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いつかの空  作者:
10/14

LOVE SONG (2)

家に帰ると、うちはすぐに天音ちゃんへ電話をかけた。

 携帯には、天音ちゃんからの着信履歴が何件も記録されていた。心配して、何度もかけてくれていたのだろう。それを見て、今日のことをすぐにでも謝りたい衝動に駆られた。でもそれだけじゃない。今日は色々と収穫もあった。健君のことを、天音ちゃんにすぐに教えてあげたかったのだ。


「はい、橘です。真理ちゃん?」


 電話が繋がり、スピーカーの向こうから天音ちゃんの声が聞こえてくる。


「あ、天音ちゃん。今、平気?」


「うん、どうしたの?」


「え、えっと、さっきはごめんな。いきなり帰ってもうて」


「ううん、私は気にしてないから。もう大丈夫なの?」


「うん、平気。ほんとにごめんな」


 天音ちゃんは本当にいい子だと思う。今も、何も理由を聞かずにうちの心配をしてくれている。だからこそ、何も言えないことへの罪悪感に胸が締め付けられる。

 うちは胸に手を置きながら、ことさら明るい声で会話を続けた。


「そうそう、あのあとな、見つけたんよ」


「え、何を?」


「ほら、例の彼。王子様や」


「王子様って……もしかして健さん?」


「そう、たまたま見つけたんよ。少し話をしたけど、ごっつう恰好ええ人やん」


「あはは、惚れちゃった?」


「バカ言いな。友達の思い人を好きになるような野暮なことはせんよ」


 自分の発言に、胸が軋んだ。そう、友達の好きな人を好きになってはいけないのだ。その先にはお互いが傷つく未来しかないのだから。


「だから、私はそんなんじゃないってば」


 笑いながら、天音ちゃんは言う。

 でも、本当にそうなのだろうか? 天音ちゃんの口ぶりや態度を見ていると、恋する乙女という感じはしない。でも、何か違うのだ。言葉では言い表せない何かがある気がする。そのことを本人が自覚しているかはともかくとして。


「二人でな、ソレイユに行ったんよ。彼、ボクシングやってるんやって。トレーニングがあるからってすぐ帰ってもうたけど、店長の由美子さんが彼の連絡先を知ってる人に心当たりあるから聞いといてくれるって」


「ボクシング……そっか、それであんなに凄かったんだ」


 ほぅと息を吐きだす音。

 助けてもらった時のことを思い出しているのだろうか。


「大会が近いって言ってたし、応援行ってあげたらええやん。きっと喜ぶで」


「さ、さすがに、それは厚かましいよ」


「そんなことないと思うけどなぁ」


「ううん。だって健さん、私のこと少し苦手に感じてるような気がするもの。私が行くと、試合に集中できないと思うんだ」


 それは初耳だった。健君が天音ちゃんに苦手意識を持っている?


「それ、天音ちゃんの勘違いやで。うちが天音ちゃんの親友やって教えたとき、彼嬉しそうな顔してたもん」


「えっ、そうなの?」


「うん。だから、それきっと天音ちゃんの勘違いやと思うよ」


「そっか……だったら嬉しいな」


 受話器の向こうからは、はにかむような小さな笑い声が聞こえてくる。


(ほんと、変わったよね)


 昔の天音ちゃんは、もっと大人しい子だった。自分の気持ちを心の中に閉じ込めて、みんなに嫌われないように必死に波長を合わせようとしている。女の子たちのグループに引っ付いて回っては、いつも力ない笑みばかり浮かべている。天音ちゃんへの最初の印象はそんなものだった。

 そしてうちは天音ちゃんのいたグループの子らとは、あまり仲が良くなかった。

 いじめられるとか、そういうのはなかったけど、お互いに干渉しないようにしていた気がする。つまり、天音ちゃんからは最も遠い場所にいたのがうちだった。

 それなのに、うちらは友達になった。その付き合いは、少し形が変わってしまったけれども、今も続いている。


(記憶をなくしたって聞いたけど……)


 天音ちゃんとの幼少時の記憶は、うちの中にしっかりと刻み込まれている。小学校のアルバムを開けば、懐かしい気持ちも蘇ってくる。

 でも天音ちゃんには、それが出来ない。

 記憶とは過去の経験によるもの。その経験の部分が、ごっそり抜け落ちた天音ちゃんには、過去の自分の記録が全て他人のもののように感じられるという。


(それって、やっぱ悲しいことやんな……)


「あ、そうだ」


 ふと思い出したように、天音ちゃんが言う。


「公園で会った彼から、伝言預かってるよ」


「…………」


 公園で出会った彼。正樹のことだ。

 聞きたくない。でも聞きたい。そんな矛盾する思いが胸の中で渦を巻いた。


「どうする? また今度にする?」


 うちのことを気遣ってくれる天音ちゃんに、心がじわりと温かくなった。


「ううん、言って」


「……うん、分かった。じゃあ、伝えるね」


 生唾を呑みこみ、うちは覚悟を決める。何を言われても、平気でいられるように。


「あのときはすまなかった。あの人はそう言ってたよ」


 すまなかった。

 また心が軋んだ音を立てる。過去の光景が蘇りそうになり、うちは慌てて頭を振った。


「そっか、うん。おおきにな」


 それっきり、天音ちゃんが正樹のことに触れてくることはなかった。うちはその優しさに、心の中で天音ちゃんへお礼を言った。

 それから少しだけ話をして、うちは電話を切った。


「正樹……」


 ベッド脇のテーブルに立てられた写真立て。そこには学園祭でのライブを終えたばかりのうちら四人が笑顔で映っていた。

 写真の真ん中、満面の笑みを浮かべて映る男の子、正樹。そしてその両隣にうちと、もう一人照れくさそうに笑う紗菜が映っている。そしてうちら三人を覆い包むようにのしかかっている五条先輩。


「紗菜……」


 紗菜は今どうしているのだろうか。久しぶりに連絡を取ってみようか。


「……今更そんなん出来るわけないやん」


 うちは写真立てを倒すと、シャワーを浴びるべく浴室へと向かった。

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