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夏草之記  作者: 玖龍
第一章 椿編
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第七話

 椿に手を取られた夏目は、その白い手を振りほどくことができないままひたすらに走った。

 椿は迷わず道を真っ直ぐ進んでいく。その先に芳乃がいるのかもしれない。

 夏目は少し息を上げながら、しかし足は決して止めずに椿に問いかけた。

 「この先に桜庭がいるのか?」

 すると椿はあろうことかかぶりを振ってこれに応えた。

 夏目は驚きのあまり、足を止めてしまう。そして今更のように手を振りほどく。

 椿もそれにつられて立ち止まり、夏目を振り返った。その目は何の悪気もなく、寧ろ澄みきっていた。

 そして衝撃発言をする。


 「私、道よくわからないから」


 満面の笑みを浮かべる椿が女人ではなかったら、夏目は思わず彼女を殴り飛ばしていたに違いない。上がりそうになった腕は気力で押さえつけたが、顔だけはどうにもならなかった。眉根に力が自然と入る。


 「夏目ちゃん、そんな顔しないで?折角の美人なのに」

 素っ惚けたような椿の美人発言に耳まで赤く染める。そんな夏目の様子をにやにやしながら、椿は口を開いた。

 「芳乃は多分近くにいるわ。夏目ちゃんを助けるように言ったのは芳乃なんだから」

 「……桜庭が、私を?」

 椿はこくこくと頷く。

 「それに今更慌てたって仕方ないよ……夏目ちゃんは最初から(・・・・)狙われていたんだから……ね!!」


 椿が再び羽衣を舞わせる。すると突風が吹いて周りにあった木々を震わせた。


 夏目は突然の風に、両腕で顔を守るが、薄く開けた目から信じられないものを見た――――なんと、先程の金糸の男と同じ格好、同じ表情をした男が多数周囲を取り囲んでいた。

 ある者は松明を手に掲げ、ある者は弓矢を手につがえている。そしてあの男と同様に、真っ直ぐと夏目のことを見据えていた。その目線に夏目はどくん、と胸が激しく打ったのを感じた。


 しかし椿は平然とした態度で周囲を見渡す。


 「出世しましたねー夏目ちゃん。こんなに狙われることなんて滅多にないよ」

 「……全く嬉しくないが……これはどういうことなんだ……?」

 瞠目する夏目をよそに、椿はひとり小さく唸る。そして自分の考えをまとめられたのか、納得の表情をした。


 「夏目ちゃんはね、私を誘き出すための餌にされたんだよ……こいつらは『宿』の作った幻……だと思うね」

 「幻!?にしてはやけにはっきり見えるが……」

 「それだけ強力な『宿』と、それを支える『宿主』がいるってことよ」

 椿の目がいつの間にか、敵を前にして爛々と光っていた。飄々とした態度しか見せなかった椿の、初めてみるその様子に夏目は改めて自分が敵と対峙していることを認識する。ゆっくり深呼吸をすると、腰に下げた刀の鞘に手をかける。そして目の前の敵を見据え、相手がいつ攻撃を仕掛けてきても迎撃できるよう構えた。


 「……あ、いい忘れてたけど、この人たちにはそれ(・・)通じないよ」


 椿の一言にこけそうになった。

 「……は?」

 「この人たち―――というか『宿』にはこの世の……んーなんと言うか……普通の武器は通じないの。逆もまた然り、ではないからそこは注意してほしいかな」

 「……つまり?」

 「夏目ちゃんは向こうに攻撃できない。向こうは夏目ちゃんに攻撃できる」

 椿がイライラしたように答える。

 だが、その答えを得てわかったことは、夏目はこの場において役に立たない、ということだ。いくら剣術の腕に覚えがあるとはいえ、こちらの攻撃が届かなければ全く意味はない。となるとこちらの戦闘員は椿ひとりということになる。先程の一件で、椿が人外の術を使えるのはわかったが、いくらなんでもこの状況では多勢に無勢。二十は下らないと見える敵と渡り合うには無理があるだろう。


 既に退路を絶たれているので絶体絶命。芳乃が助けに来たとしても、人間の攻撃が効かないとなれば意味はない。


 「……どうするつもりだ」

 「どうもこうもやるしかないでしょ……私を見くびらないで頂戴」


 そうこうしているうちに、松明部隊の後方に控えていた弓矢部隊が弓をつがえる。キリキリと音をたてながら弦を引き――――一斉に放った。

 弓矢が自分を目掛けて殺到するのを目の当たりにし、夏目は逃げるでも戦うでもなく、ただその場に立ち尽くしていた。否、動けなかったのだ。何か物理的な作用を受けたようだった。

 そんな夏目の様子に、椿は舌打ちをすると、殺到する弓矢に向かって羽衣を放った。すると先程のように風が生まれ、矢の動きを止める。そしてカタカタと小さく音を鳴らしながら、矢が逆方向――――つまり男たちの方を向いた。椿がすっと腕を持ち上げ、一回指を鳴らすと矢は元来た道を辿り始めた。

 だが男たちはぼうっと立ち竦んだままその場から動かなかった。そして、そのまま矢を受ける。

 彼らは矢を受けた瞬間、胸から金糸を放出させた。あちこちから一斉に金糸が空へ向かって伸び上がる様子を夏目は不思議な思いで見つめていた。


 だがそれでも敵の数は減ったようには見えない。夏目が身構えたときには、既に第二部隊が弓矢を引き絞っていた。このかなり統制がとれた集団を見たのは初めてだった。支流の戦い方とは異なる戦法に戸惑いを覚える夏目だったが、ふとあることを思い付く。


 「指揮官を押さえれば……」

 「指揮官なんてこの場にはいないわ」

 夏目の独白を耳ざとく聞いていた椿から即答される。

 「目の前の人たちは言わば意思のない人形よ。ただ命令されたことだけをひたすら遂行するだけの存在なの……彼らを操る『宿』と『宿主』は別の場所にいるわ」

 再び放たれた弓矢を羽衣で弾き返す。白衣の男たちは逆行した弓矢に胸を貫かれ、金糸を残し姿を消す。だがそれでも減らない敵に椿は明らかにイライラしているようだった。

 「これじゃ埒があかないわ!」

 「私は何をすればいいか」

 「何もしなくていいわ!じっとしてなさい」


 夏目は不意に熱を感じた。頬を焼く熱さに煩わしさを感じ周囲を見やると、なんと松明を手にした男たちとの距離が縮んでいるのだ。夏目は当初から一歩も動いていないため、向こうがこちらに近づいていることになる。追い払うことも考えたが、椿の言葉を信じるならこちらからは向こうへ干渉できない。


 夏目がもどかしさに歯軋りした瞬間、椿が歓喜の声をあげた。


 「見つけたわ!!」


次回は5月22日午後8時に投稿です。

次回もよろしくお願いします。

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