Missing Memory (7)
真理ちゃんの意気込みも空しく、結局私たちは健さんを見つけることが出来なかった。
「探してみると、案外見つからんもんなんやなぁ」
心なしか肩を落として歩く真理ちゃんの表情には、若干の疲労が滲んでいた。
「そんな簡単に見つかるわけないよ」
かく言う私も既にくたくただった。店を出た後、三時間ほど街を歩き回ったのだ。さすがに足が痛い。明日筋肉痛になってなければいいけど。
「まぁ、見つからんかったんは残念やけど、楽しかったわ」
「うん、私も」
健さんを探しながら、私たちはたくさんの話をした。
真理ちゃんは今、隣町の病院で調理の仕事をしているらしい。話を聞いている限りだと、すごく大変そうだけど、話をしているときの真理ちゃんの表情は明るかった。きっと充実しているのだろう。
「あぁ、でも天音ちゃんの王子様、やっぱ一目見たかったなぁ」
「だから、そんなんじゃないってば。そういう真理ちゃんはどうなの?」
「え、うち?」
真理ちゃんは目を瞬かせ、
「あぁ……うん。まぁ、ぼちぼちな」
そして目を逸らした。
「え、なに、その反応。気になる」
「あぁ、いや、その……うーん」
真理ちゃんは口元を手で押さえると、俯いて何事か呟き始めた。
その反応から察するに、
「さては片思い?」
「うっ」
大げさなぐらい、真理ちゃんがのけ反る。
「そういえば、私のことばかりで、真理ちゃんのこと何も聞いてなかったね。そこんとこ、詳しく教えてもらおうかなぁ」
「べ、別に聞いてもおもろいことないよ?」
「まぁまぁ。話してみようよ。私、聞きたいし」
「うぅっ……天音ちゃんがいじめっ子の顔しとる」
落ち着いた場所で話したいという真理ちゃんの言葉を考慮して、私たちは公園へとやって来た。以前ゾンビ君を見かけた、あの公園だ。夕日に照らされた公園には、いまだ多くの人の姿がある。私たちはなるべく周りに人がいないベンチに座った。
「それで、片思いの相手って?」
「うん、その……もうずっと前の話なんやけどな」
それは真理ちゃんが高校生だった頃の話だという。
真理ちゃんの通っていた高校ではバンドブームの熱が凄まじく、学年、性別を問わず、あちこちで学生バンドが結成されていったらしい。
「かく言ううちもな、バンドやってたんよ」
「す、凄いじゃない! 何をしてたの?」
「ベース。うちの他にもボーカル、ギター、ドラムがいて、四人で活動してたんよ」
「じゃあ、そのメンバーの中の誰かに?」
「うん、まぁそうなんやけどな。うちが好きやったんは、ボーカルやっとった男の子や。なんていうんかな、あいつの歌を聞いたとき、全身が痺れたんよ。心が揺さぶられるって、こういうことなんやなって、実感した。それからかな、なんかあいつの姿を目で追うようになってもうて。気が付いたときには好きになってた」
「告白とかは?」
「してない。ううん、出来んかった。あいつにはな、別に好きな子がおったんよ。そしてその子も、あいつのこと好きやった。それを知ったら、告白なんてもう出来んかった。でもおかしいやろ? あれから随分経つのに、まだあいつの歌う姿が、声が、忘れられへんねん」
そう答える真理ちゃんの口元には苦い笑みが浮かんでいた。
「と、うちの話はここまでや。さすがにこれ以上は恥ずかしゅうて無理。堪忍してな」
「あ、うん……」
これ以上冷やかせる雰囲気でもなかったので、私は素直に頷いた。
真理ちゃんは気恥ずかしげに沈黙している。何か別の話題を探そうとして、私は先日の出来事を思い出した。
「そうだ。バンドって言えば、ここの公園って夜になると、たくさんの人たちが演奏してたりするんだよ」
「そうなん?」
「うん。ギターを弾いてる人とか、それに合わせて踊ってる人とか。仕事帰りに少し見ただけなんだけど、凄く楽しそうだったよ」
「へぇ、興味あるけど……さすがにまだ時間が早いかなぁ」
辺りは夕日に照らされ、赤く染まっている。もう間もなく日も暮れるだろう。しかしあのとき見かけた演奏する人たちの姿は見当たらない。
「あ……」
周囲に視線を巡らせていると、視界の端にこちらへ向かって歩いてくる見覚えのある人の姿が映った。Tシャツにジーンズ。赤みの強い茶髪。そして肩にかけたギターケース。
「ゾンビ君だ」
「は? ゾンビ?」
思わず口に出してしまった私を見て、真理ちゃんは首を傾げている。そして私の視線を追って、真理ちゃんもゾンビ君の方を見る。
「えっと、前にここでギターを弾いてた人なんだけど」
そうだ。このベンチは以前ゾンビ君がギターを弾いていた場所だった。今日もまた演奏しに来たのだろうか。ゾンビ君は足元を見ながら歩いているため、ベンチに座る私たちに気が付いていないようだった。
移動した方が、いいよね?
「真理ちゃんあの人ここでギターを弾いてるの。だから邪魔にならないように、移動しよう?」
そう言って私は立ち上がるが、真理ちゃんはまるで何かに憑りつかれたかのように座ったまま呆然とゾンビ君の方を見つめていた。
「……正樹?」
ぽつりと零れた真理ちゃんの呟き。その声は困惑に揺れていた。それが耳に届いたのか、ゾンビ君の視線が私たちを捉える。
「……真理?」
ゾンビ君が驚きに目を見張る。それは真理ちゃんも同じだったらしく、その唇を小さく震わせていた。
「えっ、二人って知り合いなの?」
「う、うち……ごめん!」
突然真理ちゃんが立ち上がり、背を向けて走り出した。
「あっ、真理ちゃん!?」
呼び止めるが、真理ちゃんは振り返ることも、立ち止まることもなく、その場から走り去っていった。
そしてそこには事態が呑みこめず固まっている私とゾンビ君だけが取り残される。
「……あ、その」
どうすればいいのだろうか。とりあえず声をかけてみる。
ゾンビ君、真理ちゃんが正樹と呼んだ彼は苦笑いを浮かべた。
「君は真理の友達かな?」
「えっ、あ、はい」
思わず頷く私に、正樹さんは小さくため息を吐くと、気まずげに髪をくしゃっと握り込んだ。
「そっか。もし真理と連絡が取れるなら、一つだけ言伝を頼んでもいいかな」
「え、ええ……」
「あのときはすまなかった。そう伝えて欲しいんだ」
「分かりました。ちゃんと伝えます」
私にはどういう意味なのか分からないけれど、きっと二人の過去に関係する言葉なのだろう。私はしっかりと今の言葉を胸に刻み込んだ。
「……それじゃあ」
正樹さんは片手を上げると、踵を返して公園を去って行った。どうやら今日はもう弾く気はないようだ。
「あの人、もしかして……」
真理ちゃんが話していた学生の頃バンドを組んでいたメンバーの一人だろうか? 初恋の相手と言っていたボーカルの人? いや、ギターを持っていたから、ギターを担当していた人なのかもしれない。
二人の間に何があったのかは分からない。でも真理ちゃんの様子から察するに、二人の間にはとても大きな溝があるように思えた。
「力になってあげたいな」
何ができるかは分からないけれど。何かしてあげたいと思った。真理ちゃんの力になりたい。彼女の問題を解決してあげたい。
だって、真理ちゃんは【私】の唯一の友人なのだから。