲しがってな。彼女の場合、ちょっと目立つがゆえに、少々取引して私が買いに来たんだよな」
「いや、先生がそれを言いますかね?」
少なくとも、エルモア先生も充分に目立ちそうだとルースは思った。
その同居人が誰とは知らないが、エルモア先生も羽のことを除けば、それなりに美人の部類に入りそうだからである。
…‥‥一瞬、物凄い悪寒がしたけど気のせいかな?
というか、この先生誰かと同居して住んでいるようだが、一体どこにだろうか。
「そうだルース君よ、一緒に並んで購入を手伝ってくれるのであれば、先生がおごってやろうかな」
ふと、ルースを見てエルモアが思いついたかのようにそう言った。
「その本音は?」
「さすがに一人で並んで買うのは、ちょっとメンタル的にきつい‥‥‥そもそも私、こういう集団の場所が苦手で、元々群れでいる魔族だけど、一人が好きで孤独を楽しんでいたんだよな‥‥‥」
思わずルースは尋ねてしまったが、エルモア先生のその返答に、思わずうっと言葉を詰まらせた。
思った以上に重いというか、何というか…‥‥
とにもかくにも、一緒に並ぶことにしたのであった。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!あの女が、教師なのに生徒と休日一緒って良いのでしょうかね!!その隣にはあたしがいたいのにーーーーーーーー!!」
「壁!!壁が手で握りつぶされているんだけど!?」
その様子を見て、後方にいたエルゼが隠れていた建物の壁の角をつかみ、めきめきと潰しているその様子に、慌ててスアーンは声をかけてやめさせようと必死になるのであった…‥‥
・・・・・・さてと、この後の展開が読めそうだけど、流血沙汰は避けたいところである。
スアーン、実はエルゼのストッパーの役割として果たしてもらうために生み出されたキャラだったりもする。
ちなみに、エルゼが割とバルション学園長と良好関係なのは、その関係で協力し合っているからという事が理由でもあったりするのだ。




