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いつかの空  作者:
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Missing Memory (3)

 翌日のソレイユ。お昼時のお客さんのラッシュが通り過ぎ、私はホッと胸を撫で下ろした。

 この時間のソレイユには私と由美子さんしかいない。咲ちゃんは今日は夜から入ることになっていた。そんなに大きくないお店なので二人でも十分に回るのだけれど、ラッシュ時が忙しいのは変わらない。


「天音ちゃん、お疲れぇ」


 どこかぐったりとした由美子さんがカウンターの向こうで笑っている。


「何だか最近、お客さんが多くなりましたね」


「そうねぇ。お店が忙しいのは嬉しいことなんだけど、さすがに疲れたわぁ」


 カウンターに上半身を預けながら、由美子さんはお手上げと言う風に両手を挙げた。


「そう言えば、今日は天音ちゃんの友達が来るんだっけ?」


「あっ、はい。お昼頃に来るって言ってましたから、そろそろ来ると思うんですけど」


「そうなんだ。私もね、今日はお友達が来るのよ」


「そうなんですか? あっ、もしかして昨日の?」


「うん、そうなの。何でも隆文君の彼女と、彼の友達を連れてきてくれるんだって」


 そんなことを話していると、呼び鈴の音が鳴る。


「いらっしゃいませぇ」


「おっ、天音ちゃん。随分久しぶりやわぁ」


 元気な声をあげて、入ってきた女の子が私に抱きついてくる。オーバーオールを着た、ショートポニーテールの女の子だ。目はくりんと大きく、右の目元にほくろがあった。快活そうで、肌も健康的な小麦色に焼けている。彼女が動くたびにぴょこぴょこと跳ねるショートポニーの髪がまるで子犬の尻尾のようだ。


「え、えっと、真理ちゃん?」


「そう、ウチやウチ。ほんま、懐かしいわぁ。何年ぶりやろ?」


 本当に嬉しそうに真理ちゃんは私の手を握ると、ぶんぶんと上下に振る。


「あらあら、元気一杯な子ね」


 由美子さんは真理ちゃんを見て、微笑ましいものを見るように目を細めている。


「あ、あのね、真理ちゃん。私、仕事中だから」


「あっ、ごめん! あまりに嬉しかったもんで、つい。堪忍してなぁ」


「う、うん。席、こっちにどうぞ」


 真理ちゃんを席に案内し、注文を聞く。

 それを由美子さんに伝えると、


「天音ちゃん、少し休憩していいわよ。せっかくお友達が来てるんだから、お話したら?」


「で、でも……」


 お店の中にはまだ何人かお客さんがいる。


「大丈夫よ。これぐらいだったら、私だけでも何とかなるから」


「すみません……」


 由美子さんに頭を下げ、私はエプロンを外すと真理ちゃんの席の向かいに座った。


「少しだけ休憩貰えたの」


「あっ、そうなん? 良かったわぁ」


「それでね、最初に一つだけ言っておかないといけないことがあるんだけど」


「そんなかしこまって、一体何なん?」


 不思議そうに真理ちゃんが私を見つめる。私は少し緊張しながら、今の自分について話し出した。


「ふむふむ、じゃあ今の天音ちゃんは記憶喪失で、ウチのことも何も覚えてない、と」


「うん……」


「あははは、おもろい冗談やわぁ。そんな漫画みたいなこと…………マジなん?」


 私の顔を見て、真理ちゃんは私の言っていることが冗談ではないことに気付いたようだった。

 私が頷くと、真理ちゃんはおでこに手を当てて、ウンウンと唸りだした。


「そりゃ、悪いことしたなぁ。ウチ、気が効かんで悪いなぁ」


「ううん、真理ちゃんは何も悪くないよ。それで、良かったらだけど、昔の【わたし】について色々と教えてくれないかな?」


「うん、そんなんでええんやったら、全然構わんで」


 それから私は真理ちゃんに昔の【わたし】のことを色々と聞いた。

 遠足のこと、修学旅行のこと、一緒にケーキ屋さんに行ったこと、放課後に好きな子について話をしたこと。それは私の知らない【わたし】の過去。


「そんなことがあったんだね」


「そんな他人のことみたいに言わんでええやん。自分のことなんやで?」


「うん、そうなんだけど……何ていうのかな? 思い出って自分の経験が積み重なって出来ているものじゃない? 私にはその経験がないの。だからこんなことをしたんだよって言われても実感が沸かないっていうか、どこか他人の思い出を聞いているみたいで」


「そうなんや……記憶喪失って不便なんやなぁ」


「普通に暮らしていく分には全然困らないんだけどね、昔の友達とかと会うと困っちゃうかな」


「じゃあ、ウチ会いに来ん方がよかったかな?」


 少し寂しげに真理ちゃんは表情を翳らせる。


「ううん、そんなことないよ! 昔の【わたし】はもういないけど、今の【私】で良かったら、また友達になってほしい!」


 勢いで言ってしまった。頬がかぁっと熱くなり、私は真理ちゃんの顔を正面から見ることが出来ず、俯いた。


「天音ちゃん……」


「ど、どうかな?」


 恐る恐る真理ちゃんの顔色を窺う。


「うん、ええで! ウチと天音ちゃんは親友や!」


 そう言って、真理ちゃんは少し照れくさそうに笑った。かく言う私も、きっと同じような顔をしていたに違いない。

 それから少しだけ話をして、真理ちゃんは帰っていった。


「いい子ね、あの子」


「はい、私にはもったいないぐらいです」


「うふふ、天音ちゃんもとってもいい子よ」


「も、もう! 仕事に戻りますね!」


 穏やかに微笑む由美子さんに、私は照れを隠すように洗い場へと駆けていった。


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