獣の奏でる不協和音(ディスコード) ACT:2
EPISODE 055 「獣の奏でる不協和音(ディスコード) ACT:2」
早速その夜、ファイアストーム指揮下のもと、サン・ハンムラビ・ソサエティは偵察隊を編成した。
「あれが問題のホテルか?」
「そうだ」
東京都杉並区、ファイアストームが来ていたのはタスク警備保障を抱えるビーストヘッド・プロモーションの本社ではなく、その者らの代表によって送られてきた手紙と一緒に同封されていた死神と涼子に対する招待状……その会場として記されていた都内のホテルである。
ファイアストームらハンムラビはその地点を偵察地点として定めた。超能力者にとって東京都の二十三区は一部エリアを除いて極めて危険なエリアだ。ゆえに、偵察行動は少数精鋭によって行われる。
問題とするホテルを監視できる程度に距離の離れたビルの、その屋上に二人の男の姿があった。一人はファイアストーム。彼は専用装備:ノーザンヘイトのヘルメットの望遠機能を用いて、その隣の男は暗視機能つきの双眼鏡を用いてその場所を観察している。
『こちらリトルデビルだけど、本当にコレ、落としちゃっていいの!?』
ファイアストームの耳に入って来たのはミラ8号ヤエを中継器として届くテレパス通信。声の主はリトルデビルである。
「ああ、やれ。実際に吹き飛んだら、その時はその時だ……いや、吹き飛ばない」
ファイアストームは応答して言う。
『あっそー!? じゃあやっちゃうよー!』
「賭けるか?」
彼の隣の男が訊いた。しかしファイアストームは尚強い確信をもって隣の男へこう宣言する。
「何も起こらない。賭けても良い」
「負けそうだな。賭けはやめておく」
リトルデビルは彼女のヒーローコスチュームであるゴシックフリルつきの黒い飛行服に身を包み、その背中から生やしたコウモリの羽根の如き超常の大きな翼によって東京の夜空を飛ぶ。
また、その脚には彼女の装備たる使い捨ての無誘導50ポンド爆弾が非常に目立つ形で2つ吊り下げられている。
あくまで人間の縮尺に合わせた装備であるためアメリカ軍の戦略爆撃機などが用いる500ポンド爆弾の束に比べれば控えめな武装であるが、それでも二つ併せれば50キログラム近い重量の爆弾……。手榴弾などを代表とするその辺の爆発物と比べるべくもない危険度である事には変わりない。
深夜の人気の極めて少ない時間帯とはいえ、彼女はファイアストームの指示でその爆弾を、あろうことか東京都内のホテルの一つの屋上めがけて投棄した。
彼女の脚部の固定装置から切り離され投下される爆弾、いかに深夜でもその爆発音の閃光と衝撃によって混乱は間違いなし……。
だが異変が生ずる。リトルデビルが投下した爆弾がホテルの屋上を目指した時、ホテル全体を紫の薄い膜が包んだ。そして投下された爆弾が膜に触れた時……何も起こらなかった。
――そう、何も起こらなかったのである。爆発さえも。
投下されたはずの2つの爆弾は、膜に触れた瞬間に突如消失した。
「ナイトフォール、見たか、今の」
「ああ、確かに見た」
ファイアストームの隣で暗視機能つきの双眼鏡を構える男、ナイトフォールもその光景を確かに見ていた……ホテルの屋上めがけて投下された爆弾がバリアに阻まれ、消失するその瞬間を。
「賭けなくて良かった」
「どこで知識をつけたか知らんが、結界を敷くだけの知識とそのツテを持っている」
ファイアストームは闇の中、ヘルメットの右カメラを白色に淡く灯らせながら言った。
今より数百年前、ローマ異端審問会と魔女たちの大戦争の折に魔女側が作りだした強大なる呪い。それは今なお世界すべてを覆い尽くしているが、その呪いの力と魔術によって作り出した守護結界の力が合わさると、このような力を生み出す。
守護結界の効果について言及すべきことは何点もあるが、その中で非常にわかりやすいものの一つはバリア。
だが超越者やバリア系の能力者が持つような、単に敵対者の攻撃を直接防ぐようなエーテル障壁よりずっとタチが悪いもので、現実改変能力を伴う。
例としてリトルデビルが投下した爆弾、エーテルフィールドやバリア能力持ちの超能力者が行使する大部分のバリアならば、その力をもって、爆発によって生ずる爆風や破片などを物理的なアプローチによって食い止めることとなるだろう。
それが魔術結界だと、その質にもよるが今回のように、モノによっては「爆発そのもの」が起こらず、投下された爆弾ごとその事象を現実改変によって”なかったこと”にしてしまう。
魔術結界によって現実改変の手を加えられ、消えてしまった爆弾は一体どこにいってしまったのか?
そ の 答 え を 知 る 者 は い な い … … 。
「リトルデビル、他に外部から確認可能なものはあるか」
『あるある! 屋上に機銃を確認。完全に対空用。全部で三機』
上空からリトルデビルがホテル屋上を見る。無人でこそあったが、屋上に対空用と思われる固定機銃の存在を認めることが出来た。
『もう少し近づいてみる?』
「いやよせ、下手に結界の現実改変能力に触れると何が起こるかわからない。強制テレポートとかを食らうかもしれん」
『あー、それはヤダなー』
魔術によって作り出された守護結界の力は利用する側としては心強く頼もしい反面、逆に利用される立場に回った時、極めて厄介な存在となる。
外部から一方的に攻撃を仕掛けようとした際に、それはもっとも強い混沌を引き起こし、先ほどのリトルデビルのような攻撃事象の事実改変は基本として、侵入者の強制武装解除、ランダムテレポートによる強制排除、記憶や精神へのダメージ、極端な例では結界に無理やり侵入したサイキッカーの集団が、まるごと「消失」してしまったという戦時中の古い記録さえある……。
ゆえに熟練した超能力者ほど、魔女の呪いと結界がもたらす影響に畏敬の念を抱く。
「結界と対空設備の備えがわかっただけで十分だ。今晩はもう退こう」
『了解ー!』
ファイアストームの撤退指示に従い、リトルデビルはホテル上空を離脱する。
「ファイアストーム。それでどうするつもりだ」
「結界の話か」
ファイアストームが聞き返す。
「いや、敵から送られてきた書状だ。お前が狙いだと聞いている」
ナイトフォールの顔全体を隠すバラクラバ帽の目出し穴から覗かせる眼光が、ファイアストームの姿を見た。
「俺も狙いだが、ローズベリーの方をより執拗に狙っている」
「そいつにはまだ会ったことがないな」
「一般市民の学生だが戦闘サイキッカー。しかし目覚めて間もない」
「新人か。結界の中に行かせるのは危険だな。それに、他にも罠があると考えるべきだ」
「俺は彼女を行かせたくはない。連中は、彼女を壊すことに積極的すぎる」
ファイアストームの声は憂いを帯びていた。
「それで、連中の送って来た招待状だが、それは何日後の話だ」
「二日後だ」
「早いな」
既に日付は変わり今の日付は2月22日。敵の送って来た招待状に記載されていた食事会とやらを行う日にちは24日の日曜日。二日後の夜……場所は今二人が監視しているホテル。
三日前の夜に敵対者のブロードソードとクランクプラズマを倒したばかりだというのに、この行動はかなり早い。まるであらかじめ、ホテルの準備があったかのように……。
「猶予を与えず、こちらを後手に回して混乱させるのが連中の目的だ。意思決定と行動が早い、恐らくワンマン独裁の組織だ。トップを殺れば瓦解する」
「行く気か」
これは明らかな罠だ。出来るだけ準備の時間を与えず、少女の心を短期間で徹底的に揺さぶり、そしてこちらを罠にかけようとしている。相手のペースに乗る必要はない。……だが敵は死神を罠にかけるために、彼が庇護する少女の大切なものを人質に取った。
涼子は精神的に強い少女だ。懸命にこの理不尽に立ち向かおうとしている。
だが、それでもかなりギリギリの状態だ。彼女の親友の命が奪われ、その人の家が荒らされ、彼女の住む街もまた踏み荒らされ、学校も荒らされ、彼女の親友の母は遂に耐えかねて自殺を図った。
……彼女は親友の遺品の捜索とその発見・回収を強く希望している。取り戻す事で、彼女にせめてもの慰めを与えてやることが出来るかもしれない。しかし同時に、それをもし破壊されるようなことがあれば……。
敵は試しているのだ。死神がその命を棄てて少女の心を取るか、少女の心を犠牲にしてでも自身を打ち砕きに来るのかを。――敵の代表者は前者に賭けている。
「……この戦いを終わらせてやりたい」
ファイアストームはその心情をナイトフォールの前で吐き出す。ナイトフォールは何も言わなかった。魔の潜むホテルに背を向け、二人の姿は夜の闇に溶けていった……。
EPISODE「獣の奏でる不協和音 ACT:3」に続く。
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☘TIPS:世界観
フロリダ半島の東側の海域には地図に載らないアメリカ軍の秘密の施設があります。非常に強力かつ制御困難な結界が施されており、その影響と暴走事故の被害を受けた人物が過去に何人も”消失”してしまっています。
その海域のことを「魔の三角海域」と人々は呼んでいるようです。




