第二話
第一話と第二話は連続投稿です
時は移ろい一二二九年。
先の内乱から八年。しばらく続いた余波の争いも収まり始め、絢爛豪華な平安朝の隆盛とまでは行かないが、人々は日常を取り戻し始めていた。
貴族たちは四季を愛で、歌を詠み交わす。京の街の庶民は、帝が住まう御所を拝し、田畑の耕作に精を出し、他愛ないことて微笑みあう。
八年前と違うのは、やはり六波羅の存在だ。
半世紀以上前に勢力を振るい、皇家をも圧迫した平氏の邸宅を改築してできた六波羅には鎌倉幕府の実質的支配者である北条氏の一族が常駐し、朝廷を監視している。しかし現在、京の過激派は鳴りを潜めており、最早人々の恐怖の対象ではなかった。
そんな牧歌的な平穏の町から少し外れた場所、薄暗い森の中、相楽夏目は瞠目していた。
遡ること一刻前、夏目はとある一報を受け、平安を乱さんとする賊の取り締まりを命じられた。
話によると、賊は複数。町中で剣を振り回し、その後鎮守の森に逃げ込んだようだ。夏目はその話を聞いて、変な輩は減らないなぁ、と嘆息した。
十七歳となった夏目は現在、六波羅探題北方に任命されている北条時氏に仕える、幕臣の一人だ。八年前の乱で父を亡くし、また自分が長子であったため早くに家を支える必要があった。父は幕府に刃を向けた廉で死罪。ただでさえ一族の信用を著しく失墜しているので、恭順の意を示す意味もあり、敢えて六波羅の下人として仕えることにした。母は最後まで父の敵に仕えることを嫌がったが、結局何だかんだで許している。
「夏目。行ってくれますね」
北条時氏はふぅ、と溜め息をつき、泣きつく神主を宥めながら夏目を指名した。
夏目はこの手の仕事で失敗したことはない――――それ故、多少は信頼を得ているものと夏目は感じている。
「喜んで」
夏目はお茶を神主に差し出し、すくっと立ち上がった。
剣の腕には多少の自信があった。
家は代々武人の家系。特に父は一族の中で一番の腕だと謳われていた。それ故か、父の指導は厳しかったが、こうして時氏の小姓――――あくまでも彼が六波羅に在籍する間だけだが――――として取り立ててもらえているので今ではありがたいことだと思っている。
閑話休題。
現場に急行した夏目は確かに賊の姿を発見した――――全員地に伏せていたが。
代わりに少し風変わりな男と万葉朝の服を身に纏った女性が立っていた。
特に男の方はかなり目立っていて、高い場所で纏めた髪の一条に輝く銀。そして女性を見つめる瞳は見たことの無いような美しい金。夏目にはとてもこの世のものとは思えなかったが、不思議と恐ろしいとは感じなかった。
二人は親密そうに微笑みあい、互いの顔を近づけ――――
「なんですか」
いつの間にか男はこちらを振り返っていた。男の声に我に返った夏目は首を傾げる。
こちらをじっと眺める男の瞳の色は黒だった。
確かに髪には一房の銀髪があるが、それも先程のようには綺羅綺羅と輝いてはおらず、寧ろ注意して見なければ見つからないほどに紛れていた。
更には、あの珍しい服装をした女性は影も形もなく姿を消していて、代わりに男は一輪の椿を大事そうに持っていた。
「……?見間違い……かな?」
夏目は思わず顔を歪めた。
自分が白昼堂々不埒な夢を見ていたなんて許せない。況しては今は任務遂行中なのだ。
夏目は強く頭を左右に振って先程見たことは間違いだったということで忘れようと努めた。
「何もないなら帰っていいかな?俺これから用事があるんで」
「あっ、待て!!」
踵を返して立ち去ろうとする男を制するように、夏目は彼の前に立つ。男が眉間にぎゅっと皺を寄せたが気にしない。
そして地面で伸びてる男たちを指差した。
「これは貴方がやったのか?」
彼はちらりと指先に横たわる男たちを見て、観念したように嘆息した。
「お察しの通り」
「京での乱闘騒ぎは我々の管轄だ。貴方の協力には感謝するが、一般人が対処するには危ないだろう……怪我はないか」
「ご覧の通り……ん、ちょっと待って。ってことは君、六波羅の?」
男が意外そうに尋ねるので、少し憤慨しつつも敢えてすましたように答えた。
「御名答だ」
すると、男はぱぁっと表情を一転させた。先程までのふてぶてしい顔つきとは大違いだ。
「丁度いい。俺は六波羅に用事があるんだ。道に迷ってたらこいつらに捕まって……連れていってくれないか」
「はあっ!?」
夏目は思わず素っ頓狂な声をあげる。背後に控える六波羅在中の御家人もざわざわして収まる様子はない。
「時氏様に御用ですか?」
「うん、まぁそうだけど」
「な、何用ですか?」
「何って……挨拶?」
頭を長い指でポリポリ掻きながら男は答える。
挨拶したいから、という至極単純な理由での接見に応えられるほど時氏も暇ではない。況してこの男の身分は精々御家人であろう。とてもじゃないが、今を時めく北条得宗家が長男、時氏と釣り合うような人物には見えない。
「相楽殿。いかがなさるおつもりか」
夏目のすぐ後ろにいた男が尋ねる。
「あー……時氏様には貴方に会われる時間はないと思うが……それに時間があっても会ってくださるかどうか」
「つまり俺には時氏様に会う道理も筋合いもないって言いたいのか」
「包み隠さず、端的に言えばそうだ」
こんなところでお世辞を言っても仕方がない。夏目は、この際はっきり言うことにした。
だが男はめげない。
ニヤッと不敵に笑ったかと思うと大それたことを口にした。
「俺はその時氏様に召集されたんだ。嘘だと思うなら本人に問いただせばいい。俺の名前は桜庭芳乃。もし時氏様が俺を知らないと言えば――――煮るなり焼くなりしたらいい」
夏目には――――また彼の、芳乃の目が淡く金に染まったように見えた。
次回は4月17日午後8時に投稿です。
次回もよろしくお願いします。