友、消沈
「俺は、一度死んだんだ」
「………………………………しんだ? しんだ、って『死ぬ』の死?」
俺の口元から耳を離して、頭の中で反芻した言葉が誤りでないかを訊いて来た。
しんだの変換先は死んだしかないだろうが、訊いてしまうのもわかる。
てか、俺もそう言われたら、自分の耳を疑うか、相手の正気を疑うだろう。
「ああ、そうだ」
だが、俺はこいつには明かそうと思った。
一年しか時間を過ごしていないが、里見は信頼が置ける親友だと思ってる。きっと、俺がふざけていないともわかってくれるはずだ。
「えっ、ちょっと、意味がわからないんだけど」
まあ、流石にすぐとは思わないけどな。
「俺はトラックに撥ねられそうになっていたこいつをかばって死んだ。だがしかし、生き返った」
「生き返った?」
「そうだ。神によってな。それで変な能力を与えられて、異世界に飛ばされそうになった俺は能力を使って戻ってきたんだ」
「……………………異世界転生?」
「いや、転生はしてないぞ」
「……………………………………………………ボクをバカにしてるのかな?」
くっ、まだ俺の気持ちが伝わないかっ‼︎
だが、諦めんっ‼︎‼︎
友情の前に不可能はないっ‼︎‼︎
「いやっ、俺は本気だっ‼︎ 信じてく────うおっ‼︎‼︎」
「わあっ‼︎‼︎」
俺はこの熱い思いを伝えるため、立ち上がって歩み寄ろうとしたが、立ち上がった拍子に思いっきりさとみに倒れ掛かってしまった。勢いのままに立ち上がった俺は正座で足が痺れているという想定をしていなかったのだ。
とっさに抱きしめるようにして里見の頭を抱えこみ、頭部強打の危険だけは避けられた。
しかし、上がった悲鳴が驚きというよりかはなにか黄色いもののような気がしたのは俺だけか?
『俺は本気だっ‼︎、ですって‼︎‼︎ キャアーっ‼︎‼︎』とか聞こえた気がするんだが?
いや、それよりも里見のことだ。
「すまん。大丈夫か、里見?」
「ふにゃあ?」
「おいっ‼︎ しっかりしろっ‼︎」
里見がトロンとした目で、意味わからないことを言っているっ‼︎
かばったが、頭を打って人間だったことを忘れてしまったか‼︎
「あ、あああ、だ、大丈夫だよ。ただ、こんなに幸せでいいのか自問自答していただけだよ」
「は? いや、本当に大丈夫か?」
「うん。もう、なんともないよ」
起き上がった里見は呂律の回らなかったのがすっかり治り、目もしっかりとしていた。
どうやら、本当に一時的なことのようで、ホッとする。
先に立ち上がって、里見に手を貸して立たせる。
「………………………………とにかく、リーナちゃんとは何もなかった、そいうことだよね」
「? まあ、そういうことだが」
それでも、なんだか顔を赤くした里見は俺の方をチラチラ見ながら訊いてきた。
「なら、いいよ。まだ、火脆木君の話は信じられないけど」
「あ、ああ、ありがとう、なのか?」
「てっきり、リーナちゃんのお父さんが実はアメリカンマフィアの構成員で、その関係でボスからリーナちゃんに縁談が持ちかけられたんだけど、お父さんはその縁談を断りたかった。しかし、マフィアでは上下関係は絶対不変の決まり。そこでお父さんはリーナちゃんの彼氏をでっち上げることを思いつき、それで白羽の矢が立ったのが火脆木君だった。火脆木君は必死に抵抗したが、命はないぞと脅されたため折れてしまい、今に至る、なんて考えてたから何もなくってよかった」
「……………………そっちもそっちで絶対あり得ないと思うんだが。てか、その推理なら、なんで俺が正座させられてるんだ?」
お陰でこの事故が発生してしまったんじゃないか。
「こうしておかないと、アメリカンマフィアはどこから見ているかわからないからね」
と、里見はさも当然のように言った。
俺は時々里見の話す言葉の意味がわからなくなる。
「………………………………そうなのか」
「そうなの」
「でも、良かったです。誤解が解けて。ね、ダーリンっ」
決着したと思ったのか、傍観に徹していたキャサリーナが言った。
「っ、そうだ。なんで、何もなかったのに、ダーリンって呼んでるのさっ」
そのキャサリーナに里見が食って掛かった。
「だって、ダーリンはダーリンですもの」
それに対してキャサリーナは首を傾げて、「1+1はなんで2なの?」という質問に答えるように言った。
それに里見は「はっ?」みたいな顔をしたが、俺も同じ顔をしていたと思う。
キャサリーナは俺たち普通人との認識の齟齬があるようだ。
「付き合ってるのかい? 火脆木君の様子を見るにそうは見えないし、火脆木君に限ってリーナちゃんみたいなかわいい子と付き合うはずがない…………よね?」
「ああ、その通りだ。おれのことよくわかってんじゃねえか」
「えへへー」
俺の言葉に照れたように里見が頭を掻いたが、
「むぅ…………っ。もしかして、あなたもダーリンを愛しているのですか?」
「えっ‼︎‼︎ あ、あ、あああ愛してるわけないじゃないかっ‼︎‼︎ だ、だって…………ほ、ホラッ、ボクたち男の子同士だよっ‼︎‼︎」
キャサリーナの支離滅裂な質問に驚いて、慌てふためいた。
「ああ、そうだぞ。残念ながら俺にはホモの趣味はないんだ」
慌てるのも無理はないだろ。
俺だっていきなり「ホモですか」って聞かれたら同じ反応をするだろうしな。
俺は普通。絶対にホモなんかに間違われたくない。
「何を言っているんですか、ダーリン? その人は女の子ですよね」
「あ? そんなわけがないだろ。制服見ろよ制服」
「えっ、でも、どこからどう見ても女の子にしか見えないですよ」
「それは俺も同意するところだが、こいつは男だ。な、だろ?」
学校にも男子として記録されているし、流石に女って言うことはないだろ。
それに、引っかかるものがない里見の寸胴ボディを見てみろ。女と言うには、あまりにも無理がある。
「あ、うん、そ、そうだよ」
「……………………大丈夫か、お前? 顔色悪いぞ?」
なんか、さっきから変になったり
騒いだり、はたまた顔色悪くしたりと大忙しだな。
「うん、大丈夫だよ。ち、ちょっと、ほ、保健室に行くね。少し横になれば治ると思う」
「本当に大丈夫かよ。保健室まで一緒に行ってやろうか?」
肩を貸そうとして近づいたが、里見が俺をやんわりと押し返した。
「ううん。大丈夫。その気持ちだけで十分だよ」
「お、おう」
そう言って俺はキャサリーナと里見がよたよたと歩いていくのを見送ったのだった。
結局その日のうちに里見が教室に現れることはなく、一部の女子からの視線が鋭くなったように感じた。