118 脱出
最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:25】
EPISODE 118 「脱出」
甲種ヒーロー「スミレダユウ」は恐るべき強敵で、フラットとの戦闘は未だ継続中にあった。能力的にはスミレダユウの方が格上で、洗脳掌握されたソードの兵士に傷つけられながらも、スミレダユウを上回るパワーと体術で英雄連の上位存在とフラットは対等に渡り合う。
近寄った洗脳兵士が手榴弾のピンを抜き自爆。――吹き飛ばされた所へスミレダユウが現れ、フラットの顔面にテレフォンパンチを叩きこむ。
フラットの鼻骨は折れ、鼻から激しく出血。既に命の消えたテンタクルランスの死体を横に、柱へと吹き飛ばされる。――強い。
「馬鹿め、虫けらが。おやりなさい」
「はっ、スミレダユウ様」
スミレダユウは笑い、洗脳したSHSパワーローダー兵士を操作。肩部の7.62mm機関銃の銃口がフラットを向く。
だがその時、杉並区一帯に、恐るべき断末魔の声が響いた。
「何!?」
スミレダユウが狼狽えた。まさか主が――――
フラットは隙を見逃さなかった。両の瞳に暗い水色を浮かべ、精神波をパワーローダー兵士に放射。
するとハンムラビのパワーローダーによる肩部機関銃の銃口が突然スミレダユウを向き、彼女の右足を撃った。
「ぐああああああ!!!」
スミレダユウが悲鳴を上げる。エーテルフィールドによって切断にまでは至らなかったものの、彼女の足に風穴が開いた。
パワーローダーがその機械腕で思い切りスミレダユウを殴り飛ばす。フラットは立ち上がるとスミレダユウへゼロ距離接近。サブマシンガンの銃口を当て……フルオート射撃。
スミレダユウのエーテルフィールドが砕け、MP7サブマシンガンの4.6x30mm弾が彼女の腹部を引っ掻きまわした。
「莫迦な……」
勝っていたはずだったが、一瞬の隙が明暗を分けてしまった。スミレダユウは両ひざをつき、血を吐いて倒れた。
フラットはMP7を手放すと陸上自衛隊も用いるミネベアP9ピストルをホルスターから抜き、無言でスミレダユウの心臓に三度鉛玉を撃ちこんだ。命が止まった。
兵士たちの洗脳が解け、掌握されていたソードの兵士や洗脳自衛官たちが次々崩れ落ちる。フラットはパワーローダー兵士や他の制御が残っているソードの兵士たちを使って、仲間の回収を開始する。
戦闘の終わった後、一人の男が階段を登ってやってきた。
「終わったか」
「ええ、それは?」
フラットはナイトフォールが担ぐ二人の人物を見た。一人は中年の男性と、もう一人は若い少年。二人ともワイヤーで拘束され、その上で気絶させられている。
「戦闘機使いのサイキッカー本体と……こっちは敵のVIPだ。捕まえた」
中年男の正体は麗菜の所属していた「ひばりプロダクション」社長にして事件の共犯者である吉田。
もう一人の少年の方は能力者「メテオファイター」の操作者本体。彼の方は本社内の一室で軟禁状態にあり、能力酷使によって疲労し動けなくなってる所を発見。少年は超能力者でこそあったものの、超越者としての力を有しておらず、そのため容易に身柄を確保できた。
「そう、ご苦労様」
「精神能力者はこいつか」
「そう」
フラットはしゃがみ込むと、事切れたスミレダユウの仮面を外す。彼女の死に顔を見て、バラクラバ帽の奥でナイトフォールが眉をひそめる。
「こいつは……」
「ナイトフォール、知ってるの」
「こいつは以前、組織に居た奴だ。死んだと思ってたが……英雄連に寝返ってたか」
ナイトフォールの眼差しは哀れみにも似ていた。
「知り合いだった?」
「敵となった者は、死ぬだけだ」
戦士はただ、そう述べるに留まった。脱出用の輸送ヘリコプターが闇の向こうから向かって来るのを二人は見る。
「上階に行った連中の負傷が重い。一機目は彼らを行かせる。後続のソードたちが社内情報を奪取し終えたら、俺たちもコウノトリで脱出だ」
生還者たちが地獄の門を抜け、大階段を降りて来る。意識の朦朧とするローズベリーは満身創痍のブラックキャットに背負われ、リトルデビルが血の気の引いて青ざめたファイアストームと、二人の仲間の遺骨の一部を持って涙ぐむバシュフルゴーストに肩を貸し、上階テラスへと向かう。
既にテラスの敵は制圧済み。対空兵器も破壊されている。そこへ輸送ヘリが接近し、ベルゼロス殺害メンバーたちは順番に乗り込む。
ローズベリーらを乗せた脱出ヘリは、ナイトフォールやソードの仲間たちを回収するためのコウノトリと入れ違う形でビーストヘッド・プロモーション本社ビルを離れた。
折れた左腕や割れた鎖骨の激痛が少女を襲うが、まだ戦闘薬物が効いてくれているお陰で彼女はこの痛みに耐えることができる。
上着を着せられたローズベリーは輸送ヘリの中で、雨に濡らした黒髪を壁に寄せる。風の音が静まり、機内の揺れが収まり……叩きつけるような雨が緩やかになっていくのを感じた。
本社上階には戦闘によって大穴が空き、ビルから煙が立ち昇るのを見た。自分は、あの中に今さっきまでいたのだ。
…………終わった、全部。
「う、う……うああああああ…………」
茨城 涼子は、声をあげて咽び泣いた。涙が溢れて、止まらなかった。
「レナちゃん……レナちゃん……うああああああ…………!」
「好きなだけ泣きなさい」
ブラックキャットが肋骨の折れ、全身傷ついた身にも関わらず、少女の頭を抱き寄せた。
戦いから解放された少女は、ブラックキャットの胸の中で泣き続けた。
失血と負傷によって青ざめた表情の坂本 レイは、機内の担架上で横になり、胸の裂傷の手当と輸血を受けている。少女の泣き声が機内に響く中、彼は自分を見つめるキューブ型のサイキックドローンを見つめ返す。
「ミラ=エイト」
『ファイアストーム、どうしましたか?』
「ソフィアは……無事か……?」
『能力行使の負担が重く今は治療室に。命に別状はありません』
「……そうか」
少し間を置いて、エイトはこのように申し出た。
『……サーティン・シックスにドローンを一機持たせました。……ご用件でしたら、代わりましょうか?』
「助かる……」
『レイレイ……今度はちゃんと、聴こえてる……?』
声の主が変わった。聞き慣れたいつもの女性の声だ。
「ソフィア……無事か」
『大丈夫。ちょっと鼻血が出過ぎて、貧血になっただけ……』
「無理をするな……」
『レイレイが、無理をしなくなったらね』
ソフィアが言うと、レイは重い溜息をつこうとして……それが上手くいかずにゴホゴホと咳き込み血しぶきを吐いた。
『レイ、大丈夫……?』
「ああ……平気だ」
『ね、レイレイ』
「なんだ」
『お腹空いた』
「……何を食べたい」
『チョコシューが、いいかな』
ソフィアが答えるとレイは鼻で笑い、闇の中で口元を微かに緩めた。
「今日も死ねない夜だった。……エージェント:ファイアストーム、任務完了。これより帰投する」
――――光輝35年 3月7日 午前2時45分
総指揮官であるSHS日本ロッジ最高権力者【永遠】の通達を以て第二次杉並区攻防戦、及び「ウィンターエンド作戦」は終了した。
ハンムラビ側の死者は超能力3名と祈り手1名を含む12名。重軽症者は多数。
英雄連側は超能力者20名近くが戦死。超越者、定命者は併せて80名以上、合計の死者は100を超え、最重要護衛目標であるベルゼロスと、指揮官スミレダユウは戦死。VIPである「ひばりプロダクション」社長の吉田も拉致される。
地獄の戦場では多くのヒーローが雨の中に屍を晒し、ニゼルことサイクロン壱五号やフライヤー壱八号など、僅かな者だけが生還できた。
悪夢のような夜が、こうして終わった。
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