閑話其の一
「あっ……!」
黒衣の少女は小さく声を漏らした。先程まで張りつめていた、指先の糸が急に軽くなり、力なく垂れ下がるのを感じた。
しばらく戸惑ったように目を瞬くと、胸元まであげていた両手を下ろす。そして、隣で優雅に笛を吹く男に向き直る。
「……申し訳ありません。『僮』が全て倒されました」
「そう」
男は笛から唇を離すと、静かにそう言った。そしてふーっとため息をついた。その様子を見て、少女は思わず身を強張らせる――――失敗の後に待っているのはひどい折檻だ。今日は何をされるんだろう、と震えそうになる体を両腕で抱いていると、男は少女の頬に手を当てた。
「いいよ、別に。今日のは様子見って言ったでしょ」
恐る恐る顔をあげると、主の穏やかな笑みが見えた。
「向こうに『司』の遣いが入ったみたいだから遊んであげようってだけだから……大したことないってわかったし」
彼はふふっと笑うと少女の手を引く。
「幽、帰ろう」
「……御意」
男は少女――――幽を抱えて、座っていた大樹の枝から飛び降りる。そして通りに置いてきた牛車に向かって歩き出した。
男の腕に抱かれた幽は明るい満月を見上げる。そして自分の幻術を破った、名も知らぬ敵対者に思いを馳せる。
「……お気の毒様」
――――この主に敵う者などないのだから
これで第一章《椿》編終了です。
第二章《緋童子》編もお楽しみに!
次回は6月5日午後8時に投稿です。
次回もよろしくお願いします。
感想頂けると嬉しいです……[小声]