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16.近況、魔族との不和

 俺が目を覚ましたことは、早くも町に広がっていた。マジリカに続いてオルフェニカも倒した英雄として更なる名声を得ていたようだが、割と永いこと眠っていた俺にそんな実感はない。

 ないが、こうして情報が回る辺り、俺も有名人なんだな。


 俺が気絶していた一週間に事態は急変していたようだった。


 とうとう魔王軍は大々的に動きを激化させたらしい。この大陸にはその手は伸びていないが、他二名の魔公がそれぞれ指揮する軍隊に、別大陸の主要都市が落とされたそうだ。

 そしてそれによって人間と魔族の亀裂は深まり、魔族であるオーフェンの立場がより危うくなっているらしい、とのこと。


 俺がオルフェニカとの戦いで相打ちに終わったのも町としては大分精神的に来ているそうで、これ以上何かがあったら魔王軍の侵攻に対して抵抗し切れないんじゃないかと危惧されている。

 それがオーフェンの排斥に繋がるってんならとんだお門違いだがな……単純に否定したところで町民の心を変えられるわけもない。


「ありがとう、フェルナンデス。俺のやってることは大方知っていたんだな」

「ああ、チハルさんが毎日魔王軍の情報を集めていたのは色んなとこから聞いてるからな。意識を失っている間くらいは俺がやってやろうと思っていた」

「一生起きなかったらどうするつもりだったんだお前」

「チハルさんは必ず起きるさ、俺はそう信じていた」


 こいつなんか格好良い台詞言ってる。


 それはそうと。レティシアもそうだが、フェルナンデスも筋トレは続けていたそうで。

 見る限り、最初の頃よりは随分とマシになっている。まぁたった一週間で何が変わるかと言われても微妙な話だが、こいつらクラスになればその変化も発見しやすい。

 超デブが簡単に十キログラム痩せられるみたいなもんだ。最初はそれなりに伸びるんだよ。


「これからどうすっかなぁ……俺意外にも深刻なダメージ受けてたみたいでさ、まだ立てねぇんだよ。だから外出れねぇし、ここでしばらく安静にしているしかない」

「ああ、そのことなんだがな。情報収集は俺が代わりに務めるとして、チハルさんがその間何もできないのはなんだかんだとレティシアが言っていてな……」


 フェルナンデスはそこで咳払いし、口元を歪めた。


「チハルさん魔法使えないんだろ? 身体が回復するまでの間、レティシアが魔法教えてくれるってよ」

「え」


 そいつは困る。待て、俺には魔法は使えないんだ、多分、いや確証はないけど、早まるな。レティシアお前にはメイドの仕事が待っているだろ、そっちに集中してくれマジで。


「あ、あぁ……そうなのか」


 だがスパルタで肉体トレーニングについて教えていた身だ。「魔法使えないんでむり」とか俺の面子的に言い出せる状況じゃない。

 それこそレティシアに「諦めないで、チハル様ならきっとできる! だから血反吐を吐いてでも頑張るのよ!」とか凄く憎たらしい笑顔で楽しそうに言われそうだ。


「とにかくそれでチハルさんも退屈しないだろ。後数日もすれば歩けるようにはなると思うから、しばらくゆっくりしていてくれ。それと――チハルさん一人に任せてしまって、悪い」

「……おう、気にすんな」


 部屋から出ていくフェルナンデスをただただ見送り、枕に後頭部を埋める。まだ身体中は痛いが、こうして休んでいる分には楽だ。

 色々考えなきゃいけないことはある。


 しかしまだ疲労が残っているのか、俺の身体は休息を欲しがっていた。重く閉じられようとする瞼が証拠だ。

 まあいい。起きてからまた懸案事項は考えよう、と。


 そう決めるなり、俺の意識はすぐに深く沈んでいった。







「チハル様ー?」


 軽快な呼び声と共にレティシアが部屋に入ってくる。フェルナンデスから渡された資料(主に魔王軍などの情報)を眺めていた俺は、一旦それを脇に置いてレティシアへ視線を寄越した。


「ん、な、なんだ? 俺はもう寝ようと……」


 努めて魔法なんざ知らんといった風に返答をし、俺はベッドに潜り込む。完璧だ、よし今日はもう寝てしまおうそれがいい。


「あれ、フェルナンデスから聞いてなかったの? 今日から私がこの時間から就寝までチハル様に魔法を教えることにしたのよ。ほら、魔法が使えないってのも考えものじゃない? 私達がチハル様に教えられたんだから、今度は私達がチハル様にないものを教えるべきだと思って! ね?」

「あ、ああ、それか。そのことなんだけどな……?」


 う、うう……その真摯さが地味に痛い。お前は性悪属性だけで十分なのに……くっ。

 だがこんな時のために、俺は言い訳を考えていたのだ……くらえレティシア!


「俺ってさ、これでも魔法の練習はしていたんだよ。それでも駄目だったからこうして身体を鍛えてここまで来たんだって話、してなかったよな……? だからなレティシア、俺には魔法の練習は――」

「出来ないはずないわ! だってチハル様は自分の力だけでのし上がってくるだけの努力をした人なんでしょ? だったら魔法くらい習得出来るわよ。それともチハル様ともあろう方がこの私を前にして、魔法なんて使えないから俺は諦めてベッドでぐうすか寝るよ……って弱音吐いちゃうの? いやぁそんなはずないでしょうねーだってあれだけ私が辛い辛いって言っても筋トレさせてきたあの! あのチハル様がこんなところで! まさか」


 この野郎。


 俺はこめかみに青筋を浮かばせ、レティシアへ睨みを利かせる。だがこんな全身包帯巻かれたミイラ野郎状態では威圧もへったくれもないのだろう、レティシアは「んん?」とわざとらしく言って首を左右に振っている。

 お前俺が完全復活したらどうなるか覚えておけよ……。


 そうだ……レティシアはこういう奴だった。フェルナンデスを煽りまくって心の底から喜びを見出していた女だった。そんな奴が、この俺の弱った姿を見て何もしてこないはずがない……フェルナンデスめ、あいつのあの妙な顔はそういうことだったか――。


「ふ、ふふふ、言ってくれるじゃねぇかレティシア……」


 俺は拳を握り締め、潜っていた身体を起こして宣言した。


「いいだろう、やってやろうじゃないか! さあ教えろ!」

「ようし、よく言ったわ! ぷ……ぷくく……やっぱりチハル様はそうでなくちゃね!」


 おいお前今笑わなかったか?


「さあ、手取り足取り教えてあげるわ――途中で弱音なんか吐かせないんだから」


 こうして、レティシアの地獄の魔法講習会が始まったのである――。

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