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傷にご褒美(下)

 

 コンコン

 

「失礼します、只今戻りましたよユン様」


 返事を待たずに扉を開けると、ユン様はちゃんといらっしゃった。

 ちゃんとって言えるのかは微妙だな。虎の姿のまま部屋の隅っこの壁をガリガリしている。

 爪を研いでるみたいだけど、なんか思い詰めすぎて発狂しそうなのを何とか押しとどめようとして奇行に走っているように見えるのはわたしだけか。

 

 わたしがもう一度、ユン様、と呼びかけると耳をピッと立てて勢いよく振り返った。

 何その耳可愛い、噛みたい。

 

 がう、と力なく鳴いてわたしに駆け寄ってきていつも通り飛びかかろうとしたんだけど、ぴたりと途中で動きを止めた。

 おお、ユン様が学習した。

 

 にしても、ユン様が激やせしてる。ちょっとアバラが浮いちゃってるじゃないか。元々スマートさんだったのにこんな痩せたらガリガリの域に達してしまう。クソッわたしの肉を分けてやろうか。

 

 じーっと凝視するわたしに居心地が悪くなったのか機嫌が悪いと判断したのか、尻尾を忙しなく動かしながら不安げに見詰めてくる。

 くっ、相変わらずわたしの心を惑わす術をよく弁えている王子だ。

 

「怪我はもう大丈夫なので今から復帰しますね」

「カノ!」


 突然人型に変化へんげしたユン様が私に抱き着いてくる。少し前から呼び方がミカサからカノに変わった。

 お城の人達がみんなミカサって呼ぶから、一緒は嫌だと拗ねたんだなユン様が。まぁユン様とはアレな関係だしいつまでも苗字で呼ばせてるのも変かもなと思ってカノが名前である事を教えた。

 

 うん、あのね、説明してる間我慢してたんだけど、ユン様? 痛いんですけど。

 力いっぱい抱きしめられて、骨がみしみし言ってるんですけど。

 本当に力の加減てものを知らないんだな……。


「ユン様」

「カノ、カノ、ごめんね、ごめんね……」

「ユン様」

「カノ」

「ユン様、おすわり!!」


 別に名前を呼び合いたかったわけじゃないんだ!

 このままだと一生続きそうなやり取りに嫌気が差したわたしは、思わず一国の王子相手に命令してしまった。

 きょとんとして、ユン様はまた虎になってその場にトスと座る。

 

 グッジョブ! グッボーイ! よーしよーしと頭を撫でる。

 虎に戻るなんてわたしが求めてるものをよく分かってるじゃないかユン様。

 さすがに人の姿でお座りされたらちょっと怪しい感じになるよな。これからどんなプレイが始まるのかみたいな感じになるよな。

 

「これからユン様に僭越ながらこのわたしが、人との上手な付き合い方を指導させていただきます」


 これだ。ルックス面ではパーフェクトなユン様だけど、如何せんコミュ能力が欠如しているんだ。

 知識は独学で補ってきたらしいが、教養となるとからっきし。ほとんど誰とも接せずに生きてきたんだから仕方ないし、これまで必要もなかったんだけど。

 

 これからはわたしが一緒に生きていくんだからある程度は知っておいてほしい。わたしは、一生ユン様をこんな所に閉じ込めておく気はないしね。

 ちょっとずつ外に出られるように実はミン様に相談中だ。かなり難しいらしいけど、彼は前向きに検討してくれている。

 

 此方の世界のマナーだとかを殊更にジャナルさんがわたしに叩き込んだのは、こうなる事を予想していた又はこうして欲しかったからではないかと思う。

 あいつは本当に抜け目がないからな。

 

 きっとユン様が外の世界に出る事で、それに乗じてまた何やら商売を展開するつもりなんだぜ。

 それはさておき。

 

「というわけでビシバシいきますよー! まず一つ、力の加減を覚えて下さい」


 これがわたしにとったら一番重要で切実なんだけどな。

 他の虎族の人には分らないものだろう。だけどユン様には覚えてもらいたい。

 毎度怖い思いするのも傷が増えるのも勘弁だ。

 

「この前のは相当怖かったし、めちゃくちゃ痛かったです」

「!?」


 四日前の話題を出されてユン様が項垂れた。耳がぺたーんとへたれてしまうし伏し目がちだ。

 だーかーらー! そういう態度を取られるとわたしは厳しく出来ないんだってば!

 

「まずその大きい虎の姿で飛びかかられるとわたしは本能的に恐怖を感じます。あと体重もユン様の方があるので圧し掛かられると潰れそうになります。で、その爪は言うまでもなく殺人級の凶器ですよね」


 ずーん。わたしが言葉を重ねるごとにどんどん沈んでいくユン様。比喩ではなく、本当に身体が沈んでいる。

 最終的にぐたっと顔を床につけてしまった。

 

 下から目だけを上向けてジッと見つめてくるのが、それがもうお伺いを立てているようで思わずわたしもユン様の隣に寝そべって抱き着きそうになったじゃないか、全くこの魅惑の虎め。

 

「ユン様、別にわたしは怒ってませんよ」


 そう言って頭を撫でてから、くるりと身を翻してユン様から距離を取る。

 三メートルくらい離れただろうか。足を止めてもう一度ユン様の方を向いた。

 なんだろう? と首を傾げるユン様の可愛さに千ポイント。

 

「おいで」


 にっこりと笑顔で両手を差し出す。するとまるで犬のようにパッと顔を上げて大喜びでユン様が走ってきた。

 一歩が大きいユン様にはこのくらいの距離一瞬だった。おいでって言った次の瞬間には目の前にユン様の顔があってビビったくらいだ。

 

 だがユン様はわたしのすぐ手前でブレーキを掛け、足元にちょこんと座った。

 

「すごい! すごいです流石ですよユン様。やれば出来る子!」


 見る人が見れば(特にミン様とか)馬鹿にし過ぎだろうと激怒されそうだが、ユン様はここから始めなきゃいけないレベルなんだよ。

 ピアノでいうならバイエルレベルだよ。

 生活していく中で、どこまでが良くて、どこからがダメなのかを少しずつ分らせないと。


 わたしが大袈裟な程褒めて抱きしめた事でやっと本当に怒って無いと確証を得たのか、ホッとユン様は身体から力を抜いた。同時に人型に戻る。


「カノ、ぼくがんばるよ。カノを傷つけないように怖がらせないように、がんばる」


 な、なんて可愛いんだウチの王子は……!

 感動してよしよしと人型のユン様の頭も撫でる。ああ、虎の時同様髪がさらさらで気持ちいい。

 にこっと笑うとユン様も微笑み返してきた。

 

「だからね、いっぱいがんばれるように、ちゃんと出来たらご褒美ちょうだい?」


 ……だがしかし、こういうのは一体どこから覚えて来るんだか。ソースはミン様か。奴くらいしか思い浮かばないな……。あの人が弟なのが悔やまれる。

 

 ご褒美ねぇ。うーんと悩んで悩んで、期待に胸いっぱいな表情をしている王子様に意を決した。

 彼の頬に手を添えてそっと口づける。

 

 ユン様は目を真ん丸にした後こう言った。

 

「全然足りない」


 あんたやっぱミン様の兄貴だな!

 本当にさっきまでわたしを傷つけた事を気に病んでげっそりしてたのと同一人物だろうか。

 

「ね、もっとちょうだい」

「ユンさ……調子に、のらな」


 わたしが喋ってる間も頬をすり寄せてきたり舐めたりと忙しい。視界の端で、尻尾が期限良さそうにゆぅらゆぅら揺れているのが見えた。

 腕を立てて引き剥がそうとしてもがっしり腰を固定されてて無理だ。力の加減をしろと言ったそばから……!

 

 気が付いたら服が何だかちょっと肌蹴てるんだけどコノヤロウ。

 

「だって、もう何日もカノに触れてない」


 うるうると水分を多く含んだ瞳で至近距離から見詰められただけでも凄まじい破壊力だってのに、更にこの台詞。わたしだってこの四日間寂しかったっつの。

 

 まぁ躾けは飴と鞭と言うし。

 今回はやつれちゃうくらい反省し過ぎてたみたいだし、ちょっとくらいユン様の希望通りでいいかな。

 

「……分りました。でも、こんなのは今回だけですからね?」


 ずっとこの調子でわたしがご褒美に使われてたら身が持たんわ。明日からは普通にお菓子とかだからな。

 と、念押ししたわたしに対し、ユン様からの返事はなく。

 

 濃厚な口付けが返ってきただけだった。

 

 


虎というより犬…

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