ただのブラコン
後から聞いた話、ユンファ様は虎の国の王子様らしい。しかも第一王子。
しかし何となくお察しの通り、ユンファ様は国政に携わってはいない。世継ぎは弟の金髪の方なんだとか。
因みに金髪の名前はミンファ。ややこしいから最近はユン様とミン様って呼んでいる。まぁそんなに金髪の方に会う事はないんだけど。
ユン様は見ての通りホワイトタイガー。ベンガルトラ白変種と呼ばれる希少種だ。
現代でこそ地球でも数は少ないながらも動物園で飼育されている案外ポピュラーな動物だけど、白虎といえば四神にもされて神聖視されたり伝説の生き物に例えられたりするようなそんな時代も確かにあったと聞く。
そしてこの国では未だに白虎というのは吉兆の徴だとか、そういう崇め奉られる対象とされている。
なんでも建国の始祖様が白虎で、ユン様は先祖返りだとか始祖様の再来だとか産まれた時から持て囃されたらしい。
ちやほやされるだけならまだしも、乳飲み子の頃から他者と隔離されて、人の温もりを知らずに生きるを余儀なくされた。
王宮の奥に大きな宅を構えられてそこにずっと引きこもっているのだ。
入館制限がされていて、血縁者のミン様はたまに通って来るけど、国のお偉いさんであっても面倒な手続きを踏まないとここへは入って来れないとか。
他の人との関わりを遮断されてきたせいで、コミュ能力が極めて低いというか社会不適合者というか子供っぽいというか、引っ込み思案な性格になってしまったんだろうな。
わたしがここでユン様に仕えるようになって早二か月。毎日ほぼ二人きりでまったりした生活を送っている。
基本的にユン様は虎の姿でいるのだけど、食事の時だけはわたしが頼み込んで人型になってもらう事になった。
だって虎の食事風景って近くで見るとグロテスクなんだ。初めて見たとき立ちくらみした。
何の動物かは知らないけど、デカい生肉の塊を両前足で押さえて歯で引きちぎってもしゃもしゃ食われてみろ。
暫く近寄らないで下さいって泣いて頼んだら、ユン様も泣いて何処にも行かないでくれってしがみ付いてきた。
最終的に根負けしたわたしが、生肉貪ってたユン様の映像を無理やり脳内から消去して、普通に接する事になったわけだけど。
今は肉メインだけど一応調理したものを召し上がってくれている。
しかしステーキは激レアで真っ赤だから、食べてる所は極力見ないようにしてるわたしのこの努力を褒めてくれ。
一日のうち数時間は、窓の側の日の光が入って来て一番暖かい場所で日向ぼっこしながらうたた寝。
なんて羨ましい生活だろうな。地球人の誰しもが憧れてやまない生活がここにある。
気持ちよさそうに寝そべるユン様の背後から近寄って背に寄り添うように座って、温もっている毛を撫でる。
背骨に沿って首元からずーっとお尻に向かって撫でると、ビクッと身体を振るわせて尻尾がぴーんと反応するのが面白い。
尻尾の付け根の周囲を重点的にぐりぐりすると、こそばいのかユン様はごろっと寝返りを打ってわたしの方を向き、前足で太ももをばしんと叩いてきた。
でも全然力は入って無くて、ただ当たっただけみたいな。
――にくきゅう。むにむにとした肉球がわたしのふとももを苛む。
ぬああああっ! 触りてぇっ! 指でぐいぐい押してぇっ! 出来る事なら頬擦りさせてくれやユンさまぁーっ。
衝動を抑え込むのに苦労しながら耐え忍ぶ。ここでわたしが嫌がるユン様を力ずくで抑え込んで乱暴を働けば、彼はきっと心を閉ざしてしまう。もう誰も信用しなくなってしまうかもしれない。
て。これ普通男女逆じゃね!? 男が女に――って展開じゃね!? どうしてわたしが襲う側なのか!
アンサー、それは虎のユン様が犯罪級に可愛らしいからです!
午前中からムラムラしていると、珍しい事に来訪者が現れた。
わたしと同じ黄色人種のような肌に金髪の兄ちゃん、ミン様だった。ミン様はわたしを呼びつけると普段は使わない部屋へと連れ込んだ。
この邸宅、ユン様とわたししかいないから使ってない部屋の方が多いんだよな。ユン様一日中ほとんど動かないし。
ミン様はソファにドカリと座ると、その正面の椅子に座れと促してくる。座っていいならわたしは遠慮なく座るぜ。
相手が王子様だとかそんなの知ったこっちゃねぇぜ。
「ここでの暮らしはどうだ」
「はい。ユン様がとても良くしてくださいますので、充実した毎日を過ごさせて頂いております」
「堅苦しい話し方はやめろ。いつも通りでよい」
「あ、そっすか。あざーっす」
もう一度言います。いいと言われたなら、堅苦しい敬語なんざ取っ払うぜ。遠慮なんてしねぇぜ。
ものの数秒であっさり口調を変えたわたしに、いいと言った本人のミン様が呆気にとられている。
「……まぁいい。それより兄上の事だ」
このブラコンが。ブラザーコンプレックスが。
顔が歪みそうになるのは一応耐えた。さすがにそれはダメだろうと自重した。
「兄上は女の抱き方を知らないと思うが」
「……はい?」
「お前が誘導できるか?」
「何の話だセクハラか、セクシャルハラスメントだなおい! どこだこの場合どこへ訴えればいい!?」
勢いよく立ち上がって大声を出したわたしにミン様は驚いて、耳と尻尾をピッと立てた。
……くっ、そうやって可愛いところを見せたらうやむやに出来ると思ったら大間ちが……ああ憎い、こんな図体デカい男になんで素晴らしい耳と尻尾がついてるんだ妙に心穏やかになっちゃうじゃないか。
何事も無かったように座り直す。
「何の話ってお前、子を為す話に決まってるだろうが」
「決まってんの!?」
「何の為に大枚はたいてまでお前を買ったと思ってんだ」
「そういう理由だとは思ってなかったわ!!」
初耳なんですけど! あの蜥蜴なーんも教えてくんなかった。絶対わざとだ、教えたら私が嫌がるとでも思ったんだろう。
生贄っていうか結婚……いや愛人? 違うな情人? よく分かんないけど、ユン様のお傍仕えというよりも、お慰め差し上げろと。そういう事ですね分りました。
怖! まじ怖ぇよ権力者! 現代日本で平凡女子高生してたわたしにゃついていけんわ。
そしてなんつー無理難題を突き付けてくれるんだ。
十五でこっちに連れて来られて、そっから一心不乱にこの世界に慣れる為に頑張ってきたわたしが、男とあんな事やそんな事するような暇があったとでもお思いか。
ははは! そして残念ながらわたしの知識なんて言っておくが保健体育で得たものくらいなんだからな!
自分で威張り散らして撃沈した。どんだけお子ちゃまなんだわたし……。十九でこれは流石にダメだろうか。
蜥蜴のお屋敷でも女性陣はよく彼氏がどうとかそういう話はしていたけど、如何せん爬虫類両生類だったから。
「も、昨日あの人が激しくて……!」なんて身悶えられても、恋愛話をしているようには思えなくて、わたしは大抵スルーしてたんだよ、ごめんねお姉さん方!




