Missing Memory (6)
今日は仕事が休みだったので、私は真理ちゃんを誘って街へと繰り出していた。
こっちに引っ越してきたばかりで地理に疎い真理ちゃんに街を案内しようと思ったのだ。
天気は快晴。街には多くのサラリーマンや主婦たちの行き交う姿が見える。ある程度街を回った私たちは適当な喫茶店へと入り、そのまま歓談に耽っていた。
「へぇ、そんなことがあったんや」
私はこの前の健さんに出会った時の出来事を、真理ちゃんに話していた。
「なんか天音ちゃんの話だけ聞いてると、ごっつぅ恰好えぇなぁ。その健って人」
真理ちゃんはアイスコーヒーを啜ると、猫のような笑顔を浮かべた。
「惚れたん?」
「そ、そんなんじゃないからっ」
私は慌てて首を振る。
「えぇ~、でもなんか運命とか感じへん? 暴漢に襲われそうになった女の子を颯爽と助けに来る王子様。憧れるわぁ」
真理ちゃんは胸の前で手を組み、瞳をキラキラさせている。
「運命って……真理ちゃんって、ロマンチストなんだね」
真理ちゃんの表現が面白くて、私は思わず笑ってしまう。それを見た真理ちゃんは、小さく頬を膨らませた。
「別にええやんかぁ。乙女はそういう妄想が大好きなんやで。それに、天音ちゃんも内心喜んでるんとちゃうの?」
「んー、そうだね。助けてくれたのは嬉しいし、感謝してるよ」
それよりも私は一つ気になっていることがあった。
健さんと初めて会ったとき、自分の胸の内から誰かにノックされたかのような感覚を覚えた。
それはきっと、恋とかそういうものではなくて。
失った私の記憶、かつての【わたし】が何かを訴えようとしていたかのような。
そのことがずっと気になっていたのだ。
「なんか淡泊やなぁ」
真理ちゃんは面白くないという風にため息をこぼした。
「うーん、うちも一回会ってみたいなぁ」
「どうだろうね。あれから一度もお店に来てくれてないから……」
隆文さんや翔子さんはたびたび店に顔を出してくれるのだが、健さんだけはあれ以降店にやって来ることはなかった。
「避けられてるのかな……」
女性に免疫がないって翔子さんは言っていたけど、恐らくあれは嘘だ。
いや、多少はそういうところもあったのかもしれないけど、健さんの私に接する態度にはどこか気まずさのようなものが感じられた。
もしかしたら、健さんは【わたし】のことを知っているのではないだろうか。
ううん、健さんだけじゃない。隆文さんや翔子さんも、【わたし】のことを知っている気がする。
でもそれだったら、どうして何も言ってこないのだろうか。私が過去の記憶を失っていることは三人には話していない。過去に【わたし】と面識があったのなら、知人として話しかけてくるはずだ。だけど三人は、私とは初対面であるかのように接していた。
「うぅ……分かんないなぁ」
考えても分かるはずはなく、私は頬杖をついて、ため息を吐いた。
「なんやなんや、やっぱりその彼のことが気になってるんやないか」
「うん……まぁね」
「それやったら、探してみいひん?」
「……え?」
「いや、ほら、その彼って作業着着てるんやろ? ならこの辺りで工事をしてるところ、回っていけば会えるかもしれへんよ」
「そんな……無茶だよ。それに向こうは仕事中なのに」
「まぁ、まずは探してみよ。話はそれからや」
そう言う否や、真理ちゃんはカバンを持って立ち上がった。
「待っときぃや! うちが天音ちゃんにふさわしい男かどうか見定めたるでぇ!」
無駄に気合充分な真理ちゃんに、私は小さくため息を吐いたのだった。