生贄にされたわたし
「でりゃぁっ!!」
「!?」
右足に渾身の力を込めて、ゲームのキャラが超必殺技使う時みたいな気合の入り方で男のアレ目掛けて蹴りつけた。
「あぶな……おいお前どういうつもりだ」
「どうもこうもあるか!!」
だがしかしわたしのクリーンヒットはミン様の逞しい手で軽くいなされてしまった。
しかも足首を取られて余計ヤバい状況に追い込まれたような……。
膝下まであるはずの給仕服のスカートがめくれあがって心許無い感じになっている。
「お前が磨くのは男をのす方法じゃなく、男を落とす方法だ」
「知りたくない! いらないそんなスキル!! やだ、ほんとやだ、も……ユンさ」
「ミカサァーーッ!!」
無意識にユン様に救いを求めようとした瞬間、逆にわたしの名を叫ばれた。
同時に部屋のドアが開いた、というか何をどうしたのかドアが吹っ飛んで少し離れたところに倒れた後ズザァと滑った。あの扉結構重たかったんだけどな……。
呆然とするわたしとミン様の前に現れたのは当然ユン様だった。
目元を真っ赤にして今にも泣き出しそうな顔をしながら、肩を怒らせてこちらにやってくる。
「ミンファ! どういう事!? どうしてミカサに、こんな……」
ぱちっとユン様の視線がわたしの胸元付近で止まった。そのまま固まってしまったユン様に、どうしたんだろうとわたしも自分の胸を見下ろす。
「うぎゃあっ!」
そうだった、ミン様に華麗な手さばきでボタン外されたんだった!
気付いた途端、ほぼ反射的に握り込んだ拳をミン様の頬にめり込ませていた。
今度は文句のつけようのない美しいフォームで決まった。
めき、とか、ぐき、とか不吉そうな音がしたけど気にしていられない。
ミン様が退いて身動きが取れるようになったので高速でボタンを付け直していく。
けど上三つ外されたうち、一番下の一つを付け終えたのと同時に身体が浮いた。
「きゃっ、ユン様!?」
「部屋に戻るよミカサ」
あらやだわたしったら女の子みたいな悲鳴あげちゃったわ。女の子なんだけど。
もじもじするわたしを完全スルーするユン様は無表情に言い捨てると、わたしを抱き上げた。
ふおおっ! なんだと……お姫様抱っこだと……!?
ユン様がやると様になるといったらない。伊達に王子様じゃないな……。
だがしかしされる側のわたしに問題がある。わたし給仕服姿だし、どっからどう見たってお姫様に見えるような容姿じゃないんだ。
つまりつり合いが取れてない。別にこの屋敷には他に誰もいないから目撃される心配はないけど、でもやっぱ恥ずかしいじゃないかこんちきしょーっ!
普段のユン様からじゃ考えられないようなテキパキした動きで、あっという間に抱えられたままいつもの部屋へ戻ってきた。
日当たりのいいこの部屋はいつも日中はポカポカしてるのに、どうしてだか今はヒンヤリと感じる。
わたしを抱いたままベッドによじ登ったユン様は、そのままむすっとしたまま黙りこくってしまった。
「…………」
あの、取り敢えず放してほしいんですけど。ベッドの上に座ったユン様に横向きのまま抱きしめられているこの状況どうにかなりませんか。
いや、役得だってのは分かってる。世の女性、特に虎族の女性の嫉妬の的だろうと言うのも理解している。
だがしかし、わたしは虎姿のユン様を愛でたいのであって、人型のユン様に抱きしめられたいわけではないのだ。
この体勢でいるのと、沈黙に耐えられなくなったわたしは必至で話題を探った。
「あの、ミン様放置してきちゃいましたけど、良かったんですかねぇ」
「ミンファなんてどうでもいいよ! ……いや、良くない」
え、どっち!? ユン様何か混乱していらっしゃる?
顔を覗き込むと、一瞬むっとされたけど腕の締め付けがきつくなって容赦なく密着してくるから、そんな嫌がられたわけじゃなさそう。
「ミカサはミンファのものになるの? ここから出てっちゃうの?」
「はぁ!? 何言ってんですか! ミン様のお世話なんて願い下げですよ! わたしは一生ユン様のお傍にいるんです、これ決定事項なんです!」
もうわたしの人生プランにユン様は欠かせない人物になっているのだから。
将来ユン様が無事奥さん娶って子供なんて出来ちゃったりしたら、そらもう萌え禿るくらい可愛らしいだろうから、じっくりねっとり、いやいや、じっくりしっかりお世話するんだ、そう決めてるんだ!
「ミカサは一生、ぼくのもの」
「はい! ……あれ、なんかニュアンスが」
「ミカサ!」
「きゃっ、ユン――」
何故か感極まったらしいユン様が暴走した。
ぐいっと無理やり顔を上向かされて、逃げる間もなくキスをされた。
……!? こ、これ、キ、キス、えぇっ!?
ふに、と押し付けられた唇が意外と柔らかいとかバカかわたしそんな感想述べてる場合じゃないだろおおおっ!!
「ミカサ」
「ユ、ん」
落ち着いてくださいと言おうとした口を再度塞がれた。今度はもっと深く。
ああでも嫌じゃない。嫌じゃないのよ困った事に!
初めての感触にビックリしたけど、相手がユン様だから半分虎にべろっと舐められたような気持ちなのかな。自分でもよく分からない。
ていうか長い! ちょっといい加減息が、くるし……!
無遠慮に口の中に入ってきた舌が器用に動き回ってんですが、これどうにかして!
ざらざらしてる、ちょっと痛い。
頭をがっちり後ろから固定されて抵抗もままならなかったんだけど、力いっぱい腕を突っ張って離れようと頑張った努力が認められたのか、渋々と言った感じでユン様が腕を緩めてくれた。
ていうかユン様ほんとにアンタ初心なのか!? いっつものあの子供っぽい仕草とかたどたどしい喋り方とか、アレ全部演技だったんじゃないだろうな。
なんでこんな時だけ遠慮なしに、ガンガン攻めてくるんだよ!
「ゆ、ゆん様、なんですか、急に……」
もう息も絶え絶えだ。
「急にじゃない。ぼくね、ミカサに子供産んでほしいよ」
「……はっ?」
「ミカサはぼくの贄だ。ぼくに全部、差し出してくれるよね」
はいーっ!? 贄って、贄ってそういう事かっ。うそ、じゃあユン様は最初からわたしがここに連れて来られた理由を正しく把握してたっていうのか。勘違いしてたのはわたしだけって事か!?
ああそうか、最初の日にユン様が生贄の説明を有耶無耶にしたのはこういう理由か。
じゃああの時「ずっと傍にいて」って言ってた本当の意味って……。
一気に顔に熱が上がっていくのが分かった。
「ミカサ……」
「あっ、ちょっと待ってくだ」
「待てない」
えええええーっ。言い終える前に却下された!
ドサッと後ろに倒された。ベッドの上だからスプリングがきいてて痛くは無かったんだけど、無意識のうちに瞑っていた目をそろりと開けた。そして後悔した。
ああ、ちょっと前に金髪の弟さんにも同じような状況に追い込まれた所だって。マウントポジションを取りたいのは動物の性なのか。
すぐ近くから見下ろしてくるユン様がどこか恍惚な表情をしている。これは話が通じる段階はとおに過ぎているのでは。
「ミカサを、ちょうだい」
否を言わせない強制力を持ちつつ、どこか切ない響きを持たせた声。
卑怯だ。そんな風に言われたら拒めないじゃないか。
恋愛かどうかなんて知らないけど、わたしはそもそもユン様の事は大好きなんだから。
抵抗する気力を根こそぎ奪われたわたしは、ユン様に向かって手を伸ばした。
そこから先はまぁ、聞くのも話すのも無粋というものだ。
わたしの口から言えるのは、生贄として殺される事はなかったけど、ある意味頭のてっぺんから足先までくまなく食われたって事と。
もう一つ。普段からは想像つかないけど、やっぱりユン様も虎族の端くれで、紛う事なき肉食でした。
すみません、これにて終了です
気が向いたら後日談とか書きます