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いつかの空  作者:
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プロローグ

 何か物音が聞こえた、気がした。

 その音に呼び起されるように、私の意識はゆっくりと浮上していった。

 目を開ける。視界は蜃気楼に包まれているかのようにぼやけ、焦点が定まらない。それでもなんとか認識出来たのは、見覚えのない白い天井。そして定期的に鳴る電子音。鼻を刺激する微かなアルコールの匂い。

 病院、だろうか? 私は病院で眠っていたのだろうか。

 意識はいまだに混濁したままだ。首を動かして、辺りを窺ってみる。

 どうやら私は病院?の個室のベッドに寝かされているようだった。


「っ、あ……っ!」


 声を出そうとして、喉に走る痛みに顔をしかめる。乾燥しきった喉は、声を出そうとすると焼け付くような痛みを放った。

 いや、痛みを放っているのは喉だけではない。体を起こそうとすると、全身の筋肉が引き裂かれるかのような痛みが走り、私は声もなく喘いだ。痛い痛い痛い痛いっ。何がどうなっているのか。どうして私は病院にいるのか。どうしてこんな怪我を追っているのか。

 病室には誰もいない。ナースコールを押そうとするが、駆け巡る痛みに屈服したかのように私の体は微動だに動こうとはしなかった。

 私はどうなってしまうのだろう。不安が心を覆う。

 誰か――誰か来て欲しい。一人は嫌だ。怖い。寂しい。だから誰か来て欲しい。

 そんな私の願いが通じたのか、扉の開く音がして、一人の看護師の女性が入ってきた。

 女性は私を一瞥し、私が起きていることに気付くと、驚きの形相を作った。


「せ、先生っ! 患者の意識が戻りましたっ!」


 そう叫び、慌てて病室を出ていく女性。次いで入れ替わるように、お医者さんと思われる白衣を着た男性が駆け足でやって来た。眼鏡をかけた、白髪の目立つ初老の男性だ。

 お医者さんはいくつか私に質問をしてきた。意識がはっきりしているか確認するためだろう。

 でも喉が痛くて、声を出せない私はその質問に答えることが出来ない。

 それを理解したのだろう、お医者さんはイエスかノーか視線の動きで答えるように言った。イエスなら縦に、ノーなら横に動かせばいいらしい。それならば今の私にも出来そうだ。

 そしてお医者さんの最初の質問。


「君は、自分の名前を憶えているかな?」


 その問いに視線を縦に動かそうとし、


 え……?


 困惑に視線が泳いだ。

 名前、私の名前。私は――

 おかしいおかしいおかしい。どうしてか、自分の名前が思い出せない。いや、それだけではない。自分に関するあらゆる記憶が浮かんでこないのだ。名前、住所、生年月日、人間関係。それら全てが思い出せない。


 私は……


「っ!」


 頭に鋭い痛みが走る。頭を引き絞られるかのような痛み。やがてそれは鈍痛へと変わる。まるで頭蓋骨をハンマーで直接叩かれているかのような痛みへと。


「っ、ぁっ!」


 私は誰だ。どうして思い出せない。

 何故、何故何故何故何故何故!?

 頭の痛みはどんどん大きくなり、ついには私の我慢できる範囲を逸脱する。

 そして私の意識は糸が切れるかのようにぷつりと切断されたのだった。

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