友と転校生
その後さすがにそのままの姿ではまずいため、購買部で後払いすることを約束に新品の制服を貰い、着替えた。
カバンはキャサリーナが待っててくれていた。
そのカバンを持っていきなり飛びかかってきたときはびっくりしたが、これも外国の挨拶の仕方の一つなのだろう。
それ以外にあり得ない。
だーりん、とか言っていたがきっとそれもそのたぐいのものだろう。
そうに違いない。
いや、そうでなければならない。
じゃないと、その間キャサリーナの後ろで笑顔で殺気を放っていたダンディさんに何されるかわからない。
それはさておいていいのかわかないが、さておいてだ。
てか、さておかないともう心が持たない。
ただでさえ神様に命を狙われているのに、闇の深い外人さんにまで狙われているとか。
だけど、悪いことばかりじゃない。
トラックに追い回されてからかなり時間が経っているにもかかわらず、神様が何も仕掛けてこない。推測するに人が多いと、手が出しづらいのだろう。
つまり、学校に向かった俺の判断は間違っていなかったということだ。
このまま、学校にいる分には安全なはずだ。
そう考えながら、俺は休みの時間の間に教室に入って何くわぬ顔で席に座った。
「普通大好きの火脆木君が遅刻なんて、珍しいね」
直後に隣から声をかけられた。
「ああ、まあ、色々あったんだ。それと、これ、借りてたやつ」
「あっ、もう読み終わったんだ。どうだった?」
借りてたらのべを返すと、話しかけてきた生徒、早海里見という黒縁メガネをかけた小柄な男子高校生で、俺の唯一無二の友が訊いてきた。
俺は里見を心の中でショタコン殺しと呼んでる。
女に限りなく近い中性的な顔つきな上に童顔で、背丈も俺の胸あたりしかなく、実際学校中のショタコンどもを悩殺している。
「面白かったぞっ。主人公が危険に自分から突っ込んでいくところは最高に盛り上がった」
「えっ、そう‼︎ よかったぁ〜」
里見は俺の感想に大げさに喜んで、胸を撫で下ろす。
そんな大げさにする友に照れくささを感じてしまう。
しかし、その仕草が本当に健気というか幼気で、ショタコンどもが悶絶するのも少しはわかる。
「でも、そうだよねっ! 燃えるよね!」
「ああ、俺ならまず考えられない行動だが、読む分には燃えるな」
「……………………一言多いよ、火脆木君」
「お、おう。そうだったな」
さっきまでのテンションがいきなり落ちた里見が俺をジト目で睨みながら言った。
「ホント、普通が大好きだね。非日常とか、スリリングなことが起きないかなぁ、とか思わないわけ?」
「いいや。やはり、普通が一番だ。今日それを確信した。こうしてお前と話していたら思うんだ。これにまさる幸せはないってな」
俺はこの幸せを大事にしたい。
もう一生、浮気しない。
窓の外に見えるいつも変わらない青空に誓った。
「えっ! そ、そんないきなり何を言い出すんだよっ!」
「これは、偽りない俺の本心だ」
なんか慌てた感じの里見の声に、外を向いたまま真剣に答える。
「ふわぁ…………」
「?」
すると、聞いたことないような気の抜けた里見の声を不審に思って振り返ろうとしたところで、チャイムが鳴った。
「ほ、ほら、授業が始まるよっ。前向かなきゃっ」
「おう、そうだな」
俺はやはり慌てた感じで前に向き直った里見を不審に思いながら、彼に言われたとおり、前を向いて授業の用意をした────が、
「っ?」
前触れもなく背中を悪寒が走り、反射的に振り返った。
しかし、俺の目には何も違和感のあるものが映らなかった。
憎しみのオーラと腐ったオーラを感じたのだが………………………………きっと、気のせいだろう。
「よーし、ちゃんと座ってるか、オマエら」
俺が再度前に向き直ったと同時に扉が開き、花柳先生が入ってきた。
「ん?」
ただ普通に入ってきた花柳だったが、体育担当だから教室に来る意味なんてないし、まず大前提として二時間目は体育じゃない。
とするならば、花柳は担任としてきたのだろうか。
俺と同じ答えに行き着いたのか、クラスメートの皆が自然と静かになって、今から何が起こるのかを待った。
「あー、えーと、オマエらも知っていると思うが、今日転校生が来ることになってただろ。まあ、だいぶ遅刻したが。それで、別のクラスのはずだったけどよ、このクラスに入ることになったんだ。理由はあのハゲに聞け、以上。おい、入ってこい」
生徒に理解させるという教師としての責務をかなぐり捨てた速さで言い終えると、生徒を置いてけぼりにして外にいる転校生を呼んだ。
「はいっ」
その呼びかけに素直に返事し、扉を開けたのは、美少女だった。
てか、キャサリーナだった。
だがっ、驚かんっ‼︎
他のやつらは展開に脳が追いつかずに、呆けているが、花柳が何か口走り始めた時点で、この展開は想定済みっ。
俺の思考に死角はない。
「あっ、ダーリンだっ! やっほーっ」
そう、死角はなかったが、抜かりはあった。
俺の方に手をブンブン振って来るので、周りのやつのように俺は後ろを振り返った。
つまり、ダーリンと呼ばれて手を振られているのは俺ではなく、俺の後ろの人だということでやり過ごそうとしたが、後ろのやつが俺をガン見していた。
「………………………………」
その生徒だけじゃなく、全員が俺を見ていた。
無言の圧力が本当に逃げ出したくなるほどのものと、今初めて知りました。
「イチャイチャするのはあとで好きなだけしていいからよ。先に自己紹介をちゃちゃっと済ませてくれ」
「あっ、はい。って、いちゃいちゃ?」
振り返ってもなおダーリン連呼して教室の雰囲気を重くしているやつは花柳によって止められた。
「えーっと、アメリカから来ました、ウッドマン=八重楯=キャサリーナです。リーナと呼んでください。父がアメリカ人で、母が日本人のハーフです。えーっと、好きなものは、甘いもの。嫌いなものは、勉強。えーっと、あっ、キャサリーナは漢字で書きますと────」
と、教壇に移動して自己紹介を始めたキャサリーナは、興味津々な皆の(特に男子の)熱く貫くような視線に戸惑いながら、何か話さないといけない脅迫概念に駆られるように、振り向くとチョークを持って書き始めた。
そして、書かれた字が、
華櫻麗萎
かなり時間がかかっていた。
「あっ、間違えましたっ!」
と、自分が書いた漢字を見ていたキャサリーナは最後の漢字を消して書き直した。
確かに、書いている途中に萎えるような画数だ。画数も考えずに好きな漢字を使ったら大変なことになった感がすごい。
で、最終的にこうなった。
華櫻麗撫
画数がさらに増えてた。
「えーっと、父と母が二人でつけてくれたのですが、桜の花のようにきれいで……………………さ、最後はわかりません」
………………………………多分最後のはお父さんの願望だろうな、とまさかのオチに沈黙する教室の中で思った。
「というわけで、一年、じゃねえか、十一ヶ月の間よろしく頼むぞぉ」
その沈黙を破って花柳が言うと、それに続くようにクラスメートが口々によろしくと言って、一部の男たちからは必死なラブコールが上がった。
「んじゃ、そうだな、お前はどこに座りたいんだ?」
「えっ、あ、えーっと……………………あ、あそこです」
花柳に訊かれたキャサリーナは俺の方を一度ちらっと見てから顔を俯かせると、里見とは逆の俺の隣の席をおずおずと指さした。
再び俺に視線が集中する。
ただ、一度目とは違って確かな殺意が感じ取られた。
「まあ、そうだよな。知り合いみてぇだし。山田、代わってやれるか?」
「す、すいません」
その席に座っていた純情そうな山田が、謝りながらぺこりと頭を下げたキャサリーナに頬を赤くさせて頷いた。
ああ、俺の普通がまた遠のいてしまった……………………。