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夏草之記  作者: 玖龍
第八章 桜桃編
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第百五話

前回(5/5)投稿できなくてすみませんでした……!お待たせしましたが、105話です。よろしくお願いします。

 「申し開きがあればどうぞ」

 当然、この場を支配するのはななりだった。殴られた際に怪我をした道忠は姿を見せていない。芳乃はななりの側で男たちを見張っていた。彼らが何か変な気でも起こそうものなら、すぐに芳乃か風早が飛んでくるだろう。

 縛られた男は苦しそうにもがきながらも、ななりをきっと睨んでいる。

 「お前には関係ないだろ」

 「まぁ、関係ないわね。でもいきなり人を襲って許されると思ってるの?」

 「許されるも何も、俺たちはこうやって生きてるんだ。生まれてこのかた、何の苦労もしていないような坊ちゃんがこんなところで医師ごっことはやっぱり遊び方が違う。だから俺たちも遊んでやってるだけだ」

 馬鹿にしたように男はそう言い放った。どうやら男たちは定期的にここに来ては小金になりそうなものを持ち出してはどこかに売り払ってるようだった。それを生業にしているらしい。さもありなん、ここは商業の町である博多が近いのだ。その手のことなど朝飯前ということだ。男の言葉に賛同したのか、子分たちもそうだそうだ、と声をあげる。

 「遊びでこんなところまで来れるかよ」

 芳乃が男たちの所業に、呆れたようなため息をつくと、今度は芳乃に目をやる。

 「お前もあれか。中央のものか」

 「……まぁ、そうだが」

 すると男はせせら笑う。

 「だったらわかるまいよ、俺たちの暮らしなんか」

 「わからないわよ。だって何も正当化できないもの」

 今度はななりがため息をつく。

 「いい歳してわがままばかり言うのはやめたらどうなの。何でも中央のせいにしたってらちが明かないわよ。だって所詮は中央の人。下々のことなんてちっともわかってないんだから」

 大真面目な顔でそう言い放ったななりに、気心の知れた芳乃だけでなく賊の男たちも唖然とする。まさか憎き中央の者、そしてただの小娘がこんなことを言うとは思ってなかったからだ。だが、そんな反応に気づくことなく当の小娘は話を続ける。

 「あなたたちが生きることは否定しないし私にはそんな権利もないわ。だけど人を害して生きるのはちょっと違うと思うの。それに、あなたたちの場合は仕事がないんじゃなくて、しないだけだわ。だってやることはそこらじゅうに転がってるもの」

 例えば、とななりは外を指さす。

 「放置された畑を耕すとか」

 「はぁ!?」

 「私は頭が悪いから難しいことなんてわからない。でも今まで自分たちを見下してきた人をぎゃふんと言わせてみたいと思わないの?だったら真っ当にやってみるべきよ。そうしたらきっと鎌倉の方も認めてくれるわ」

 頭を抱えているのは芳乃だけではなかった。ななりの保護者である風早はもはや呆れを通り越して無の境地に至ったような顔をしているし、椿は珍しく芳乃に同情して目元を袖で押さえている。ここに夏目がいたらどういう反応をするだろうか。芳乃はそんなことを考えてみたが、唖然としているか憤ってるかのどちらかだろうと思い、頭を振る。声をかけようとしたとき、賊の方が先に口を開く。

 「金になるのか」

 するとななりは肩をすくめる。

 「さぁ?でも成果を上げれば、少なくとも鎌倉や六波羅は見直すと思うわ。西国なんて手のかかるところだとしか思ってないだろうけど、ここが国の要だと思わせることができたらきっと認めてくれるわよ。もっときちんと統治してくれるはずだわ」

 芳乃はもう泣きそうだったが、男はななりの目をじっくりと見ていた。そして観念したように盛大なため息をつく。

 「……あんたに乗ってやろう。だが金にならなければ本当に海の向こうに売り飛ばすからな。お貴族様たちが唐物が好きなように、向こうは和物が好きだ。女はさぞ高く売れるだろうな」

 「それはぞっとしない話ね、また(・・)捨てられないように気をつけるわ」

 ななりは言葉とは裏腹に明るく笑った。



●○●○●○●○●○




 「ななり……もうちょっと考えてから物言えよ」

 しばらくして、男たちを残したまま部屋を移動した芳乃は、そうななりに苦言を呈した。ななりはきょとんとして、小首を傾げている。何のことかわからない、と言いたそうな表情だ。そんな彼女に困り果てて、懇願するように語りかける。

 「あの場はうまくいったからいいようなものの、どう転んでもおかしくなかった。逆上されてたらただじゃすまなかったぞ。頼むから馬鹿な真似はするなよ。それに聞いてたのが俺たちだけだったからよかったものの夏目でもいたら今頃どうなってたことやら」

 「ごめん、特に最後のやつは全然意味わからないんだけど」

 「あのな……」

 更に言葉を続けようとしたが、ななりがむっとしているのに気がついた。機嫌が悪いようで芳乃と目を合わせようとしない。少し言い過ぎたかもしれない、と反省しかけたところ、彼女はべっと舌を出した。

 「別に私は幕府の役人じゃないし。正直どうなってもいいわ、関係ないもの」

 「はぁ!?」

 「私は旭さんについていくだけだし。だからあれは本音よ。鎌倉とか六波羅とか、偉い人はそれを支えてる人なんか何にも見てないんだから、それを怒るのは当然の権利よ。助けてくれるのは上の人しかいないのにその人たちが見てくれないなら、振り向かせる。それが捨てられるかもしれない人のやり方よ」

 臆することなく芳乃を睨む。それは、かつて捨てられた者だからこその理論だった。ななりに親はいない。何が理由かは定かではないが、おそらく『守人』みなに共通する白銀の髪の存在だ。ななりにも一房だけ、他とは色の異なる髪がある。異様な姿は前世の因果。そう信じる人ならば、それにどうしようもなく生活に窮しているならば――決して正しいことではない、むしろ取り返しのつかない罪であっても、子を捨てる親はいるのだ。ななりはそうやって捨てられた子のひとりだ。風早が見つけ出し、旭に救われた彼女はその命を取り留めた、運の良い少女だった。そして旭のもとで多くの不遇な同胞を見てきた。切り捨てられる者の痛みを知る彼女には、賊の男たちの行為が正当化できないものであっても、その気持ちがわかったのだ。だからあえてあのようなことを言って、立ち上がらせる。かつて道を逸れたとしても人には平等に機会があってしかるべきだ、と。

 「……しくじったら、私が責任をとるわ。煮るなり焼くなり、どうにでもしてちょうだい……介錯は旭さんでお願いするわ」

 「なんだよそれ……まぁ、ななりだけが悪いわけじゃない。止められなかった俺も悪いからそんな気負うことはないぜ」

 「……馬鹿なの?芳乃は将来、時氏様の右腕だか左腕だか何だか知らないけど、そういう立場になるんでしょ。こんなくだらないことで処分されるなんて自滅したいわけ?あんたはさっさと道忠を説得して夏目を助けに行きなさいよ。そういう、評価を求める努力も大事だと思うわ」

 ようやくななりは笑った。それを見て、芳乃も安堵の笑みをこぼす。冗談が言えるぐらいには機嫌も直ったようだ。そして、ななりに指摘されて改めて自分の使命を思った。


 夏目を助けること。


 夏目はどうにも無理をしているようにしか見えない。特に旭から父の死に関することを聞いてからは、どこか虚ろにしていることがあった。それに芳乃は胸を痛めることはなかったが、何となく申し訳なさに近い感情で夏目を見ていた。太宰府に来る前、夏目に胸ぐらをつかまれ、いつか同じ目に遭わせてやる、と言われたときにはぞっとした。これは彼の本心だ、とはっきりわかったのだ。きっと夏目は恨んでいる。もう終わったことで仕方のないこと、全部父が悪いと口では言うが、そう簡単に割り切れるはずがない。結局、逃げるようにここに来た。だから一種の贖罪のような気持ちでこの任務に臨んでいるのだ。正気の夏目ならば、例のような呆れた表情で芳乃を見るに違いない。だが、何か芳乃にもできることがあれば、と思いここまで来ているのだ。

 「そうだな、俺はまた夏目と頑張りたいんだ。いずれ、夏目と一緒に時氏様をお支えする。だから今、夏目に死なれるわけにはいかない」

 今の夏目の状態を知っているななりには、芳乃の言葉は複雑な思いだったが、安心させるように笑っておいた。理由は違えど早く帰りたいのはななりも同じだ。丸く収まるところに収まったのでななりはほっとひと息をついた。


 そこに道忠が入ってきた。まだ殴られた頬は腫れているが、足取りはしっかりとしていた。ななりは踵を返すと、道忠の前にやってきた。

 「大丈夫?」

 あぁ、と小さく答える。その答えにななりはぱぁっと笑った。少しは罪悪感を感じていたらしい。

 だが、道忠の顔は明るくならなかった。

 「……俺はあんな奴ら、飼い慣らせないぞ」

 そう――賊のことは道忠に一任することを決めたのはななりだった。

次回は5月19日午後8時投稿予定です。次回もよろしくお願いします。

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