閑話 引っ越し先のルームシェア?
ちょっとした小話。
たまにはこの二人の組み合わせの話を出していきたい…‥‥
エルモアが、グリモワール学園の薬草学の教師代理として来る2日前の話である。
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…‥‥先日、謎の液体による襲撃があった都市メルドラン。
グリモワール学園もあり、ベルビックンという巨大な時計塔もあるその都市にて、ある売り家が購入され、入居する者たちがいた。
【ふぅ、引っ越し作業を終えた後の山ぶどう搾りジュースは格別じゃのぅ‥‥‥】
「そば打ちもこなしたようで、あとは配るだけかな」
流石に家の中ではサイズもの問題があるので、人の姿になってグラスにワイン…‥‥ではなく、ジュースを飲むタキと、丁寧に近隣住民に配る分の引っ越しそばをまとめるエルモア。
時間はさほどかかってはいなかったが、ここからはるかに遠い東方の山奥から、この地までやって来るには苦労もあり、やっと休める場所を手に入れたことでくつろいでいた。
本当は、二人とも別々の場所で住む予定だったのだが、互いに道中で思った以上に金銭を消費し、こうして同居する以外に金がなかったのである。
宿屋にずっとというわけにもいかないので、思い切ってこの一軒家を一括払いで購入したわけだが…‥‥
「いわくつきというのが、面白いな」
【とはいってものぅ、先日の犠牲者宅だからじゃろぅ?】
都市を襲った謎の液体…‥‥その犯人はすでに捕らえられている。
だがしかし、やはりどうしても犠牲者は0では済まず、彼女達が住むことにしたこの家もその犠牲者の家であった。
なんでも、襲撃時に偶然大掃除中だったらしく、窓もドアも全開で、あっさりその謎の液体に侵入され、掃除していた入居者に襲い掛かって、哀れなことになったのである。
内部は悲惨な状況となり、売り家となったが、その話しのせいで物凄く安くこの家は売られていたのであった。
おかげで、何とか安くタキとエルモアはこの家を購入したのである。
ちなみに、その名残か、ところどころに血痕がわずかに飛び散っていたのだが、二人は特に気にしなかった。
別に、その程度で動揺するような二人でもないし、後で掃除すればいいからである。
「しかし、お前まだ酒が飲めなかったのかな?聞いた話だと、大昔遊女に飼われていたそうだし、飲めそうなものだが‥‥‥」
グラスに酒を注いで、エルモアは飲みながらタキにそう尋ねた。
【別に下戸とかではないのじゃが…‥‥大昔、まだ飼い主殿たちがいたときに、飲んだ後になぜか記憶がなくてのぅ、気が付いたときには部屋が荒れているわ、皆がなぜか恍惚とした表情でぐったりしているわ、我が着ていた衣服が無くなっているという惨状じゃった。で、皆に「今後酒禁止!!」と強く言われてのぅ…‥‥何があったのかは大体推測できてしまったのじゃが、まぁそのために禁酒しているだけじゃよ】
「‥‥‥ああ、そう言う事か。なんとなく察したかな」
エルモアはなんとなく気まずくなった。
何が起きたのか、察したのである。
そしてタキ自身もその記憶はないそうだが、その惨状から大体察することが出来たようで、自ら酒を飲まないようにしているのだという事であった。
その為、せめて気分だけでもというわけで、ジュースを飲んでいるのである。
【ま、とにもかくにも引っ越しは完了したし、あとは近隣の者どもに引っ越しそばを渡せばいのじゃ】
話を切り替えようと、タキはそう発言した。
「その通りだな。‥‥‥そう言えば、お前召喚される立場にあるだろう?その召喚主殿とやらもこの都市に今いるようだし、渡しにいかぬのか?」
【お主‥‥‥我に死ねというのか?】
「は?なぜそうなるのかな?」
真顔になったタキに、エルモアは疑問の声を上げた。
【流石に都市内で普通に生活するにあたり、まともにモンスターの姿でうろつくのはいささかダメじゃと思う。召喚される時ならいいのじゃが、されていない時じゃとなぁ‥‥‥】
「それだけならまだ生きていると思うが…‥‥?」
【その後が問題じゃよ。聞いた話、召喚主殿は寮という建物の一室で過ごしておるそうじゃが、そこは男子寮で、うら若き乙女たる我の姿でいくと召喚主殿に嫉妬の目が来てしまうから迷惑になるじゃろうし…‥‥そもそも、あの怪奇で凶悪な般若な娘が召喚主殿に惚れてるようで‥‥‥うかつに近づけば、滅されかねん】
「‥‥‥タダの人間だよな?そこまでおびえる者なのかな?」
思い出してぞっと体を震わせるタキに対して、エルモアは疑問の声を出した。
【ただの人間なのは間違いないじゃろう】
「なら、怖がることは‥‥‥」
【それは甘い!!そう、例えるならばただの卵を、ミルクや卵、砂糖を混ぜて、食パンをその混ぜたものに漬けて、フライパンにバターをのせて、溶かしたうえにそのパンを置いて焼いてできるミルクセーキパンのように、いや、それ以上に甘い考えなのじゃ!!】
…‥‥例えにしては、やけに具体的で長かったのだが、その圧倒的な雰囲気にエルモアはちょっと後ずさりした。
【恋に燃えたる乙女というだけならまだ良い。だがしかし、そこに狂愛が混じればまた別じゃ!!己の愛する者に虫が寄らぬように守るばかりか、撃退し殲滅せんとばかりに焼き払い、焦土にするようなこともいとわぬ!!そのような者の前で、その想い人らしい召喚主殿に、この姿の我が近づけば…‥‥ひぃぃぃぃぃぃぃ!!】
自分がその狭愛の主であるエルゼに、悲惨という言葉では言い表せないような状態になっていることを想像し、タキはクッションを抱えて恐怖で血の気が引いて、悲鳴を上げた。
「…‥‥お前がそこまで怖がるとは、人間のその狭愛の感情とやらは恐ろしいな。というか、それって死ッというのではないのだろうか?」
タキの怯えっぷりに、思わず同情したくなるエルモア。
ぶるぶると震え、自然と自分を守るためか尻尾を自身に巻き付けるタキを見て、どれほどの恐怖があるのかエルモアは理解する。
…‥‥それと同時に、恐怖で姿が少し保てないのか、服がはだけて裸になって、少々はみ出て見える胸部の物を見て、少しイラっとする感情も抱いた。
エルモアもそこはないわけではない。人間基準で見ればかなりある方なのだが、より優位なものを見ると嫉妬するのは魔族でも変わりはない。
「はぁ、とにもかくにもその姿で近寄れぬのなら、召喚された時にでも持っていくのが良いかな。いつでも召喚されていいように、召喚主殿とやら用に風呂敷でまとめておくな」
【そうしてもらえると助かるのじゃ。もうそろそろ召喚される頃合いでもあるようだしのぅ】
…‥‥ちょっと嫌がらせのつもりで量を多めに入れつつ、ふとエルモアは思う。
そこまでの狭愛というべき者に守られているようなその召喚主とは、どのような人物であるのかと。
タキを召喚できた話しからも、相当な実力がありそうなことには間違いないだろう。
モンスターは魔導書で召喚魔法を扱う者に、召喚されることはされる。
だがしかし、相手の技量によってその強さも異なり、タキを召喚できたという事は‥‥‥‥潜在的な部分から見ても、かなりの者だと思えるのだ。
一介の学生に過ぎないようだけど、それにしてはこれまでにない金色の魔導書を顕現させたりする点から見ても、将来的に大きく化ける可能性がある。
…‥‥そこに、エルモアは興味を抱いた。
彼女は元々研究者資質というべきか、興味を抱いた対象の事を調べ付くしたいと思う癖がある。
けれども、相手は一介の学生であり、そう簡単に接点が出来るはずもない。
タキから紹介してもらう事もできるだろうけど、いきなり見知らぬ者が研究したいからという理由で尋ねてきたら、流石に引かれるのは分かっている。
群れで暮らす一族から出て、一人で研究などをして引きこもる変わり者ではあるのだが、それなりの常識は持っていた。
ならばどうするべきか。
幸いというか、過去に教員免許などの様々な資格を彼女は持っていた。
それを利用して、その件の召喚主殿とやらに近づき、観察できる機会を増やせれば‥‥‥
狭愛の主とやらには警戒しつつ、どのようにすればいいのか素早くエルモアの頭の中で計算が行われる。
そして、翌日、グリモワール学園の学園長室に彼女は乗り込むのであった‥‥‥‥
というか、国を滅ぼしたこともあるモンスターにでさえ恐れられるエルゼって‥‥‥‥
ちなみに、家の購入資金はタキ2割、エルモア8割だったりする。モンスターって金銭を必要する場面が少ないのでそこまで蓄えもなかったんだよね。
「というか私は働くが、お前は働かないのかな?」
【失礼な、我だって召喚主殿の下で働くのじゃぞ?】
「金銭面は?」
【ない!】
ゴスッツ!!←手元にあった机
「真面目にやれよな!やらんとその無駄に妖艶な体で働けるようなところに売るからな!!」
【じょ、冗談じゃよ‥‥‥きちんと手立てはあったのじゃが‥‥‥がくっつ】
国を滅ぼしたこともあるモンスターは金の重みを知り、ここに眠ったのであった‥‥‥




