3 刺客と出発
朝が来た。朝と言ってもまだ太陽は昇っておらず、廃墟が立ち並ぶ大通りの先にかすかに光が指している。
少し早いかもしれないが少女……Qの目を覚ましに建物の中に入っていく。ジャリジャリとガラスを踏みつける音だけが空っぽの建物内にこだまする。
Qの様子を遠目から伺うとすでに目覚めているようだった。
「おはようQ。早いね。起こしてしまったかな?」
遠目から声をかけた。
「おはようございます。そんなことはありません。もう移動するのですか?」
「あぁ、少し早いが俺の依頼主に報告に行かないといけない。準備はできてるか?」
「わかりました。あ……そういえば、初めて私の名前を読んで下さいましたね」
少女が優しく微笑んだ。
「あー……そうだったかな?」
照れ隠しに少しとぼけてみるが図星だったようだ。
Qの足がこれ以上傷つかないように抱きかかえようと足を踏み出した時、自分の足音に混じって幾つかのガラスを踏みしめる音が聞こえた。
心臓が一瞬鼓動を止めたかのような感覚に襲われたが、すぐに音のした方向に向かって振り向いた。
振り向くと同時に銃をホルスターから抜こうとしたが、昨晩後ろにいるQに銃をバラバラに分解されたことを思い出し全身に冷や汗が走った。
「おっと!止まれ!手は見えるとこに出しときな!」
視線の先には何度か顔を合わせた男とその手下と思わしき男二人が銃を構えていた。
「シャオか!何のようだ!朝っぱらから冗談にしてはかなりきついぞ」
視線の先にいたのはシャオという男で自分と同じ依頼主から仕事を受けている賞金稼ぎの一人だった。
「ノウ……冗談じゃないんだよ。あんたの首に賞金がかかってるんだ。ボスはひどくお怒りでね。生け捕りを言明されていたにも関わらずターゲットの人物を殺したそうじゃないか」
シャオが銃を構えたままニヤリと不敵に笑った。
後ろにいた手下二人がゆっくりと近づいてくる。
「ノウというのですね。お互い名前が短くて呼ぶのが楽でいいですね」
後ろからQがいつもの調子で話しかけてきた。
「そういや名前言ってなかったな。ノウだ。よろしく。ってそんなことを言ってる場合じゃない。捕まったらロクな目に合わないぞ」
Qに小声で言い返す。
「銃をお探しでしたらこれを……どうぞ」
後ろでカチャカチャと金属音が何度かするとQが銃を手渡してきた。
「なんだその娘は!おい娘!その銃をこっちに投げろ!お前も一緒に死にたいか?」
シャオが激昂し、撃鉄を起こし引き金に指をかけた。
銃を向けられたQは少し硬直すると目を大きく見開いた。何度見ても奇妙な白黒逆転の目が露わになる。
「それ、嫌ですわ」
Qが静かに言い放つ。
「あぁ?なんだこいつ。いいからそいつを渡せ!」
手下の一人が小走りで俺の横を通り抜けていく。その直後、鈍い音が辺りに響いた。さらにその後、重い物が地面に落ちる音がし、横を通り抜けたはずの男が自分の足元に転がっていた。
「その物騒な物……いやです」
Qはそれだけ言うともうひとりの手下を指差した。
指を指した男に向かって驚くほどの速さで自分の銃が飛んで行くのが見えた。銃は男の顔面を正確に捉え、男の顔面から血が吹き出した。
「てめぇ!」
シャオが怒りを露わにし引き金を引く。銃口からまばゆい光弾が飛び出した。しかし、恐らく自分を狙ったであろう弾はシャオの手下に当たり、胸に小さな穴を空けていた。
「打つ前に叫んだら誰でも警戒しますよ?」
Qは男の顔面に銃をぶつけた後、すぐに銃を手元に戻し意識を失った男をシャオの目の前に飛ばし盾としていた。
「ですから物騒な物はいやですと言いました」
Qが手のひらで物を押すような仕草をすると盾となって浮かんでいた男が高速でシャオに向かって飛んでいった。
シャオは為す術なく男と激突し地面を滑りながら建物の柱にぶつかりようやく止まった。
「強いね。さすがだ」
一連の出来事は一瞬にして終わり思わず賞賛の声を送ってしまう。
「片付きましたね。それで……ノウさんはこれからどうするのですか?依頼主のところへ行くというのは自殺行為に感じます」
Qが銃を差し出しながら少し不服そうに目を閉じた。
「あと、あまり強さを褒められても嬉しくありません。兵器として優秀で有りたいわけではないのです」
「あぁ、すまない。でもありがとう。本当に助かったよ」
銃を受け取り、弾を込めた後ホルスターに差し込む。
「いやー、本当に助かった」
何度も同じ言葉が自然と口から溢れた。
最初不服そうだったQもその言葉を聞く度に少しずつ機嫌を直したようだった。
「えっと、これから先のことだが……依頼主の所に行くのは中止だ。キダ博士のところに向かう。俺の古くからの知り合いだ」
「わかりました。ここから遠いのですか?」
「ゆっくり歩いて丸一日だな。安心してくれQはおぶってやるから」
少しおどけていってみせる。
「さぁ邪魔が入ったが早速出発しようか」
言うが早いかQを抱え上げて背負い込んだ。
「あっ……」
Qが短く驚きの声を上げる。
「なんだ?恥ずかしいか?」
こちらの羞恥心も消すために無理やりからかって見せた。
「違います。あれ」
Qが指差した先にはシャオが走って逃げていく姿が見えた。
「あいつ!」
即座に銃を抜き、2発連続で発射する。そのうち一発が40mほど離れたシャオの肩口に命中し血が吹き出したがシャオは構わず逃げていってしまった。
「クソ、逃したか……」
銃のシリンダーを振り出し、空になった薬莢だけを取り出し、カバンに放り込んだ。
ふと背中のQを見ると耳を塞いで口を空けていた。
「ど、どうしたんだ?」
少し動揺し、理由を尋ねる。
「いえ、分解した時に知ってはいたんですがすごく古い銃をお持ちなんですね。最終戦争ではすでにブラスターやレールライフルが主流になっていたので大きい音には不慣れなんです」
たしかに自分が使っているのは最近の主流である火薬を使わないタイプの銃器ではなく、前時代の銃だ。それもオートマチックではなく回転式の大口径拳銃だ。Qは気を使って「古い銃」と表現したが、本来であれば博物館にあるような「骨董品」と呼んでも差し支えのない物だ。
事実、今使用している銃も以前に兵器博物館の廃墟から手に入れたものだった。
「音は確かにかなり大きいな。今度から気を付け……」
途中まで言いかけ、気をつけても音はどうしようもないことに気がついた。
背に背負われたQはしっかりと掴まり耳元で囁いた。
「いえ、これからもノウさんと一緒にいるんですから、慣れるよう努力します」
「なに!?いつまで一緒にいるつもりだ!」
「ずっとです。お互い命を助け合った仲ですから。それにあなたは私の運命の人ですから」
当然のように言いのけるQに少し怯みつつも建物の外に歩き出した。
「俺が助けた覚えはないんだが…… まぁたしかに、いいコンビにはなれそうだ」
不思議と最初会ったときのような嫌な感じはしなくなっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
回を増すごとに文字数が増えている気がします。