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夏草之記  作者: 玖龍
第一章 椿編
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第四話

改めてみるとなかなか話が進んでいませんね。まだ四話目なの!?

奇数週更新について考え直した方がいいかも……と思い始めた玖龍です。詳しくは最新の活報に載せています。

それではよろしくお願いします

 「では二人とも、もう下がりなさい。私はまだやらねばならない仕事があるのだからね」

 時氏はそう言うと、夏目と芳乃の背中を押す。

 「あぁ、そうそう……夏目、桜庭君のお世話を頼みましたよ」

 「私がですか!?」

 夏目は思わず素っ頓狂な声をあげた。時氏はそれでも笑みを崩さない。

 「見たところ、貴方たちは気が合うようですし。これから同僚として働いてもらうのだから、仲良くしてくださいね。数日世話役がいれば桜庭君も安心でしょう」

 「夏目、よろしく」

 芳乃はニカッと笑うと、軽く手をあげた。それを見て、夏目は軽く頭を揉む。


 主の命令なので、部下として遵守するのが当たり前だ。だが、この男の世話係だけは御免だった。しかれどもそれでは時氏の命に背くことになる。自分が何より尊敬する、そしてきっと自分のことを信頼してるであろう人物の命令と、自分の感情を天秤にかけた結果など最早わかりきったことだった。


 「私と桜庭が気が合う、という部分には賛同しかねますが、時氏様のご命令であれば致し方ありません」

 「……なんでそんなに嫌そうなんだよ」

 「自分の胸にてを当てて考えたらいいのではないか」

 「そんなに俺のこと嫌いか?」

 「まぁそんなところだ」

 「夏目くん、ひどい!!」

 「だから、私のことを夏目と呼ぶなって」

 わざとらしくしなを作る芳乃に対し、夏目は本気で気持ち悪がっていた。そして二人が大声で言い争う様子を見て、時氏はくすっと笑う。


 「そういうところが気が合うと言うのですよ、夏目」


 時氏の目には、夏目が今までにないほど生き生きとしているように見えた。



●○●○●○●○●○



 「なぁ夏目ー」

 芳乃の呼び掛けに夏目は完全に無視していた。

 因みにこのやりとりは、既に何十回も繰り返されており、もうじき一刻が過ぎようとしていた。

 今、二人は六波羅に所属する者に与えられる部屋にいる。他には誰もいない。たった二人――――のはずだった。


 「もうっ!夏目ちゃんってばうぶなのね!!恥ずかしがってるから芳乃のこと無視してるのよ」

 「あっ、やっぱりなー。椿ってホントに鋭いなぁ」

 「女の勘ってやつよ。ほんとに夏目ちゃんって可愛い」

 先程からきゃっきゃ、と芳乃とひとりの女性――――椿がおしゃべりしていた。

 椿は、夏目が恥ずかしがってるから、と言ったが違う。芳乃と椿が怖くてずっと黙っているのだ。


 事の発端は椿の出現だ。


 芳乃は部屋に誰もいないとわかると、すぐに懐から椿の枝を取り出した。先程、賊を倒した時に持っていたものと寸分違わないもので、見事な赤い大輪をつけている。

 夏目は、これから何が始まるのか、と興味を持っていると、芳乃の瞳がみるみるうちに金色に染まり始めた。思わず後ずさる夏目には目もくれず、芳乃は椿の枝に口づけた。

 「なっ……!」

 顔を真っ赤に染めた夏目の目の前には、あのとき見た少女が出現していた。


 それが――――椿だ。


 「芳乃っ!会いたかった!」

 「すまんな、椿」

 芳乃が相好を崩すと、椿は笑いながら芳乃に抱きついた。

 椿は、やはりあの時と同じ服装をしていた。三つ編みでまとめた、艶々とした黒髪。薄い山吹の内衣の上に羽織った、紅の背子(はいし)。これには金の刺繍が施されている。そして、濃緑の紕帯(そえおび)と橙の()。白い手には優雅に桧扇を翳している。――――どう見ても、鎌倉の世の服装ではない。

 ぽかんとしている夏目の方に体を向け、芳乃は椿に口を開いた。

 「こいつが今日から俺の相棒になった夏目だ」

 「ふーん……」

 椿は興味なさそうに目を細める。じろじろと夏目を上から下まで観察すると、ぱっと芳乃に顔を向ける。

 「夏目ちゃん、でいいかしら?だってこの子、女の子みたいな顔してるし!それに……」

 ちらりと椿が夏目の方を見る。

 「どうせ私のこと見えないから、問題ないわよね」


 「!?」


 露骨に驚いた顔をしたに違いない。しまった、と思ったときには時既に遅し。夏目の、些細な表情の機微を椿は見逃さなかった。

 「あっれー?もしかして見えてる?じゃあ、この声も駄々漏れなの?」

 「んー……まぁ、見えててもおかしくないさ。だって夏目はあの時も、こうやって俺たちのことガン見してたぜ」

 「嘘!?全然気づかなかった」

 「まぁ素質はあるからな。詳しくは本人に訊いてみよう……夏目?ちょっといいか」


 そして振り出しに戻る。


 夏目は幻想を見ているのだ、しばらくすれば椿は消えるだろう、と自分に暗示をかけようとしたが、彼女は未だにそこで鎮座している。この一刻の間にわかったことは、椿がこの世のものではないことだけた。


 更に、そんな椿と親しい芳乃は何者なのか。


 時氏は、芳乃のことを同僚と呼んだが、本当にただの同僚なのか。


 北条家は実質的な幕府の支配者だ。数多くの名門武家と交際があるに違いないが、名門武家の数は限られている。また北条家は身内で幕府の職を固めているので、親交がある家など少ないだろう。親密な友人ならばまた別なのだろうが、生憎夏目は桜庭などという家を聞いたことはない。時氏は芳乃の父を知っているようだが、ということは少なくとも時氏と桜庭家とは親交があるということなのか……。


 「……なんだかよくわからなくなってきたな」

 夏目が頭を捻ってると、耳ざとく独白を聞いた椿が顔を輝かせる。

 「夏目ちゃんが喋った!」

 「む」

 椿がここぞとばかりにパタパタと音をたてながら近づいてきて、夏目の隣に腰を下ろす。そして夏目の足をバシバシ叩きながら、今までの所業に抗議する。

 「ねぇ!どうして無視するの!?私のこと嫌いなの?違うよね?」

 「近い!私に触るなっ!!」


 実を言うと、夏目は女性が苦手だ。今までの人生で、女性には母と妹の二人としかまともに接したことがないのが原因だろうが、女性に触るのはおろか、顔を見ること、話すことすら恥ずかしくてできないのだ。今でさえ、耳まで真っ赤にして椿を睨み付けている。そのまま夏目は後ずさって、部屋の隅で膝を抱えた。


 椿は一旦手を離したが、夏目のそんな様子を見て整った顔に意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 「なになに?もしかして夏目ちゃんって女の子苦手なの?」

 椿の言葉に、夏目は一層顔を赤らめる。椿が両袖を口に当てて、小声で「可愛い」と言ったのも最早聞こえなかった。


 「椿、夏目をいじめるなって」


 椿にいじられる夏目を見かねたのか、はたまた椿に便乗して夏目を追い込みに来たのか、何なのか。芳乃は音もたてずに夏目の側に近より、ひざまづいた。

 そして膝に顔を伏せる夏目の横髪に手を伸ばす。


 「……ほら、やっぱりな」


 芳乃がつまみ上げた髪の下からは覚めた色の銀髪が顔を覗かせていた。

次回は5月8日午後8時投稿です。

次回もよろしくお願いします。

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