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はんにんはとら



 じゃあ後はお若い二人で。

 

 おいこれはお見合いか、お見合いの仲人でもしてる気分なのかお前等は。

 日本人なら誰しもが一度は耳にした事があるであろう、定型句を誰かが言って、わたしと白虎以外の全員がはけていった。

 

 ちらっと白虎を盗み見る。虎はさっきから微動だにせず(いや尻尾は揺れてるけど)座ってこっちを見ている。

 ああ、前足のちょこっとした感じが堪らなくいい。可愛い。握りたい。あ、でも猫って肉球触られるの嫌がるんだっけ。あれそれは犬? 分かんないけど不用意に触らない方が賢明か。

 なにせ、虎だからな。爪でも牙でも一撃でわたしなんかられる。


 …………。沈黙が重い。相手は虎なんだから会話が通じるわけもないんだけど。

 

「いや違った! 喋れるんじゃねぇの!?」


 この虎も獣人なんだよな。金髪の兄貴って事は人型になれるし喋れるんだよな。

 ずーっと虎のままだし皆で話し合ってる間も全然参加する意思も無かったみたいだから忘れてたけど。

 

 うぅん。生贄を捧げられるような立場って事はこの白虎は国の中でも立場的に上の方の虎なんじゃないかと思われる。

 あの蜥蜴商人が一目置いていた金髪の兄なんだから、多分この考えは間違ってない。という事は、わたしは恭しい態度を取った方がいいのか。

 

「えぇと、わたしは三笠みかさ 鹿乃かのです。宜しくお願いします」


 生贄なんだからよろしくしたくないんだけど。でもこの白虎大人しいから、もしかしたらガブガブもしゃり、なんて食われたりしないかも、という淡い期待がわたしの中に今渦巻いている。

 ていうか、鹿乃っていうわたしの名前。なんてお誂え向きに虎の生贄っぽい感じなんだ!

 きっとうんと悩んで、何らかの大切な意味があってつけてくれたであろう両親に盛大に舌打ちする。


 名乗ると虎は立ち上がってテトテトと私の前まで来てすりすりとお腹に頬を擦りつけて来た。尻尾がぴんと立ってる。

 なんだろう。よろしくって事なのかな。友好的な行動っぽいんだけど如何せんデカいので、これだけで胃にくるんだけど。

 ぐふっと息を吐くと、虎がはっとして離れた。おお賢い!

 

 やっぱこの虎もちゃんと人の言葉や行動を理解しているようだ。ならば

 

「貴方の事は何とお呼びすればいいですか? 良ければ教えていただきたいんですけど」


 つまり人型になれやと。喋ってくれ間が持たない。

 わたしの切なる願いを白虎はどうやら曲解したらしい。

 

 ここから暫く白虎の行動を実況中継するのでお付き合いください。

 

 キョロキョロと周囲を見渡した虎はだだっ広い部屋の隅にある机へと駆けてゆき、上に置いてあったものを口に咥えて戻ってきた。

 ぽとりと床に落とす。紙とペンだ。

 紙はそのままに虎はペンをロックオンした。

 

 前足で突く。

 ころころころ。当然転がる。

 暫く固まってから、再チャレンジ。

 ころころころ。更に転がる。

 

 ショック!! 前足で持てない事に衝撃を受けたらしい虎はがっくしと首をもたげた。

 ならばと、今度はペンに顔を近づけてもう一度咥えた。

 

 咥えて、どうするのか? 棒状のペンを咥えたら当然横向きになるわけだから床に置かれてる紙に平衡状態になってしまい、書く事は叶わない。

 その事にたっぷり一分は考えた後に気付いたらしい虎が、あんぐりと口を開けた。その拍子にペンがまた転がる。

 しかしもうやる気をなくしてしまったのか、そのままグダリと寝ころんだ。不貞寝か。

 

 ここまで黙って見届けたわたしも、虎と同様力を失って立っていられなくなり、勢いよく膝をついた。

 

 なんっじゃこのかわゆい生き物はぁぁぁぁぁっ!!

 アホか、虎はアホの子なのか!! 行動は実に人間的なのだけど、姿が動物だってだけで何だこの破壊力!!

 ぐわぁぁぁっ、堪らん。実にけしからん生き物だ。

 

 ハァハァ、くそっ、息苦しい。ちゃんと呼吸が出来ない。このままでは悶え死に、いや萌え死にしてしまう!

 はんにんはとら。

 わたしはこんな可愛さを知らずに十九年間生きて来たのかと思うと悔しくてたまらない。人生損しまくっていた。

 心臓を押さえて苦しんでいるわたしに気付いて、心配になったらしい虎がウロウロと様子を窺っているのが視界の端っこから見える。

 

 ちくしょう、あんたはわたしをどこまでも息の根を止めたいらしいな……。だがしかし、ただでやられるわけにはいかないんだ!

 と、訳の分らん使命感に燃えたわたしは虎にタックルをかました。

 

「クソ可愛いじゃないかこんにゃろめーっ!」


 首にしがみ付いてグリグリと頭を押し付ける。さっき虎にされたお返しだ、という言い訳をしながら素晴らしい毛並を堪能する。

 ああ、この毛に包まれて死ねるなら本望かもしれない。

 爬虫類に殺されるのとかマジ勘弁だけど、この虎になら命預けてもいい。もうそんくらい気持ちいい。可愛い。

 

 我を忘れて虎をハスハスしていると、急に肌触りが一変した。

 何事かと顔をあげる。

 

「…………誰」


 よくもまぁ声が出たものだと自分でも感心する。ビックリするくらい低くなったけど。

 わたしがしがみ付いていたのは虎だったはずなのに、今目の前にいるのは人の青年だった。

 

 白髪にスカイブルーの瞳、白地に黒の刺繍が散りばめられているチャイナ服を着た絶世の美形。

 でも耳はさっきまで一緒に居た虎と同じだ。しかも尻尾もある。

 てこたぁ、この目が痛いくらいキラキラした美形が、人型を取ったあの虎だというのか。

 

 うわああああっ!! わたしの萌えを返せえええっ!!

 つい十数分前まで人型になって何か喋れやとか言ってたけど、もうそんなのどうでも良い。わたしの、癒しを、返して!

 

「ぼくは、ユンファ」

「ゆん?」

「ユンファ」

「ユンファ様」


 こくりと頷いた。名乗ってくれた。丁寧にわたしに合わせて喋ってくれている。この人いい人だ。

 いや、虎の姿だった時点で善良そうな感じは滲み出てたんだけど。

 あまりに神々しい外見は、確かに生贄をささげて崇めようって気にさせられるものがある。

 口調はたどたどしいと言うか子供っぽい気がしなくもないけど。

 

 ユンファ様は腰が引けてしまって距離を置こうと後ずさるわたしの手をそっと取って握った。

 

「ミカサ、どうかこれから先、ぼくと一緒に生きて下さい」

「…………」


 耳をぺたりと伏せさせて不安そうに見つめてくるユンファ様。

 ちょ、おまっ! 人型でもその心震わせる仕草はどういう事だ。どう見たってあんたの方がわたしより年上じゃないか。なんでそんな庇護欲そそるんだよ。反則だ!


「駄目でしょうか」

「…………え、、生きていいんだ?」


 生贄だろ? 食べられるんじゃないのか? ユンファ様にならまぁいいかなー図体デカいけどラブリーだし、でも痛いのは勘弁かなーとか思い始めてた矢先に。

 思わぬ申し出に変な返しをしてしまった。

 

「な、なんで、そんな事言うのっ? だ、誰かに脅されたの? 誰!? ぼくが頑張ってやっつけるから」


 頑張るんだ。頑張らなきゃやっつけられないんだ。スカイブルーの澄んだ瞳に悲壮な決意を灯らせるユンファ様は、何故かむしろ守ってあげたいと思わせるんだけど。

 うんもう、そんなプルプル震えて泣きそうな顔するなよ。ユン様を困らせるような奴等はむしろわたしがやっつけてやるから!

 

 ……あれ、今まさに泣きそうになってるのってわたしのせいじゃね? いやあああっ! ユンファ様ごめんなさい泣かないで!!

 

「ユ、ユンファ様大丈夫です、脅されてないです! ただ生贄だって言われてここに来たから、食べられちゃったりするのかなって思ってて」

「た、食べないよ! 生贄は、あのその……だけど、食べないよ!!」


 ねぇちょっと重要そうな部分が聞き取れなかったんだけど! 生贄は、なに!?

 だけどユンファ様はそこはあまり主張する気はないらしく、それより食べないという方に重きを置いているらしく。

 わたしの肩をがっくんがっくん揺らしながら何度も言い聞かせてくる。

 

 はい、分かったから。分かったから揺らさないで。頭ぐらぐらするから。

 段々目が虚ろになってきたわたしに気付いて「うわーーーっ!」と絶叫して今度は抱きしめてきた。

 

 虎の時は大人しかったのに、人型になった途端テンション高めだな。

 やっぱ喋れるのと喋れないのとでは違うのだろうか。

 

「ミカサ、ミカサ。お願いだからぼくとずっと一緒に居て」


 耳元で、色っぽい美声で囁かれて落ちない女の人はいるんだろうか。

 わたしはもれなく落ちました。

 

 だって色っぽい声なのに口調が! 口調が途方に暮れた子供みたいなんだ、放っておけるか。よしよし大丈夫お姉ちゃんがずっと一緒にいてあげるからね! って気持ちにさせられたんだ。

 十九歳にして母性本能に目覚めたっぽい。

 しかも人型だと年上の目に毒な程の美形だけど、虎になったら目に入れても痛くない程のあの愛くるしさだろ。こっちから土下座してでもずっと一緒に居たいですってなもんだ。

 

 なので、強い力で抱きしめられて抜け出せそうにないから、もそもそ身動ぎして顔だけなんとか上向けてニッコリ笑ってやった。

 

「こちらこそ、ずっとユンファ様のお世話をさせて下さい」


 侍女としてのスキルを活かす機会が巡ってきたぜ!

 生贄にされるならこの三年間の努力は完全に無駄じゃねぇか蜥蜴の野郎とか一瞬商人を呪いかけたけど、やめておいてよかった。

 

 

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