アレルギーなんです
気が付いた時にはわたしはふかふかのベッドに寝かされていた。
「……?」
ベッドだと思っていたけど、なんだか生温かいし、ぐにぐにしてるし……呼吸してるみたいに上下してるし。
まだガンガンする頭を押さえながら起き上がってわたしが今までくるまっていたものを見た。
「……っ!?」
衝撃的すぎて声が出なかった。毛布だと思っていたのは毛皮……もとい動物の毛で。白地に黒の縞模様が入っている、毛足は短いけれどとても艶があって肌触りが良い。
私の身体にぴたりと寄り添うように寝そべっていたのは、生きた虎でした。所謂ホワイトタイガー。
「ぎぃやああああああっ!!」
虎。虎!? タイガース!? く、食い倒れ、いや違う食われる!!
ずりずりと尻餅をついたまま後ろへ下がる。
白虎は寝ころんでいただけで眠っていたわけでは無かったようで、のそりと顔を上げて、前足の上に乗せ直して真正面からわたしを見る。
大慌てしているわたしが馬鹿みたいな落ち着きっぷりだ。
ぱたり、ぱたりと長い尻尾をゆっくり揺らす。猫じゃらしを追いかける猫じゃないけど、何となく目で動きを追ってしまう。いや違うから! ネコ科はむしろ目の前にいる虎の方だから!!
わたしの悲鳴というか雄叫びを聞き付けて蜥蜴の商人さんや、……? よく分からない人型っぽい人達が数人やってきた。
「何事だっ!!」
金髪の男がわたしの側まで来て膝をついた。視線を合わせてくれているらしい。ジェントルメンだ。
だがこの金髪の耳が……猫みたいに見えるんだけど。ていうか尻尾。尻尾あるよこの人。
はっ、と急に以前勉強した事が脳裏を過ぎった。
獣人というのは、書いて時の如く、獣であり人である。獣の姿と人の姿、どちらも持っているのだとか。だけど完全に人間のようとはいかず、必ず身体のどこかに一族の特徴が現れるのだとか。
基本的に爬虫類や両生類の皆さんは、獣というか蜥蜴というかそのままの姿でただ二足歩行になるのくらいしか変化が無かったからすっかり忘れていた。
しかし、じゃあこの金髪もネコ科の獣人という事か。ん? ネコ科? などと冷静に関係のない事をつらつらと考える。
ぼーっとしていると、金髪がわたしに触れようと手を伸ばしてきた。
「うぎゃーーっ!! 触るなっ!!」
ばしんと小気味のよい音がした。ええ、わたしが思いっきりお兄さんの手を振り払ったからです。
何をする! と他の人達が顔を青褪めさせたり、逆に真っ赤にしてわたしを詰る。
だって、と言い訳をする間もなく蜥蜴の商人さんがわたしの頭を力ずくで押さえつけた。
「申し訳ございません。わたくしの教育が行き届かず」
「い、痛い……」
「黙れっ。お前、今殺されても文句は言えん立場なのだぞ」
『マジッスか!?』
おっと危ない。あまりの事に日本語が出た。。
いやでも、これには深い事情がありまして、なんて取り合ってくれる雰囲気ではない。
「よい。おい娘、先程の振舞いは特別に不問に処す。だが次は無い」
金髪って何気に位が高い人なのかな。喋り方偉そうだし、周りのおじさん方が下手に出てる感じがする。
次ってなんだ、と疑問に思う間もなくまた金髪の手が私に触れようとした。
「ぎゃあっ! だからダメなんだって! わたし動物アレルギーだから!!」
蜥蜴さんをも突き飛ばしてわたしは逃げた。だってアレルギー症状一回出ちゃったら最後なんだよ。もうえげつないんだよ!
クシャミと鼻水止まらなくてぐずぐずになるし、目は痒くて腫れぼったくなるし熱出てくるし、あと肌も痒くなる。
同じ部屋にいるのとかも、体調が悪い時なんかだともうダメだったりするんだ。
慄くわたしだけど、みんなは目を点にして棒立ち状態。
「あれるぎーとは何だ?」
「荒れるの! 荒れるのギーなの!」
「は?」
ごめん、わたしにも分らない。アレルギーの語源とか意味とか知らない。適当ぶっこきました。
ただ、動物に触れるとこうなる、という症状を必死で伝えた。だってここで説明に手を抜いたら今後のわたしの生活が悲惨な事になる気がしたから。
獣人の世界に来た恐怖が今になってひしひしと襲ってきた。
ふむふむなるほど、とみんな真剣に聞いてくれた。いい人達だったのか。
商人さんはやれやれと溜め息交じりにだけど。……この人が一番性格悪いんじゃなかろうか。わたし今まで騙されてたかも。
顎に片手を添えて難しい顔をしていた金髪が口を開いた。
「だがお前、さっきまでずっと兄上にくっついていただろう」
「兄上?」
誰だそれ。首を捻ると、全員の視線が一点に集中した。白虎だ。
あ、兄上!? え、兄弟なの、白と金が!? 片や虎だし片や人型だし。獣人はそういうものだって知ってたけど、やっぱり同じ種族だってパッと見でわたしは判断できない。
というか、言われてハタと気付いた。そういやわたし白虎に包まれて眠ってた……。
「うそっ!?」
「事実だ」
分かっとるわ、事実なのはわたしが一番分かってる! でも今のうそって言ったのはそういう意味じゃなくてだな。動物触ってアレルギー起こさないなんてこれまで一度も無かったのに。
「なんで……」
「考えられるのは、此方の世界にやって来て貴女の体質に変化があった、もしくは貴女の世界の動物と私達の存在が根本的に違う為にそのあれるぎーとやらが反応しない、のどちらかではないでしょうか」
実に冷静かつ迅速なお答えをありがとうございます。金髪の傍に控えていたインテリ系獣耳青年が即答してくれた。淡々とした口調だからサラッと聞き流しそうになったけど。
「じゃあわたし、動物触っても大丈夫って事? 大惨事にならない?」
十数年間悩まされ続けてきたアレルギー体質に終止符が打たれたなんて、実感があまり持てない。
犬や猫を飼うのに憧れてたけど、とてもじゃないけどあっちの世界に生きていたら実現不可能だった。小学生の時に飼育係にさえなれなかったわたしだ。
嬉しいのに現実をなかなか受け止められないわたしに、白虎がのそりと動いて実践で試してくれた。
わたしの傍までやってくるとお腹にグイと頭を押し付けてくる。恐る恐るその頭を撫でた。
うわ毛ざわり本当に気持ちいい。なんてつやつやふかふか。
膝をついて目線を合わせるとわたしは辛抱堪らなくなって白虎に抱き着いた。
うわーうわー憧れの動物ぎゅう! ずっと一度はやってみたかったんだ。念願叶ったり!
パトラッシュしかりファルコンしかりモロ一族しかり!
動物大好きなのに触れない近寄れないわたしの身も引きちぎられそうな辛さの憂さ晴らしをするかのように抱きしめ倒す。
「はうあ、しあわせだー」
「いい加減離れろ! 兄上が苦しいだろう!」
「あ、ごめんなさい」
調子乗りました。己の欲望に忠実に行動しすぎました。
蜥蜴商人の視線が痛いので大慌てで離れる。この三年間で培われてきた、彼の言葉は絶対という教育の賜物です。
「では、彼女で決まりという事でよろしいか」
商人は徐に商売の話を切り出した。まだわたしが売り飛ばされるかどうかはっきりしてなったようだ。
でもこの口ぶりからすると、彼はわたしをゴリ押しするみたいだな。なるようになれ、といった心境です。諦めの境地です。
それよりも動物アレルギーが無くなった解放感が大きくて、あんまり深刻に考えられない。
「ああ、兄上も気に入っているようだしな。生贄はこの娘にする」
「どわああああっ、忘れてたー!!」
生贄! そうだわたし生贄にされるんだった! 全然よくない、どうにでもなっちゃダメだった。
生贄って事は供物にされちゃうのか? この白虎に?
食われるじゃねぇかっ。百パーバリバリもしゃしゃ食されるじゃねぇかっ!