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暗黒街のヒーロー -A Tear shines in the Darkness city.-  作者: 三葉エイジ
第六節 - 太陽は闇に輝く -
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070 すべてはこの日のために:04


EPISODE 070 「決戦! 死神の処刑場! ACT:4」




「お待たせしました。頬肉のステーキでございます」

 ファイアストームと畑が一種即発のやり取りを続ける中、給仕が料理の載った皿をテーブルへと置きに来る。


「お待ちかねのディナーだ。味わってくれ」

「……」


 三人の前にはそれぞれソースのかかったステーキが置かれた。ローズベリーが料理を前に困惑する中、(ハタ)は真っ先に料理に手を付ける。



「どうした? 食べないのかい?」

 畑が料理に手を付けようとしない二人を(いぶか)しむ。ローズベリーがナイフとフォークに手を伸ばそうとした、その時


「手をつけるなッ!!」

 ファイアストームが怒鳴り声をあげた。これまでのアクシデントでも、訓練でも、ソフィアやローズベリー自身が何かトラブルを起こしても、決して声を荒げることのなかったファイアストームが、ローズベリーの前で初めて怒鳴った。

「……!」

 初めて耳にするファイアストームの怒声に、ローズベリーが縮みあがりテーブルナイフを床に落とした。



「まさか毒を入れてるとでも? わざわざ招いておいて、そんな殺し方で満足するはずがないだろう?」

 その様子を見ると、(ハタ)はわざとらしく肩を落とし、さも心外といった様子を見せた。


「……だろうな」

 ローズベリーを制した上で、ファイアストームがまず、その料理に手をつけた。ナイフでステーキを小さく切り、それを口に運ぶ。



 咀嚼(そしゃく)……しかし一回、二回と肉を噛んだ時点で彼の口の動きが止まる。ファイアストームの眼前の景色がぐにゃりと歪み、キィンとした耳鳴りが頭を襲う。


 ヌチャ、ヌチャ、ヌチャ……耳鳴りと一緒になって、規則的なリズムでありながらも不愉快な、べたつくような音がファイアストームにしか聴こえない幻聴として現れる。




 ――ステーキの表面にモノクロの小さな唇が浮かび上がる。モノクロの唇が動き、そこから発せられる小さな女の子の声が、悲痛そうに訴えかける。

『痛いよパパ……食べないで……』



「――――!」

 狂気の世界を垣間見たファイアストームは咀嚼していた肉を皿に吐き捨てる。もう既にステーキはモノクロームの唇を失い、言の葉を発する事はなかった。



 ファイアストームは畑を睨み、低い声で言った。

「……一体”何の肉”を使った」



「それを尋ねる君こそ、”この肉”の味の違いがわかるのかい?」

 畑はその口角をあげて、えくぼを作るとファイアストームに一言問う。

「君は僕と同じだ。”知ってる”んだろう? ”この肉の味”を――」


 ファイアストームは答えない。代わりに皿ごとそのステーキを食卓の外へと払い捨てた。皿が割れ、肉が荒れ果てた床へと転がった。



「ああ、勿体ない。この肉が美味しくなるよう、一生懸命育ててくれた人達への感謝はないのかい?」

 畑は眉をひそめ、ファイアストームのテーブル上での作法を咎めた。


「貴様に食わせるために育てた訳ではない」


 だが畑は堂々言った。

「――否、僕が食べるために育ったのさ。少なくとも結果論ではそうだ。なぜ生まれ、なぜ死ぬ? 命の意味を考えた事はあるかい? なぜ様々な、そして多くの命がこの星に溢れるかを考えた事は?」


 彼は続ける。

「それは誰かの命の役に立つためさ。豚や牛は人間に食べられる為に育てられる。そして僕たち人間はそれを頂き、貰った命に感謝する――「いただきます」って、食前に手を合わせたりするだろう? 涼子ちゃん」


 言われ、ローズベリーの脳裏を何気ない記憶が駆け抜ける。いつの日か、友達と食べたトマト・クリームパスタがフラッシュバックする。家族の教育で、いつも食前には手を合わせて「いただきます」と、麗菜にもそれをからかわれたりして――。


「この男の話に耳を傾けるな」

 グラつきそうになるローズベリーの意識を繋ぎとめるようにファイアストームは声をかける。同時にミラ8号のドローン経由でも断続的なテレパスが飛ばされ、彼女の自我の安定化を必死で図る。




 だがそんな事はお構いなしといったそぶりで、畑は更に続ける。

下位人(かいじん)も同じだよ。特に君のような少女は大切に育てられ、大きくなったら出荷され、そして僕たち雲上人(うんじょうびと)の糧となる……育ててくれた人達にも、”あの子”にも本当に感謝している」


 そして最後に、えくぼを作ってこう言った。

「――――とっても、おいしかったよ」

 吐き気を催す狂気を(たた)えた笑顔がそこにあった。



「何を……言ってるの……」

 ローズベリーは男の言っている事が理解できなかった。いや、涼子の、涼子の全てを構成する細胞すべてが、彼女の魂が、その言葉の意味の理解を拒んでいた。

 ――理解してしまったら、壊れる。



「やりやがったな……」

 ファイアストームの確信はこの瞬間を以て裏付けされた。間違いない、この男は被害者の女性たちを――












 喰った。



 こいつは、食人主義者(カニバリスト)だ。





 怒りに震える死神を前に、畑は尊大な態度を取り続ける。

「そんな顔をするなよ。あの子は僕と一つになった。でも返すものは返す、そう言っているだろう? この間送ったプレゼントも気に入ってくれたかい?」


野真坂(のまさか) 春菜(はるな)……。お前が殺した少女の頭骨だった」

 ファイアストームはその名を口にした。宣戦布告状つきで涼子の学校に送られた頭蓋骨は組織での鑑定の結果、野真坂という、同じく犠牲となった大学生のものである事が判明していた。



「うん、あの子も良かった。僕の糧となるために生まれてくれた、素敵な子だった」


「違う。あの子はアナウンサー志望だった。断じてお前の餌として育ったわけではない」

 ファイアストームが呼び起こす記憶は探偵として行った大学潜入。生前の彼女を知る人物と話をした。彼女にはアナウンサーになるという目標があったはずだ。理不尽な死を迎えるために生まれてきた訳じゃない――。



 だがファイアストームの反論を一蹴するように、畑は言った。

「――声優になる、アイドルになる、モデルになる、アナウンサーになる……あまりに空想的な夢だ。所詮、大衆に消費される消耗品と変わらない。大衆の目に映るのはほんの一部、ほとんどの場合、5年も10年も成功し続ける事はない。

 持たざる者が――下位人(かいじん)がいみじくも無軌道な夢を持った所でどうする? まぐれ当たりの成功と、たまたま雲上人(うんじょうびと)の僕らの目に留まっただけの幸運(ラッキー)を、自分の実力と勘違いして……マッチ売りの少女が夢や幻の中で生き続けられると?」


 狂人とカテゴライズされる人種は、時としてその言葉の中に一抹(いちまつ)の真実を隠し持つ。そして、畑の言葉には一抹の真が含まれている。だが彼の言葉はひどく差別的で、他者への侮蔑(ぶべつ)を含んでいて、それでいて……



「だけど、僕は父の財産を引き継ぎ、起業して10年。現に成功し続けてきた。可哀想だが人には才能がある。豚は豚、牛は牛、豚も牛も人間の王様になることはできない」


 ――それでいて、人を人として見なす感覚が決定的に欠如していた。

 【雲上人(うんじょうびと)】という言葉、文字通り自分自身を雲の上の世界の身分の人間であると名乗り自称するものたちのことであり、彼らはその対義語として【下位人(かいじん)】という言葉を作り出し、人類という一つの種族を社会ヒエララルキーという大鉈(おおなた)によって、雲の上とその下との二つへと切り分けようとするのだ。



「それでも、王様の食卓に並び糧となる事で、豚でも牛でも、間接的に王と一つになり、それによって世の中の役に立つ事が出来るんだ。命とは、社会とは、そのような美しい支え合いによって成り立っている」


 その思想の一つの極致がここにある。畑は自らと関わりを持たぬ一般民衆を【下位人(かいじん)】として分け、彼の中でそれらを豚や牛、家畜に等しい存在として認めていた。

 それでも(ハタ)は下位人と見做(みな)す者たちに、深い感謝と敬意を抱いている。――雲上人が頂上に座すピラミッドの支えとなり、それを維持する歯車となり、そして糧となる彼らの愚直さと、その犠牲によってこの国は回り続け、より美しく輝き、そして強くなる。


 ――それは、食卓に並ぶ動物の食肉の尊い犠牲と、人類への献身に対する感謝の祈りに極めて似た感情だった。



「それで命を知った気になったか増上慢(ぞうじょうまん)め、思い上がり(はなは)だしい」

「そうは思わない。坂の上の雲に座す正当な権利が僕らにはある」


 ヒエラルキーの坂の上を覆う雨雲の、その向こうに君臨する獣が、(さか)の根の(もと)に敢えて立ち、雨に濡れる奇特な死神の男を、奇妙といった心境で見下(みくだ)していた。




「レナちゃんは……ッ!」

 静かに言い争う二人の会話に、少女が耐えきれず飛びこんだ。ローズベリーは立ち上がり、フォークをテーブルに叩きつける。彼女の腕力でフォークが跳ね、天井まで舞った。


「レナちゃんには夢があったの! 声優になるって夢がッ!」

「僕と、僕の友達のお陰で叶っただろう?」


「違う!!! レナちゃんはもっともっと、もっとすごくなるはずだった……もっと沢山お仕事をして……それで……っ!」


「涼子ちゃん、それは違うよ。どんなに美しい薔薇の花も、いつかは枯れてしまう。無理に形を残そうとすれば、その美しい色を失ってしまう。ドライフラワーのあの()せた色のいかに醜い事か」

 感情的になって声を荒げるローズベリーを前に、彼女をまるでなだめ(さと)すかのような口調で、畑は言った。



「違う!」

「誤解してはいけない。彼女は美しかった。素晴らしい少女で、輝いていた。だからその輝きが褪せてしまう前に、僕が彼女に、生まれてきた意味を与えたんだ」


「ふざけないで! レナちゃんを返して!」


「いいとも。受け取りたまえ」

 畑は言った。すると(きり)の箱を持った給仕の格好の男の一人が、それをテーブルの上に置いた。



「この中にある」

 畑はローズベリーを見て告げ、片手を突き出すジェスチャーで、それを開けるように促す。


「よせ! 開けるな!!」

 ファイアストームは一瞬で、それが罠だと悟った。だが、ローズベリーは、茨城 涼子は止まれなかった。この苦しみに一か月以上耐え続けた。もう限界だった。




 彼女はファイアストームの制止も聞かず、桐の箱の蓋を開けた。



 その中を見て、一瞬彼女はそれが何だかわからなかった。判別ができなかった。ファイアストームがローズベリーの手首を掴んだが、もう、遅かった。




 それが何なのか、判別と理解に時間がかかった。やがてそれが――鋭利な器具によって切断され、あるいは力ずくで砕かれた頭蓋骨の、無残な残骸と



 ……そしてその中に入っていた見覚えのある白い薔薇のネックレスと、ワンセットのイヤリングから、麗菜の残骸であると、認識した。


「うそ……うそ……」







 そして…………ローズベリーは言葉を失った。






EPISODE「決戦! 死神の処刑場! ACT:5」へ続く。

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