表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏草之記  作者: 玖龍
第一章 椿編
3/135

第三話

 桜庭芳乃――――



 目の前を歩く男の頭を見て、夏目は小さく溜め息をつく。そして、そって自らの頭に触れた。


 まだ誰にも明かしてないのだが、夏目の頭にも一房の銀髪が生えていた。


 これは生まれつきのもので父も母も大いに心配してくれたものだった。幼い頃は人とは違う、この銀髪のせいでよく苛められたものだった。大人も子供もみんな一様に陰口を叩いていたのを覚えている。『前世の悪行の結果』とか『親の不徳の因果』とか。


 幼い夏目はそれが耐えきれずによく泣いていて、見かねた父は転居を繰り返し、夏目をあまり外に出さないようにした。父が亡くなってからは夏目が大黒柱となる必要があったので、家に籠っているわけにはいかない。そういうわけで母は一房の銀髪を編み込み、その上からまた髪を被せる、という髪型を考案してくれた。

 そのお陰で今では夏目の銀髪について言及する者はほとんどいない。



 だが芳乃は違う。



 堂々とその銀髪を目立つような位置に入れて、全体を纏めている。人目に晒されないよう隠している自分とは大違いだ。


 夏目は、彼の、不可解な頭を見ては自分との差に深く感じ入るしかなかった。



 「この部屋で合ってるか?」

 「……あぁ」

 芳乃がちらりと夏目を振りかえると、夏目は深く頷いた。


 夏目と芳乃は、先程の賊たちを回収し、戻ってきたばかりだ。

 夏目は時氏への報告のついでに芳乃を紹介することにした。時氏が芳乃を知っていればそれはそれでいいし、知らなければ、芳乃を協力者として紹介するまでだ。その時は、こちらとしては用事はないのですぐに帰ってもらうつもりだ。


 「時氏様、失礼します」

 夏目は障子を静かに開く。まだ件の神主はいたが、夏目の姿を認めると、ぱぁっと顔を綻ばせた。

 「どっ、どうなりましたか!?」

 神主は勢い込んで尋ねる。夏目は穏やかな笑みを浮かべて答えた。

 「無事退治しました」

 「俺がな」

 芳乃が口を開いたので、キッと睨みつける。段取りでは夏目が時氏に事の詳細を報告した後に、芳乃が初めて話をするはずだった。これは、芳乃も承諾していたはずだ。

 当の芳乃はしれっとした顔で、夏目の刺さるような視線を受け止めている。

 だが、神主は事情も知らないのでただひたすら頭を下げていた。

 「いやぁ、安心しました!境内にまで入ってこられたらどうなることかと思いましたよ!いや、本当にありがとうございました」

 「なんの、なんの!あの程度朝飯前ですよ。また、いつでもどうぞ」

 「なんと!こうもたくましい若者がいれば頼もしい限りですな、時氏様!はははは」

 芳乃の物言いにも、神主の楽観さにも苦言を呈したいところだが、夏目はこっそり時氏を盗み見る。時氏は、普段と同じような穏やかな微笑みを浮かべていた。更には、本当に、と小さく相づちまで打っているではないか。夏目は軽く舌打ちし、調子に乗る芳乃を制す。

 「桜庭、調子に乗るな。もう良いだろう……神主様、今日のところはお帰りください。また困ったことがあれば遠慮なく」

 「そうですな。では私はここでお暇させていただきます」 

 神主はゆっくりと立ち上がる。それに続いて時氏も腰をあげた。

 「では誰かに送らせましょう……誰かおらぬか」

 外から返事が返ってきたので、時氏は神主を連れて一度部屋を出た。



 その隙に芳乃が口を開く。


 「夏目、怒ってる?」

 「夏目と呼ぶな。別に怒ってなどいない。怒る理由などないではないか」

 「でも凄い顔してるぞ」

 「お前は注意されたら怒られたと感じるのか……とんだお子様だな」

 「……もしかして嫉妬してるのか?」


 流石にカチンときた。


 夏目は、薄ら笑いを浮かべる芳乃にむかって手を振り上げる。だが芳乃はそれを避ける素振りも見せず、ただニヤニヤと夏目を見ているだけだった。彼のその態度が余計に腹立たしく、夏目は更に、手に力を込める。



 「止めなさい」


 丁度その時、時氏が部屋に戻ってきたらしく、夏目の腕をきつく掴んだ。細身の時氏は、見かけによらず力が強い。

 捕まれた腕の痛みに我に返った夏目は、ひどい羞恥を感じ、すぐに時氏に頭を下げた。

 「も、申し訳ありません、時氏様」

 「はい、よろしい」

 時氏は夏目の頭をぽんぽんと軽く叩くと、今度は芳乃の方へ向きを変えた。

 「あまりこの子をからかわないでほしいものです。でないと、御父上に言いつけますよ……桜庭芳乃?」

 「……うっす」 

 「!?」

 夏目は下げた頭を思い切り上げた。本人にはそのつもりはなかったが、ものすごい風圧で時氏が驚いたほどだった。

 「時氏様はこの者のことをご存知で!?」

 「ええ。私が呼び寄せたのですから……この銀髪が目印だと言われていたのですぐわかりましたよ」

 ぽかんと口をだらしなく開けたままの夏目を見て、芳乃はしししっと笑う。

 「ほらな!俺の言った通りだっただろ、夏目!」

 「なっ、夏目って呼ぶなっ」

 顔を真っ赤にして言い返す夏目と、それをからかうように大きく笑う芳乃を見て、時氏だけは優しく微笑んだ。

次回は5月1日午後8時に投稿です。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ