神とご対面、そして逃走
「うっ…………………………」
俺は初めて目覚まし時計なしで起床し、起き上がる。
「…………………………なんなんだ、ここ」
そして、自分を中心にして広がる漆黒の部屋に呆然とする。
照明がないのに、漆黒の部屋の地平線まで見えている。天井は闇色一色で先が全然見通せない。
ベッドは? 布団は?
てか、制服?
と、寝起きの所為でまるで思考が覚束ない俺は、謎空間でキョロキョロするしかできない。
『ようやく起きたか、脆弱なれど心正しき者よ』
混乱中の俺にさらに追い打ちをかけるように、上から圧力を感じるほどの凄まじく轟く声に俺は耳を一瞬遅れて覆う。
『むっ…………声が大きすぎたか。調整が難しいのう』
俺の反応に気付いてくれた誰かさんが、ちょうどの大きさの声にしてくれた。
「痛え………………てか、ここどこなんだよ? それと、あんた誰よ? スピーカーなんかで話してないで、出てこいよ」
俺は耳を覆っていた手を離して見回したが、やはり黒い地平線が遠くに見えるだけ。特殊加工だろうか。
上も見たが、スピーカーどころか天井すらない真っ暗闇。
『すぴーかー? すまぬが、そのようなものは知らん。というか、妾は神じゃぞ? 雰囲気でわからぬか? すっごくそれっぽいじゃろう?』
すると、見ていた天井から声が降ってきた。
やはり声の主は上にいるらしい。
それと、名前はかみと言うらしい。
それとさらに、スピーカーを知らないらしい。
……………………そんな奴がまさか神じゃないよな。
「えーっと、かみ? かみって、香美ということか?」
『いやいや、そんなわけなかろうが。というか、それはどんな雰囲気なんじゃ。妾は天にいて汝らを見守る方の神じゃ』
「うん、いや、そうだと思ったけどさ…………全知全能だよな……………………スピーカー知らないって、あっ…………」
『…………………………………………』
しまったと思ったときには、もう遅かった。
かなりフレンドリーに話してくれてた神(仮)が黙り込んでしまった。
すごく気まずい。
『あ、ああ、すぴーかーのう、すぴーかー。あれじゃろ、オンセイノデンキシンゴウえねるぎーヲオンパニヘンカンシテ、シツナイヤトガイニホウシャスルオンキョウキキ、じゃろ?』
「ああ、それそれ。流石、神様、カッコイイ」
『そうじゃろう、そうじゃろうっ』
「うんうん、カッコイイ」
と、言いながら俺は本当に声の主が神様じゃなくてよかったと思った。
『それ、お前ググったろ』と思ってるのがバレて殺されてるだろうから。
てか、神様チョロすぎ。
「で、神様は俺に何の用なんだ?」
俺はさっさと話題を変えるべく、話を振った。
まあ、よくわからん茶番だが、付き合ってやるか。出口も知ってそうだし。
『貴様は死んだ。覚えておるか?』
「…………………………………………はっ?」
その矢先に意味わからんことを言い出しやがったぞ、こいつ。
俺が、死んだ?
いや、生きてんだろ?
我思う、故に我あり的に言えば、俺という存在は存在してるだろ?
『やはり、自覚がなかったか』
「いやいやいやいや、それはないんじゃねえか? 俺、生きてるしっ」
なんか憐れむように言うなっ。
俺は生きてるだろっ。
『汝は一度死して妾の力によって蘇ったのじゃ。思い出せんか? 娘を庇って荷車に轢かれたろう』
「はっ? 荷車になんか────」
荷車?
庇った?
なんか、引っかか────あっ。
『思い出したようじゃな。そうじゃ、汝は人を庇い、命を落とした。それを妾は見ていた。だから、生き返らせてこの場所に呼んだのじゃ』
「俺は、庇った……………………そうだ、トラックから庇ったんだっ! おいっ、庇ったやつは生きてんのかっ!」
衝動的に立ち上がって、叫んでいた。
神様が何かごちゃごちゃ言っていたが、一言も耳に入ってない。
ただ、あの少女が無事なのかどうか、それだけが頭の中にあった。
『案ずるな。無事じゃ』
「っ…………そうか、よかった」
俺は返事を聞いただけで、力が抜けて座り込んてしまう。
「って、ことは…………」
そして、落ち着いた俺はもう一つのことに思い至る。
こいつ、本当の神じゃねぇか?
はっ、嘘だろ。
と、思ったが、そう思うほどにそうとしか思えなくなった。
すると、俺ってどんだけタメで神様に口利いてたんだよっ‼︎
マジでダメだろっ!
おい、どうすんだよっ‼︎
いや、でも、スピーカー知らなかったんだぞっ?
しかも、すげえ取り繕ってたぞっ‼︎
それに、こんなフレンドリーな神様いるか?
でも、俺は確かに庇ったはずだ。
それに、かばった直後から記憶が全くないっ。
『────ということなんじゃが、わかっかのう?』
「へっ? あっ、はい、勿論わかっておりますともっ」
何をだよォォォォォォォォ‼︎‼︎
何言ってんだよ、俺‼︎
何も聞いてなかったじゃねえか⁈
俺はもう完全にパニクっていた。
さっきの神様と同じ穴の狢になっていたが勿論気付いていない。
『そうか。では、好きな能力を言うがよいぞ』
「へ、能力?」
『むっ、話したは────』
「ああ、はいはい、能力ですよね。わかっていますとも」
何をだよォォォォォォォォォォォォ‼︎‼︎
何もわかってねえよっ‼︎
何一つわかってねえよっ‼︎‼︎
どうするんだよっ‼︎
また聞くかっ?
いや、無理だっ‼︎
もう、後戻りできねえほどに芝居を打っちまってるっ‼︎
まず考えるんだ。
なんの、能力でもいいんだ。
「ほ、炎を操る的な奴とか?」
『それは、いささかありふれすぎじゃないか? すぐにやられてしまうぞ?』
「ですよねっ‼︎ やられちゃいますよねっ」
何にだよォォォォォォォォォォォォォォォォ‼︎‼︎
何にやられるんだよっ、俺‼︎‼︎
俺を何かと戦わせるつもりかっ‼︎‼︎
だったら、何か強いやつはないのかっ‼︎‼︎
と、考えた俺の脳裏にある言葉が浮かぶ。
それを俺は思いついた勢いのままに口にしていた。
「主人公補正っ…………」
『むっ? なんじゃそ────いや、知っておるぞ、勿論。それは、強い能力じゃのう。汝に【しゅじんこうほせい】の能力を授けるっ』
「っ…………いや…………それは、間違いな、っ、おわっ‼︎」
誤りを正そうとするより早く、上から何かが降ってきた。
金色のスライムをかなり薄めたような何かが、ブヨンと、俺をすっぽりと飲み込んだ。
不思議と嫌な気分にならなかった。
息もできるし、声も出せる。
「あっ…………」
なんだろうかと考える時間もなく、それは俺の皮膚から染み込んできた。
そして、初めての感覚に呆然としている間にそれは跡形もなくなくなっていた。
『うむ…………成功じゃな。どうじゃ、感じは?』
「変な…………感じだ」
俺は半ば放心状態で応えたが、
『まあ、そんなものじゃろうて。じゃあ、早速転移させるぞ。心の準備はできておろうなっ』
「えっ…………はっ? 転移っ?」
すぐに意識を現実に引きずり込まれた。
転移ってなんだよ?
『なんじゃ? 能力を授かった衝撃で忘れたか? 汝を異世界に転移させて悪き魔王を倒してもらうという話じゃったろう。汝ならやり遂げられると妾は信じておるぞ』
と、言っているが、俺は一文を除いて何も耳に入ってなかった。
異世界に転移?
魔王と戦う?
「普通に嫌なんだが…………」
『なに? 嫌だと言ったか?』
「あっ、いやっ、だって、普通の人間は異世界に転移したりっ、魔王と戦わねぇだろっ」
神様の声音が鋭くなったことに俺は、口から心臓が飛び出しそうになりながらも、反論した。
が、俺は失念していた。
普通の人間は神に蘇生されたり、神と話したりするはずがないということを。
『今になって、怖気づいたか…………じゃが、案ずるでない。怖いのは初めのうちだけじゃ』
「いや、怖いとかそうじゃ────」
『ごちゃごちゃ抜かすでないぞっ。男に二言はない。一度決めたことやり通せっ!』
往生際悪く言い募ろうとした俺を、ついに神様は怒気を孕んだ声で一喝した。
「うっ……………………わ、わかった」
それだけで、世界の心理としての厳然たる存在の『差』を突きつけられ、俺の反抗心は物理的にごっそり削られたかのように消えた。
もう、詰んでいたんだ。
この部屋からどうやって逃げるというんだ。
それに、神様に蘇らされた時点で俺のどこが『普通』なんだ。
ああ、くそっ。
短い普通の人生だった。
と、つらつらと思い返しながら、俺は項垂れてその時を待った。
『決心がついたか。なら、ゆくぞ』
普通に青春を謳歌したかった。
普通に高校を卒業して、普通に大学に入学して、普通に大学ライフを送りたかった。
そして、普通に卒業して、就職して、家族を持つんだ。
『よし、そこに立ったまま動くんじゃないぞ』
────いや、違うか。
俺が欲しいのはそんな未来のことじゃない。
また普通にアイツに会って、だべりたい。
そうだ。らのべも返せてねぇじゃねぇか。
続きも読みたかったしよっ。
きっと、アイツとのらのべ談義も盛り上がっただろうな。
ああ、惜しい、惜しすぎる。
『なっ、何事じゃっ‼︎』
くそっ、なんでこんな時にアイツの顔を思い出すんだっ。
走馬灯じゃねぇんだぞ。
…………だが、アイツにも兄らしいことをしてやれなかったか。
『く、空間が、軋んでおるっ‼︎ っ‼︎ 汝の能力かっ‼︎‼︎‼︎』
母さん、親父……………………俺、帰りてぇよ。
ああ、帰りてぇっ!
まだ、やり残したことがたくさんあるんだっ‼︎
「っ‼︎ な、なにが」
グワン、と足元が大きく揺らいだことで、意識の世界に没入していた俺は我に返った。
その俺の目に映ったのは、白いヒビが埋め尽くさんばかりに走った床で、その床がまるで液状化したように波打っていたのだ。
『な、なんということかっ‼︎‼︎ 汝が得た能力は神の領域をも侵すのかっ‼︎‼︎』
「なっ‼︎」
そして、耳に飛び込んできたセリフにさらに驚く。
主人公補正のことなどこの短い間に完全に忘れていた俺はまさか神にまで効くことなど思い及ぶはずがないのだ。
だけど、今ならわかる。
俺の中の何かが力を発揮しているのを。
床を震わせる波がその強さを増させている。
『ぬおおおおお‼︎‼︎‼︎ 空間が持たんっ‼︎‼︎‼︎』
そして、ついに神様の苦悶の声とともに、床が支えを失ったように崩れ落ちていった。
床の向こうは、天井のようにどこまで闇が広がっている。
それに向かって、俺は長い浮遊感を味わいながら、やがて前触れもなく意識を失ったのだった。