第八話
「見つけたわ!!」
椿は突然そう叫ぶと、空中のある一点を見つめると、そこに向かって飛び上がった。否、よく見ると浮遊しているのだった。そして胸元から小刀を取り出すと横に薙いだ。
それは一瞬の出来事だった。
ぷつん、という糸を切ったときのような小気味良い音がしたかと思うと、夏目の目の前で男たちが突然くずおれ始めた。その目は、突然のことに動揺が隠せないとでも言いたげな感じで見開かれていた。膝を折るのと同時に、手にした松明を地面に落とす。と、瞬く間に四方から火の手が上がった。ばらばらと男たちが音をたてて解けていく間も、ちらちらとした赤い炎が生まれる。
「熱い……!」
幻と言われても、目の前の炎をどうしても熱く感じてしまう。もしかしたらこの火だけは本物なのかもしれない、と思いそうになったが、よく考えれば直接地面に落ちた松明から火の手が上がるはずがない。それならばこれもまた幻なのだろう。
この場ではただ無力な存在であることを改めて認識し、きつく唇を噛む。少し、血の味がした。
「椿!夏目!」
不意に芳乃の声が聞こえた。背後を振り返ると、抜き身の刀を手にした芳乃が走っていた。
当然、白水干の男たちにも聞こえており、芳乃の方へ顔を向ける。そしてまだ動ける者が数名芳乃に向かって肉薄した。
「桜庭!」
夏目はたまらず叫ぶが、椿は特に心配したような素振りは見せず、ふわりと空中から着地してみせる。そして夏目の傍まで歩いてくると、まぁ見てなって、と呟いた。
夏目は小さく唸ると、芳乃の方を見やる。
男たちが丁度小刀を構え、芳乃に向かって振り上げているところだった。だが当の芳乃は落ち着いていて、ひとりをかわすとその背後に刀を突き刺す。突き刺された男はその場で四散した。そして左足を軸にして半回転。別の男に、振り抜いた刀が命中し、彼も四散した。その間、闇に光る金眼が舞うように動く。
そこで丁度時間が来たようで、芳乃を襲っていた男たちが一気に姿を消した。金糸が我先にと空の彼方へと飛んでいく。そして男たちの消滅と同時に炎も姿を消した。夏目はその光景に目を奪われていたが、あることに気がついた。
「何故、桜庭は奴等に攻撃ができたのか?」
「あの刀はね、私があげたものだからよ」
椿はニマニマしながら答える。そして、茂みから出てきた芳乃に飛び付いた。
「芳乃お疲れ!!かっこ良かった!!」
「助かったぜ、椿」
はははと笑う芳乃の目の金色は先程よりも和らいでいた。
「夏目もお疲れ」
芳乃は椿をぶら下げたまま片手をあげる。だが夏目はそれには応えず、腕組をして二人を見据えた。
「……どういうことだ」
すると、芳乃と椿は顔を見合わす。そして、何が?、とでも言いたそうな顔で、同時に夏目の方を振り向いた。
「先程桜庭と椿殿が倒した男たちは、昼に桜庭が言っていた特別な任務に関係あるのか?それに……人間では倒せないはずの奴等が何故桜庭は倒せたのだ?その刀は」
「ちょっ!質問多すぎ!!ひとつずつ答えるから待て」
芳乃がそう言って、夏目の矢継ぎ早な質問を止める。しぶしぶ、といった顔つきだがとりあえず夏目は質問を止め、黙ることにした。
その様子を見て、芳乃はふーっとため息をつく。そして首に抱きついたままだった椿を優しくほどくと、そのまま近くの切り株に腰掛けた。椿もそれに続いたが、夏目は立ったまま芳乃の弁解を聴くことにした。
「まず最初の質問から。単刀直入に言うと、そうだ。奴等……というか奴等を生み出した『宿』は敵対する側の『宿』だ」
「敵対?」
「そう、敵対。俺等側と向こう側とでは目的が異なるからだ……まぁ今回は鎌倉から上洛してきた俺たちの小手調べだろうがな」
「何の目的が異なっているのか」
すると芳乃は口を閉ざした。和らいでいた金眼が再び強い光を放ち出す。
黙ったままの芳乃の代わりに今度は椿が答える。
「夏目ちゃんに覚悟があるなら教えてあげる」
「覚悟?」
椿がこくん、と頷く。そして芳乃が頭の後ろで束ねている髪の一筋――――銀の髪を長い指で持ち上げた。
「これは証、と言ったわよね。そしてこの子がその後に言ったことを覚えてるかしら?」
正直のところ、夏目はあの時、頭に血が昇っていたし、芳乃の言動があまりにも不可解かつ不愉快だったので詳細を記憶することができていなかった。ただ、この銀髪は特別な任務を負うものの証だ、と言ったことぐらいしか覚えていなかった。
押し黙ったままの夏目を見て、今度は椿がため息をついた。
「……要するに私が言いたかったのは、夏目ちゃんは国のために命を捨てられるか、ということよ」
「……?」
「この任務は聞いた瞬間から、何を差し置いても遂行のため働かねばならない……ホントは証を持って生まれてきた時点で任務遂行の義務を背負ってるけど、今の夏目ちゃんみたいに知らないままの人もいるからね。仕方ないってやつ」
国のために命を捨てられるか、と問われれば勿論答えは決まっている。それは将軍――――源氏の系譜が途絶えた今となっては主は北条だが――――に仕える御家人ならばほとんどが首肯するはずだ。
だが椿の口振りから、そんなことが問われているのではないことは明白だ。
「……そなたたちは一体何と戦っているんだ」
「詳しくは言えないけど……国が滅ぶか滅ばないか、の戦いだ」
芳乃が答える。
「厳しい戦いだから命の保証はできない。だから国のために死ねるか、と問うた」
夏目は知らぬ間に自身の銀髪に触れていた。自分の忌み嫌っていたこの銀髪にこんな宿命があったなんてつゆとも思っていなかった。
「時氏様は御存知なのか」
「さぁどうだろ?でも将来の地位を約束されている彼なら知っててもおかしくはないから」
「どういう意味だ?」
「俺たちが追っているものを北条も狙ってるからだよ」
衝撃だった。
今や国を守る側の北条家が国の存亡をかける戦いに身を投じているなんて想像もつかなかった。ましてや思慮深い時氏まで関係してる可能性があるとは。
夏目はくらくらするのを感じた。
「まぁゆっくり考えてほしい……と言いたいところだがあまり時間はない。明日返答を聞こう」
芳乃が徐に立ち上がる。椿は夏目ににこっと微笑むと芳乃に続いた。
「夏目ちゃんも帰りましょ?もうこんなに真っ暗」
辺りには既に夜の帳が降りていた。全く気づかなかった。
頭はまだ混乱したままだったが、結局芳乃と椿に誘われるまま夏目もその場を去る。
「……一体何者だ……桜庭芳乃」
そんな夏目の独白は闇に溶けて誰の耳にも入らぬまま消えた。
次は挿入部で短い話となっていますので、同時投稿しました。