176話
春が近づいてきているなぁ‥‥‥小説内は冬だけどね。
なんとなく、現実との季節のジレンマをもどかしく思う時がある。
「‥‥‥‥あれ?」
ふと、ルースが目を覚ました時には、そこは保健室のベッドの上であった。
どうやら訓練が終了すると同時に気絶してしまい、学園長やバトが運んでくれたのだろうとルースは推測する。
冬になってきたせいで日も短く、室内が薄暗くなり始めているが、明かりを付ければ問題ないはずだ。
寝息が聞こえたので見て見れば、カーテンが敷かれていたが‥‥‥おそらくは、その向こうにあるベッドでエルゼやレリアが寝ているようである。
彼女達も疲れて気絶して、ここに寝かされたのであろう。
「結局あの学園長の魔法でやられたか…‥‥あの人を倒せるような人っているのか?」
なぜこうなったのか大体の予測をしつつ、頭を抱えるルース。
フェイカーを潰すことを目標に入れているのだが…‥‥考えてみれば、学園長に勝てないような今の身では、本当に潰せるのだろうか?
あの学園長でさえ、フェイカーを相手には後手に回っているようなものだし、その学園長を上回れないのであれば、なかなか難しい事であろう。
……まぁ、そもそもの話、その後をどうするのかということすら、今は考えられていないのだが。
とにもかくにも、保健室のベッドから出て、寮の食堂へ夕食を取りに行こうかと考えていたその時であった。
「ふふふふふーふ。起きたーかしらね、ルース」
「‥‥‥!?」
いつのまにかベッドの横に立っていた学園長に、ルースは心底驚いた。
さっきまで隔離されたベッドにエルゼ達が寝ている以外はだれもいないはずの空間であったのに、突然学園長が横にいたらびっくりする。
というか、不意打ち過ぎて危うく再び気絶しかけたのであった。
「が、学園長……いつからそこに?」
「貴方が目を覚まーした、その時かーらよ?」
……つまり、最初からその場に居たということである。
気配すら感じさせずに、声をかけられてようやく気が付けるほどとは…‥‥この学園長、本気で恐ろしい。
「あらーら?何を考えて後ずさーりしているのかしら?」
にやりと不敵な笑みを浮かべる学園長に対して、心の中を見透かされたような気がして、ルースはぎくりと動きを止めた。
「えっと、別に何も考えていませんが」
「ふふふ~~ん」
じーっと見る学園長の視線に、ルースはたじろぐ。
第六感とでも言うべきか、物凄く嫌な予感しかしないような気がするが‥‥‥‥逃れようにも逃れられない気がする。
仕方がないので、いざとなれば精霊状態になったりするなどの逃亡手段を何通りか頭の中に入れて、ルースはその場に踏みとどまった。
「学園長……何か企んでいませんかね?」
そして、単刀直入にルースはそう尋ねた。
こういう時は、さっさと何か企んでいるのであれば、さっさとやってもらう方が良い。
例えで言うなれば、注射を打たれる際にいやだいやだと逃げるのではなく、さっさと受けてしまう方が気が楽だという思いに近いだろう‥‥‥‥人によっては異なるかもしれないが。
そのルースの問いかけに対して、バルション学園長は珍しくきょとんとした表情になった。
「へ?…‥‥いやいーや、別に何も企んでいーないわよ。やるのであれば、もっと早くかーら動くからね」
あはははっと笑いつつ、そう返答する学園長。
それならまだましか。
「今はたーだ単に、気絶をさせーた生徒の容態を心配しーていただけなのよ」
魔法を使って気絶させた本人がどの口を言って心配しているのだとツッコミをルースは入れたくなったが、今入れたら面倒なことになりそうな予感がして踏み留めた。
「そうなのですか…‥‥あれ?そういえばバトは?」
そこでふと、ルースはこの場にバトがいないことに気が付いた。
あの訓練の場には、彼女は見学していたと思うのだが…‥‥。
「バト?彼女ならーば、ちょっと席を立ってもらーっているわよ」
「え?」
「まぁ、色々な用事もあーったし、少し引き受けてもーらっているのよね」
にやりと再び不敵な笑みを浮かべる学園長。
「‥‥そうなんですか?」
「ええ、そーなのよね。…‥‥ところでルース、貴方にひとつ質問良いかしら?」
少々納得しないが、言う前に学園長の方からルースに問いかけてきた。
「なんでしょうか?」
「アンケート、貴方だーけまだ出ていないのよね。将来について、まーだ定まっていないのかしら?」
ふざけたように訪ねつつも、その瞳が変わったことにルースは気が付いた。
真面目なというか、学園長らしい目で、しっかりと尋ねてきたのである。
「えっと、そうですね。まだ決まっていないというか…‥‥」
「なんなーら、相談してきても良ーいのよ」
にこやかに笑みを浮かべ、そう言葉にするバルション学園長。
割とこういう時は真面目に学園長らしいことをするのだろうか。
まぁ、なんにせよ時間もあるので、せっかくなのでルースは学園長に相談した。
「‥‥‥なーるほど、結局まだわからなーいと?」
「はい」
学園長に話し終え、ルースは一息ついた。
「…‥‥ふふふふーふふ、案外、君もよく悩むんだーね」
「それってどういう意味でしょうか?」
その言動から察するに、普段から考えていないと言われているような気がするようなのだが‥‥‥。
「ああ、別に悪い意味で言ったーわけじゃなーいのさ。ただねぇ…‥‥単純明快に言わせてもーらうのであれば、普通じゃない魔導書を持ち、その魔法を扱い、そして精霊王の孫であり、国滅ぼしのモンスターを従えさせるだけの力を持った者でも、将来を尋ねられて悩むのは面白いと思っただーけなのさ」
「‥‥‥」
改めて自身の事を簡潔に言われると、ルースは何も言えなかった。
「そーれにね、それだけの力があーるのならば、なーんで自分のためだけに使わなーいのかな?」
「え?」
「魔導書の魔法は明らかに一般のものよりも超えているし、精霊王の孫と言うだけあって、精霊の力もあるから、やろうと思えば豊穣や破滅を招くこともできる。国滅ぼしのモンスターを従えているのだから、国を好き勝手に滅ぼしたり、もしくは国そのものを破壊してから自分だけの国を作ることだって可能なはずよね?それなーのに、私利私欲で動くことがなーいのはなんでかしらねぇ?」
学園長が述べたその言葉に、ルースは考えさせられた。
言われてみたら、確かに自身の持つ力の扱い方次第では、完全に自由に過ごすことも可能なはずだ。
複合魔法によって、組み合わせを適度に調節すれば、色々とやれることが多い。
精霊の力を使えば、恵みをもたらしたり、もしくはどうすればいいのかはまだよくわからないが破滅をもたらしたりもできる。
国滅ぼしのモンスターでもあるタキを召喚魔法で従えさせられているのだから、やろうと思えば国を乗っ取る事もできるはずだ。
けれども、そのような私利私欲にルースは走らない。
改めてその事を指摘され、ルースは少し考え、そして口にした。
「‥‥‥そうですね。確かにやろうと思えば色々可能なはずです。でも、それをやる気にはなりませんね」
「と言うと?」
「やっぱり自分はなんというか……そう言う器じゃないと思うんですよ」
力がいくらあろうが、その力をどう使うのかははっきりしない。
ルース自身の、本当に心から思うことを考えれば…‥‥そもそもその力自体が無意味なのかもしれないのだ。
「これまで色々ありましたけど……力に溺れるとか、そう言ったことはしたくない。ただ単に、自分は平和な毎日を送り続けたいだけ。国を滅ぼしたり、人を上回ったりするのではなく、平穏に暮らしたい……と言うのが、自分の本当の心なのではないでしょうかね」
何も力を無理に使う必要はない。
故郷の村に戻ってのんびりと過ごすこともできるし、わざわざ表舞台に出る様な事をする意味もない。
ルースはただ単に、のんびりと平穏に、今の皆がいる生活を守りつつ過ごしていきたいだけなのだ。
「‥‥‥まぁ、そんなのんびり平和にと考えるにしても、それなりに力が必要な事もありますからね。そういうときにはやむを得ずに使うだけ。でも、できれば使わずに…‥‥この魔導書があっても、皆が楽しく暮らせるような毎日を過ごしたい、と言うのが本音ですかね」
自身の想いを学園長に告げると、バルション学園長はその回答に満足気な笑みを浮かべる。
「うんうん、そう言うのも良い事なのだーよ。魔導書や精霊の力、国滅ぼしのモンスターを扱うなどの能力があろうがなかろうが、人生は一度っきり。その人生を充実して過ごしたいと言うのが、一番良いのだーよ」
学園長のその言葉に、ルースはこくりと同意をして頷く。
「‥‥まぁ、そーれとこーれとは別にしーてだね」
ふと、学園長がそう口にする。
「なんでしょうか?」
「君がのんびり過ごしたーくとも、その力を我が物にとか考えーるような馬鹿はどこにでーもいることを、理解しているかい?」
「‥‥‥はい」
真剣な表情で尋ねられたその問いに対して、ルースはそう返事をした。
大きな力を持った者がいるとして、その者の意志に関係なく周囲が動く。
ルースもその大きな力の者に当てはまることぐらい、一応そこそこ自覚はしていたのだ。
「学園卒業後、君がのんびーりしようとも、狙う輩は出る。まぁ、単純に言えば取り込むたーめに結婚させたりとかぐらいかーな?」
「政略結婚と言うやつですかね…‥‥」
大体そういう事になりそうなことぐらいはわかる。
「で、君としーてはそう言うのよりも、恋愛結婚の方が良さーそうだよね?」
「‥‥‥まぁ、はい」
学園長その問いかけに、ルースは曖昧ながらもそう返事した。
一生を独身と言うのもあるだろうが、やっぱり男としてか、誰かと添い遂げたいような気持が無いわけでもないのだ。
「じゃぁ、その相手に…‥‥君は誰を選ぶのかな?」
真剣な表情で問いかけられ、ルースは考える。
そう言う恋愛ごとの相手を考えることは‥‥‥あまりしていない。
けれども、いずれは考えねばいけないことでもあり…‥‥‥
「‥‥‥まだ、分かりませんね」
「そーうかいそうかい。ならばいっその事、その相手にわ、」
「「何を話しているんですか学園長!!」」
「うわっと!?」
学園長が何かを言いかけたところで、急にエルゼ達が話しに割り込んできて、ルースは驚いた。
「ルース君大丈夫!?何かされていない!?」
「おや、別に何も」
「何かこう、色々とやばい予感がしたが大丈夫なのか!?」
「あ、ああ」
すごい剣幕でエルゼ達が問い詰め、ルースはびっくりしながらも返答する。
気が付けば、いつの間にかバルション学園長はその場を去っており、姿がなくなっていた。
とにもかくにも、保健室から3人は出て、戻ってきたバトも合流して寮へ戻ることになった。
ただ、ルースの頭には、あの学園長の問いかけが気になり始め、だんだん考えるようになってきたのであった‥‥‥‥
「‥‥‥ふーふふふ、そううまくいかないか」
ルースがエルゼ達に質問されていたその頃、学園長は素早くその場から逃れ、自身の学園長室へ戻っていた。
「最後まで言えなかったけれどーも、まぁ、このぐらいは良いかーな?」
生徒が将来を決め損ねており、ならば決めやすそうなところから解決させようとさせたバルション学園長。
ただ、あの時ルースに言おうとした言葉が最後まで言えなかったことに、少し不満を持っていた。
「‥‥‥うん、でも別にいいよーね?彼が卒業すれば生徒ではなく、一人の人として見るこーとになるしね」
そうつぶやきつつ、バルション学園長は机の上に置いていた書類の整理をし始める。
まだ、この時彼女はルースの事を、手のかかる生徒としか見ていなかった。
けれども、これをきっかけに‥‥‥‥少しづつ、変化が起きていくのであった。
今はまだ、恋を抱いていないのかもしれない。
けれども、ふとしたきっかけでその想いは恋になる。
とはいえ、これ以上ルースの周囲に近寄る人が増えるのを快く思わない人もいるわけで……
次回に続く!!
……珍しくバルション学園長が学園長らしくしていたような気がする。
いつもなら魔法で問答無用でなぎ倒していくような人だからね。慌しいというか、ふざけているというか……恋人でもできれば大人しくなるのだろうか?