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マサムネの黙示録  作者: 和処四十宮
PR
1/1

マサムネさんが最強の剣豪を目指すよーくある話です。道のりは遠いようですがね。

山間の街道。


午後の日差しが木々の隙間から差し込み、風だけが静かに流れている。


マサムネは歩みを止め、小さく息をついた。


「暇だな……。」


腰の妖刀・六房は今日も鞘の中。


戦う理由も、急ぐ理由もない。


少し空を見上げて、苦笑する。


「家のおかげで金には困らんがな。」


放浪を続けていても、路銀に困ることはない。


宿に泊まることもできるし、腹が減れば飯も食える。


だからこそ、旅を急ぐ必要もなかった。


道端に咲く草花を眺めながら、また一歩踏み出す。


その歩みは、どこへ向かうでもなく、ただ風の向くまま。


マサムネ:「えっーと……今どこだっけな……。」


マサムネ:「俺が目指してるのは……。」


マサムネ:「そうそう……。」


(少し考える。)


マサムネ:「……なかったわ。」


(頭をかきながら苦笑する。)


マサムネ:「とりあえず道場破りみたいな感じで行ってるが……。」


マサムネ:「流派を見るのは嫌いじゃねぇしな。」


マサムネ:「……さて、次はどこの道場にするか。」


マサムネ:「この世界広すぎるだろ……。」


マサムネ:「俺がいるのは南西のマカガルガ。」


マサムネ:「旅人商人の話によると、ここは水がきれいなんだな。」


(川辺にしゃがみ込み、水をすくう。)


マサムネ:「……確かに。」


マサムネ:「澄んでるな。」


(一口飲んで、小さくうなずく。)


マサムネ:「こういう場所なら、剣を振るうより釣りでもしたくなる。」


(川のせせらぎだけが静かに響いていた。)


一般市民A:「キャー! ひったくりよー!」


(男が袋を抱え、人混みをかき分けて走り去る。)


マサムネ:「そんな白昼堂々するかよ。」


(ひったくりを見て一拍置く。)


マサムネ:「……ってマジでしてて草。」


(ため息をつき、六房には手をかけない。)


マサムネ:「しゃあねぇな。」


(盗人の進行方向へ一歩踏み出す。)


マサムネ:「逃げ足には自信あるみたいだが……どこまで持つかな。」


(盗人が路地へ飛び込もうとする。)


マサムネ:「よし。」


マサムネ:「香車。」


その瞬間。


マサムネの姿が一直線に駆け抜ける。


横にも斜めにも逸れない。


ただ前へ。


まるで将棋盤の香車が、一筋だけを貫くように。


盗人:「なっ――!?」


気づいた時には、マサムネは盗人の真正面に立っていた。


マサムネ:「そこまでだ。」


盗人は勢いのまま急停止し、目を見開く。


盗人:「い、いつ前に……!?」


盗人:「くっ……。」


(袋を抱えたまま一歩後ずさる。)


マサムネ:「人相手に妖刀は使わんからな。」


(六房には触れず、静かに立っている。)


マサムネ:「ほれ、はよ出せ。」


マサムネ:「今なら見逃してやる。」


盗人:「……。」


マサムネ:「選べ。」


マサムネ:「荷物を返して帰るか。」


マサムネ:「それとも、もう少し面倒なことになるか。」


盗人:「ちっ!」


(抱えていた荷物を放り投げ、そのまま踵を返して全力で逃げ出す。)


一般市民A:「あっ!」


マサムネ:「……。」


(落ちる荷物を片手で受け止める。)


マサムネ:「逃げるなら追わん。」


マサムネ:「荷物が返ってきた。それで十分だ。」


(マサムネは一般市民Aへ歩み寄り、荷物を差し出す。)


マサムネ:「ほら。」


一般市民A:「あ、ありがとうございます!」


マサムネ:「ちゃんと中身、確認しとけ。」


一般市民A:「は、はい!」


マサムネ:「……さて。」


マサムネ:「また暇になったな。」


マサムネ:「とりあえず道場破りしにいくか……。」


(懐から地図を広げる。)


マサムネ:「えっーと……ここから一番近い道場とかは……。」


(しばらく眺める。)


マサムネ:「……地図に載ってねぇわ。」


(地図を畳み、肩をすくめる。)


マサムネ:「酒場で聞こ。」


(通りを歩き始める。)


マサムネ:「こういうのは地元の奴に聞くのが一番早いからな。」


(酒場の扉を開ける。)


ガチャ。


店主:「いらっしゃい。」


(昼間ということもあり、店内は数人の客が酒や食事を楽しんでいる。)


マサムネ:「酒場来たわ。」


マサムネ:「独り言が多いのは癖だ。」


(店内を見回しながらカウンターへ向かう。)


店主:「注文は?」


マサムネ:「いや、今日は飯じゃなくて聞きたいことがある。」


店主:「ほう?」


マサムネ:「この辺で一番近い道場ってどこだ?」


店主:「そうだな……一番近い道場はここから見える山上にある道場だな。でー……」


マサムネ:「それ以上はネタバレになるからきかんとくわ。」


店主:「……ネタバレ?」


マサムネ:「先入観なしで行きたい性分なんだ。」


マサムネ:「ありがとーな。」


店主:「ははっ、変わった旅人だ。」


マサムネ:「よく言われる。」


(マサムネは軽く手を上げ、そのまま酒場を後にする。)


ガチャ。


店主:「気ぃ付けて行けよ。山道は足場が悪いからな。」


マサムネ:「了解。」


(山上の道場を目指し、ゆっくりと歩き始めた。)

(山を見上げる。)


マサムネ:「あれか……。」


(山頂近くに、小さく道場らしき建物が見える。)


マサムネ:「山登りは幾年ぶりか。」


(肩を軽く回し、荷物を持ち直す。)


マサムネ:「まあ、歩けなくなったわけじゃない。」


マサムネ:「行くか。」


(砂利を踏む音が響き、マサムネは山道へ足を踏み入れた。)

(山道を一歩一歩登る。)


マサムネ:「おぉ……。」


(少し息を吐く。)


マサムネ:「山登りはいつもは使わない筋肉使うからな……。」


(ふくらはぎを軽く叩く。)


マサムネ:「明日は筋肉痛かもな?」


(苦笑しながら、また一歩前へ。)


マサムネ:「剣振るうのと山登りじゃ、使う筋肉が全然違うわ。」

(山頂。)


古びた木造の道場が、静かに佇んでいる。


風が軒先を揺らし、竹林がかすかに音を立てる。


マサムネ:「ぜぇ……。」


マサムネ:「ぜぇ……。」


(膝に手をついて息を整える。)


マサムネ:「……着いたな。」


(ゆっくりと顔を上げ、道場の看板を見つめる。)


マサムネ:「さて。」


マサムネ:「ここはどんな剣を見せてくれるんだろうな。」


(道場の入口へ歩み寄り、静かに戸を叩く。)


コン、コン。

ガラッ。


師弟:「はいはい……なんだあんた?」


(眠そうな顔で戸を開ける。)


マサムネ:「道場破り。」


(間髪入れず、淡々と答える。)


師弟:「……。」


マサムネ:「……。」


師弟:「ずいぶんストレートだな、おい。」


マサムネ:「回りくどいのは苦手でな。」


師弟:「普通は『手合わせ願いたい』とか言うもんだろ。」


マサムネ:「結果は同じだ。」


師弟:「……ははっ。」


(師弟は少し笑うと、道場の中へ目を向ける。)


師弟:「師匠ー!」


師弟:「道場破りが来ましたー!」


師範:「潔いほどに直球なお願いだな。」


(マサムネをじっと見つめる。)


師範:「手合わせ程度ならいい。」


マサムネ:「助かる。」


師範:「ただし、一つ条件がある。」


マサムネ:「聞こう。」


師範:「命の取り合いはなしだ。あくまで互いの腕を見るための勝負。」


マサムネ:「もともとそのつもりだ。」


(六房には手を添えることすらしない。)


マサムネ:「人相手に妖刀は抜かん。」


師範:「……面白い。」


(師範は道場の中央へ歩く。)


師範:「なら、始めようか。」師弟:「お手合わせ、開始!」


(道場の空気が張り詰める。)


師範:「いくぞ。」


マサムネ:「それは俺の台詞だ!」


(互いに一歩踏み込む。)


師範:「……!」


マサムネ:「……!」


カンッ!


木剣と木剣がぶつかり、乾いた音が道場に響く。


師範:「速いな!」


マサムネ:「そっちも!」


(互いに一度距離を取り、間合いを測る。)


師範:「旅をしているだけはある。」


マサムネ:「道場を守ってるだけはあるな。」


(再び二人が同時に地を蹴った。)

マサムネ:「桂馬。」


(その瞬間。)


マサムネの姿がふっと消えたかと思うと――


トンッ。


師範の斜め前へ、一気に跳び込む。


まるで将棋の桂馬が盤上を跳ねるような軌道。


師範:「とんだー!?」


マサムネ:「真正面から行くとは限らん。」


師範:「なるほど……将棋の駒の動きか!」


マサムネ:「気づくのが早いな。」


(師範はすぐさま身をひねり、木剣で迎え撃つ。)


カカンッ!!


再び木剣がぶつかり、甲高い音が道場中に響いた。


師弟:「す、すげぇ……。あんな動き、見たことない……。」


師範:「番は回るな?」


(木剣を静かに構え直す。)


師範:「踏み込み。」


ダンッ!


床を強く踏み鳴らし、一気に間合いを詰める。


マサムネ:「……!」


(その一歩は重い。


速さではなく、積み重ねた鍛錬の重みがそのまま乗っていた。)


カンッ!!


マサムネ:「いい踏み込みだ。」


師範:「受けるか!」


マサムネ:「受けるさ。」


(木剣を押し返し、一歩だけ後ろへ下がる。)


マサムネ:「将棋も剣も、一手先だけ見てちゃ勝てねぇ。」


(再び静かな間合いが生まれる。)

マサムネ:「これならどうだ?」


(木剣を下げ、力を抜く。)


マサムネ:「歩兵。」


コツ。


一歩だけ前へ出る。


大きく跳ぶことも、鋭く踏み込むこともない。


ただ、一マス進むような静かな前進。


師範:「……!」


マサムネ:「派手じゃない。」


マサムネ:「だが、一番油断する。」


カッ!


歩みを止めたその瞬間、木剣が最短距離で師範の胴を狙う。


師範:「っ!」


コンッ!


師範は寸前で木剣を合わせ、攻撃を受け流した。


師範:「歩兵とは思えん鋭さだ。」


マサムネ:「歩兵だからこそ、侮れねぇんだ。」


マサムネ:「間合いに入ったな?」


(木剣を軽く返す。)


マサムネ:「銀将。」


一歩。


斜めへ流れるように足を運ぶ。


次の瞬間には、また別の角度へ。


真正面ではなく、斜めから間合いを崩す。


師範:「……っ!」


師範は木剣を返すが、狙いが読みにくい。


カンッ!


一撃。


カンッ!


すぐにもう一撃。


どちらも急所ではなく、防御を崩すための剣。


師範:「銀将……攻めと守りを両立する動きか!」


マサムネ:「そういうこと。」


(マサムネはすぐには追撃せず、再び間合いを保つ。)


マサムネ:「駒には駒の役目がある。」


マサムネ:「無理に詰めるのは、まだ早い。」

マサムネ:「重ねて。」


(呼吸を整える。)


マサムネ:「金将。」


銀将で崩した角度を、そのまま維持する。


そこへ、一歩。


今度は揺らがない。


盤石な足運びで前へ出る。


カッ。


師範:「動きが……変わった。」


銀将の柔らかさとは違う。


堅く、無駄がなく、逃げ道を塞ぐような構え。


マサムネ:「銀は崩す。」


マサムネ:「金は押さえる。」


カンッ!!


木剣同士が激しくぶつかる。


師範は受け止めるものの、その場から半歩押し込まれる。


師範:「くっ……!」


マサムネ:「まだ終わらん。」


(構えは崩さず、師範の次の一手を静かに見据えていた。)

マサムネ:「銀将。」


(足運びが一瞬止まる。)


マサムネ:「――成。」


銀将の構えが変わる。


柔らかく相手を崩す剣筋から、一転して隙を与えない堅実な構えへ。


師範:「……成り、だと。」


マサムネ:「一度前へ出た駒は、役目を変える。」


タンッ。


踏み込みは深くない。


それでも退路を塞ぐように間合いを支配する。


師範:「なるほど……!」


師範:「将棋をそのまま剣に落とし込んでいるのか!」


カァン!!


木剣がぶつかる。


今度は師範の剣が弾かれ、わずかに体勢が泳ぐ。


マサムネ:「まだ詰みじゃない。」


マサムネ:「だが、一手ずつ近づいてる。」マサムネ:「このまま攻めきる。」


(一歩。)


マサムネ:「銀将。」


斜めへ滑るように入り込み、師範の視線を外す。


師範:「そこか!」


マサムネ:「まだだ。」


(間髪入れず。)


マサムネ:「金将。」


銀将で崩した間合いを、金将の堅実な踏み込みで押さえ込む。


逃げ道を一つ、また一つと塞いでいく。


師範:「……っ!」


木剣を返すたび、受ける角度が狭まっていく。


そして――


マサムネ:「阿形吽形。」


その瞬間、攻めが二重に重なる。


一撃は相手を動かすため。


もう一撃は、その動いた先を読むため。


阿形が攻めを起こし、


吽形が逃げ道を閉じる。


カァァン!!


木剣が激しくぶつかり、道場中に澄んだ音が響いた。


師範:「これは……!」


師範は木剣を受け切るものの、一歩、また一歩と後退する。


師弟:「師匠が……押されてる……。」


マサムネ:「これで詰みだ。」


(静かに息を整える。)


マサムネ:「歩兵。」


一歩。


ただ一歩だけ前へ出る。


派手さはない。


飛びも、滑りも、崩しもない。


それでも、その一歩は師範の最後の逃げ道へ置かれる。


師範:「……!」


マサムネ:「成。」


その瞬間。


歩兵だった一手が姿を変える。


守りも攻めも兼ね備えた圧力へと変わり、師範の間合いを完全に封じた。


コツ。


木剣の切っ先が、師範の喉元でぴたりと止まる。


道場は静まり返った。


師範:「……。」


(数秒の沈黙。)


師範:「参った。」


師範は木剣を下ろし、深く息を吐く。


師範:「見事だ。」


マサムネ:「殺す気はない。」


マサムネ:「『詰み』は、相手が負けを認めれば終わる。」


師範:「……なるほど。」


師範:「お前の剣は、勝つためだけじゃないんだな。」


マサムネ:「勝ち方にも流儀がある。」


(木剣を肩に担ぎ、軽く笑う。)


マサムネ:「いい手合わせだった。」


マサムネ:「それじゃ。」


(木剣を返し、軽く一礼する。)


マサムネ:「さよーなら。」


師範:「……もう行くのか?」


マサムネ:「別に看板もらうわけじゃない。」


マサムネ:「勝った証とか、興味ねぇし。」


師弟:「えっ!? 道場破りって看板持っていくもんじゃないんですか?」


マサムネ:「昔はそういうのもあったらしいな。」


マサムネ:「でも俺は違う。」


マサムネ:「強い相手と手合わせできれば、それで十分。」


師範:「……変わった剣士だ。」


マサムネ:「よく言われる。」


(背を向け、戸口へ向かう。)


ガラッ。


マサムネ:「じゃあな。」


(風が吹き、道場の戸が静かに閉まる。)


師範:「……また来い。」


マサムネ:「気が向いたらな。」

(山道を下りながら。)


マサムネ:「また暇になっちまった……。」


(空を見上げる。)


マサムネ:「道場破りも一日一軒じゃ、すぐ終わるな。」


(少し考える。)


マサムネ:「次はどこ行くかな。」


マサムネ:「飯でも食うか……。」


(首を横に振る。)


マサムネ:「いや、さっき食った気がする。」


(数歩歩いてから。)


マサムネ:「……。」


マサムネ:「こういう時、目的がない旅ってのも考えもんだな。」


(それでも足は止まらない。)


マサムネ:「ま、歩いてりゃ何かあるだろ。」

マサムネ:「とりあえず山降りるか……。」


(山道へ足を向ける。)


マサムネ:「登るより下りの方が怖ぇんだよな。」


(足元を確認しながらゆっくり歩く。)


マサムネ:「滑って転げ落ちたら笑えねぇ。」


(小石が転がる。)


マサムネ:「……危ね。」


(体勢を立て直して苦笑する。)


マサムネ:「将棋の駒みたいにきっちり動けりゃ楽なんだけどな。」


(風が吹き抜ける。)


マサムネ:「さて、麓に着いたら何しようかね。」

キュルルルル……。


マサムネ:「……。」


(腹を押さえる。)


マサムネ:「腹減ったな……。」


(空を見上げる。)


西の空は橙色に染まり、山の影がゆっくりと伸びていく。


マサムネ:「そういえば、もう夕暮れか。」


(歩く速度を少しだけ速める。)


マサムネ:「はよ宿取るか。」


マサムネ:「飯食って、風呂入って、寝る。」


マサムネ:「今日はそれで十分だ。」


(山道を抜けると、麓の町にぽつぽつと明かりが灯り始めていた。)


マサムネ:「よし。」


(町へ戻り、肩を軽く回す。)


マサムネ:「登るのもきつかったが……。」


マサムネ:「降りるのはそれ以上だったな。」


(ふくらはぎを軽く叩く。)


マサムネ:「休むのは宿についてからだな。」


(通りを見渡す。)


マサムネ:「えっーと……。」


マサムネ:「掲示板は……。」


(広場の端に、大きな木製の掲示板を見つける。)


マサムネ:「あった。」


(近づき、貼られた紙を眺める。)


マサムネ:「依頼に、催し物、宿の案内……。」


マサムネ:「さて、今日はどれが役に立つかな。」

マサムネ:「早く宿にいきたいから。」


(掲示板から視線を外す。)


マサムネ:「飛車。」


ダンッ。


一直線。


広い通りを迷いなく駆け抜ける。


人混みの隙間を縫うのではなく、道そのものを読み切ったような最短距離。


町人A:「うおっ!? は、速っ!」


町人B:「何だ今の……!」


マサムネ:「宿……宿……。」


(看板を次々と見ながら走る。)


マサムネ:「あった。」


(「旅籠 夕凪」の看板の前でピタリと止まる。)


マサムネ:「ここでいいや。」


(軽く息を整え、暖簾をくぐる。)


カラン。

宿主:「へい、らっしゃい。」


(帳場から顔を上げる。)


宿主:「お一人様かい?」


マサムネ:「あぁ。」


宿主:「ここの宿は一泊、1銀50銅だよ。」


マサムネ:「良心的だな。」


(腰の革袋から小銭を取り出す。)


チャリン。


マサムネ:「ほい。」


宿主:「毎度あり。」


(鍵を棚から取り出して渡す。)


宿主:「二階の一番奥だ。」


宿主:「飯はまだ間に合う。風呂も沸いてるから好きな方からどうぞ。」


マサムネ:「……。」


(少しだけ考える。)


マサムネ:「まず飯だな。」


(腹がまた小さく鳴る。)


キュル……。


マサムネ:「身体は正直だ。」


宿主:「へいへい……。」


(厨房へ向かいながら振り返る。)


宿主:「あったかいうちに食べろよ。」


マサムネ:「もちろん。」


(席に腰を下ろし、ほっと息をつく。)


マサムネ:「今日は山登って、道場破りして、また山下って……。」


マサムネ:「結構動いたな。」


(厨房から湯気と香ばしい匂いが漂ってくる。)


マサムネ:「……腹が限界だ。」


宿主:「待たせた!」


(湯気の立つ定食を卓に置く。)


宿主:「焼き魚に味噌汁、炊きたての飯だ。」


マサムネ:「いただきます。」


(箸を取り、最初の一口を運ぶ。)


マサムネ:「……うま。」


宿主:「はっはっは!」


宿主:「そう言ってくれると嬉しいな。」


(腕を組み、満足そうに笑う。)


宿主:「おかわりはいるかい?」


マサムネ:「……。」


(茶碗を見つめる。)


マサムネ:「……いる。」


宿主:「よしきた!」


(茶碗を受け取る。)


宿主:「若い旅人は遠慮なく食え!」


マサムネ:「遠慮はしてない。」


マサムネ:「腹がそう言ってる。」


宿主:「そりゃいい!」


(炊きたての飯を山盛りによそう。)


宿主:「ほら、熱いうちにな!」


マサムネ:「ありがたい。」


(湯気の立つご飯を前に、再び箸を手に取った。)

(湯気が浴場に立ち込める。)


ちゃぷん。


マサムネ:「ふぅ……。」


(肩まで湯に浸かり、大きく息を吐く。)


マサムネ:「生き返るな……。」


(天井をぼんやり見上げる。)


マサムネ:「山登りの疲れが一気にきた。」


(腕を軽く回す。)


マサムネ:「明日は筋肉痛だな、こりゃ。」


(静かな浴場には、お湯の流れる音だけが響いていた。)


マサムネ:「今日はもう寝るだけか……。」

(月明かりが障子越しに部屋を照らす。)


(マサムネは布団に寝転がり、両腕を頭の後ろで組む。)


マサムネ:「ふぅー……。」


(深く息を吐く。)


マサムネ:「疲れたな……。」


(今日一日を思い返す。)


マサムネ:「山登って、道場破りして、また山下って……。」


マサムネ:「今日は使いすぎちまったかもな?」


(肩を軽く回し、小さく笑う。)


マサムネ:「ま、たまにはこんな日も悪くねぇ。」


(部屋は静かだった。


窓の外では虫の声が響き、町の喧騒もすっかり消えている。)


マサムネ:「……明日は、どこへ行こうかな。」


(そう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。)

(翌朝。)


鳥のさえずりが町に響く。


宿を出たマサムネは、大きく伸びをした。


マサムネ:「んー……。」


マサムネ:「よく寝た。」


(朝の街道をゆっくり歩く。)


パン屋からは焼きたての香り。


商人たちは店を開き始め、旅人たちは荷物をまとめている。


マサムネ:「朝は賑やかでいいな。」


(そのまま町の大通りを抜ける。)


門番:「おう、旅人。もう出るのか?」


マサムネ:「あぁ。」


門番:「気を付けてな。」


マサムネ:「どうも。」


(門をくぐる。)


石畳は土の街道へと変わり、背後では町の門が静かに小さくなっていく。


マサムネ:「さて。」


マサムネ:「今日はどんな出会いがあるかね。」

(街道を歩き続ける。)


風が草原を揺らし、遠くで鳥が飛び立つ。


マサムネ:「さて……。」


(空を見上げる。)


マサムネ:「もう2時間は歩いたか?」


(足を止めず、そのまま前へ。)


マサムネ:「平坦な道だから疲れねぇな。」


(腰の六房を軽く直す。)


マサムネ:「昨日の山道と比べたら天国だ。」


(遠くの地平線を眺める。)


マサムネ:「……。」


マサムネ:「こういう何もない道も、嫌いじゃねぇ。」


(そのまま一定の歩幅で街道を進み続けた。)

(巨大な城壁が視界いっぱいに広がる。)


門の上には、青く輝く紋章。


街へ出入りする人々の中には、杖を持つ者や、ローブ姿の者も少なくない。


マサムネ:「ついたついた。」


(看板を見上げる。)


マサムネ:「ここは……えっーと……。」


(少し考えてから思い出す。)


マサムネ:「ここらへんで一番大きい大魔法都市、マジカルナ。」


(街の様子を眺める。)


マサムネ:「……。」


マサムネ:「俺、魔法とか知らんしな……。」


(苦笑する。)


マサムネ:「剣一本で来ちまったけど、大丈夫か?」


門番:「次の方、どうぞー!」


マサムネ:「ま、とりあえず入ってみるか。」


(人の流れに混じり、マサムネは大魔法都市・マジカルナへと足を踏み入れた。)


(街へ入る。)


空には小さな光球が浮かび、荷物は魔法で運ばれ、水路には透明な水が静かに流れている。


マサムネ:「はぇー……。」


(周囲を見回す。)


マサムネ:「魔法って便利そうだな。」


(箒がひとりでに掃除をしているのを見つける。)


マサムネ:「ああいうの一つ欲しい。」


(頭をかきながら歩く。)


マサムネ:「俺も使ってみたいが……。」


マサムネ:「魔法には適正がいるんだっけ?」


(少し考える。)


マサムネ:「……。」


マサムネ:「検査しに行ってみるか。」


(近くを歩いていたローブ姿の女性に声をかける。)


マサムネ:「悪い。」


女性:「はい?」


マサムネ:「魔法適正の検査ってどこで受けられる?」


女性:「初めてなんですね。」


女性:「でしたら、中央広場の魔導管理局です。一般の方でも受けられますよ。」


マサムネ:「助かった。」


女性:「いえいえ。」


マサムネ:「よし。」


マサムネ:「せっかくだし、自分に魔法の才能があるかくらいは知っとくか。」

(大理石で造られた建物の前に立つ。)


扉の上には、金色の文字で――


『魔導管理局』


人の出入りは絶えず、ローブ姿の者、冒険者風の者、子ども連れの家族まで様々だ。


マサムネ:「ここか。」


(建物を見上げる。)


マサムネ:「今日だけで魔法使ったやつ、どれくらい見たんだか。」


(苦笑する。)


マサムネ:「数えるのやめたわ。」


(扉の取っ手に手をかける。)


マサムネ:「よし。」


マサムネ:「入るか。」


ガチャ。


受付:「ようこそ、魔導管理局へ。」


受付:「本日はどのようなご用件でしょうか?」

受付:「魔法の適性を測りたいんですね。」


(帳簿を開きながら微笑む。)


受付:「初回の適性検査でしたら、無料で受けられます。」


マサムネ:「おっ。」


マサムネ:「無料か。」


受付:「はい。魔法の才能を知ることは、この国では大切なことですから。」


マサムネ:「助かる。」


受付:「では、お名前をお願いします。」


マサムネ:「マサムネ。」


受付:「マサムネ様ですね。」


(さらさらと名前を書き込む。)


受付:「それでは、こちらへどうぞ。」


(奥の白い部屋へ案内する。)


部屋の中央には、透明な水晶球が台座の上に静かに置かれていた。


受付:「検査は簡単です。」


受付:「この水晶球に手を添えていただくだけで、魔力の有無や適性の傾向を確認できます。」


マサムネ:「手を置くだけか。」


受付:「ええ。」


受付:「力を入れる必要も、魔法を知っている必要もありません。」

受付:「それでは、手を添えてください。」


マサムネ:「こうか。」


(右手を水晶へそっと乗せる。)


――……


透明だった水晶が、ゆっくりと淡い青色へ染まっていく。


受付:「……。」


(横の測定板に文字が浮かび上がる。)



---


属性:水魔法


適正レベル:Lv.1



---


マサムネ:「……。」


受付:「判定が出ました。」


マサムネ:「水か。」


受付:「はい、水属性への適性があります。」


マサムネ:「でも……。」


(測定板を見つめる。)


マサムネ:「Lv.1か。」


受付:「決して『使えない』という意味ではありません。」


受付:「ただ、現時点では素質はごく小さい、という判定です。」


マサムネ:「なるほどな。」


(苦笑する。)


マサムネ:「俺はやっぱり剣のほうが向いてるらしい。」

受付:「一応。」


(受付は案内図を取り出す。)


受付:「出たところに魔法書店がありますので、行ってみてはどうでしょうか?」


マサムネ:「魔法書店?」


受付:「はい。」


受付:「初心者向けの魔法書はもちろん、使い捨ての魔法も扱っています。」


マサムネ:「使い捨て?」


受付:「一度だけ発動するように加工された魔法です。」


受付:「こちらは魔法適性は関係ありません。」


マサムネ:「へぇ。」


受付:「旅人の方には人気ですよ。」


受付:「照明、水の生成、簡単な結界、発火など、護身や生活に便利なものもあります。」


マサムネ:「それはちょっと気になるな。」


受付:「本格的な魔法使いには及びませんが、旅のお供には十分役立つと思います。」


マサムネ:「ありがとな。」


受付:「どういたしまして。また何かありましたら、お気軽にお越しください。」


マサムネ:「さて……。」


(管理局を出ながら。)


マサムネ:「剣一本で十分だと思ってたが……。」


マサムネ:「便利なもんは便利なもんだし、一回見てみるか。」(マサムネが魔導管理局を出た、その瞬間。)


ビィー!! ビィー!!


街中に甲高い警報が鳴り響く。


『緊急事態。緊急事態。』


『外出している人は速やかに屋内へ避難してください。』


『近くのマジカルナ戦闘公務員は、直ちに出動を要請します。』


(さっきまで賑わっていた大通りが、一気に騒然となる。)


町人A:「またなの!?」


町人B:「急げ!シャッターを閉めろ!」


子ども:「お母さん!」


母親:「こっちよ、早く!」


(ローブ姿の魔導師たちが、杖を片手に街の外門へ向かって駆け出していく。)


マサムネ:「……。」


(静かに周囲を見渡す。)


マサムネ:「大魔法都市で緊急警報か。」


(逃げ惑う人々とは逆方向へ視線を向ける。)


マサムネ:「何が来た。」


(腰の六房へ、自然と手が伸びた。)マサムネ:「巻き込まれやすい性格なもんで!」


(そう言うと、周囲を一瞥する。)


マサムネ:「桂馬。」


トンッ。


人の頭上を越えるように、一気に跳躍。


近くの家の屋根へ軽やかに着地する。


タン。


瓦が小さく鳴る。


マサムネ:「よし。」


(屋根の上から街全体を見渡す。)


マサムネ:「ここなら見渡せる。」


(警報はまだ鳴り続けている。)


ビィー! ビィー!


遠方では、魔導師たちが一点へ向かって集結していた。


マサムネ:「……あっちか。」


(目を細める。)


マサムネ:「さて、何が出てきた。」

(屋根の上から街門の方角を見据える。)


砂煙の向こう。


黒い甲冑をまとった騎士が、悠然と立っている。


首は見当たらず、その脇には禍々しい大剣。


周囲では魔導師たちが距離を取り、包囲陣を築き始めていた。


マサムネ:「あれは……。」


(目を細める。)


マサムネ:「魔王軍の一人。」


マサムネ:「暗黒のデュラハンか…」


(腰の六房へ視線を落とすが、まだ抜かない。)


マサムネ:「関係はないが……。」


(口元に笑みが浮かぶ。)


マサムネ:「敵としてはいいな!」


その瞬間。


魔導管理局の戦闘公務員が屋根の下から叫ぶ。


戦闘公務員:「一般人は避難してください!」


戦闘公務員:「あれは魔王軍幹部の四天王です!」


マサムネ:「一般人、ね。」


(肩を軽く鳴らす。)


マサムネ:「間違っちゃいねぇ。」


マサムネ:「でも、強いやつを前にして引き返す趣味もない。」


(屋根の上で静かに構え、デュラハンの一挙手一投足を観察し始めた。)


(屋根の上で腕を組み、戦場を見下ろす。)


マサムネ:「ふむ……。」


(デュラハンの構えをじっと観察する。)


マサムネ:「やっぱり兵の剣士だな。」


(無駄な動きがない。


一歩一歩が重く、歴戦の戦士らしい立ち姿だった。)


マサムネ:「首がないってことは……。」


(少し首をかしげる。)


マサムネ:「どうやったら死ぬんだ?」


(顎に手を当てる。)


マサムネ:「あいつが降参って言うわけないしな……。」


(まだ動かない。)


マサムネは剣を抜くより先に、相手を知ることを選んだ。


マサムネ:「まずは見極める。」


マサムネ:「強い相手ほど、焦って飛び込むと痛い目を見るからな。」


(そのまま屋根の上から、魔導師たちとデュラハンの戦いの行方を静かに見守る。)


(屋根の上。)


ドゴォン!!


黒い斬撃が地面をえぐり、魔導師たちが一斉に後退する。


マサムネ:「……。」


(目を細める。)


マサムネ:「あれ、押されてね?」


(屋根の端まで歩き、耳を澄ます。)


下では、鎧姿の戦闘公務員たちが慌ただしく指示を飛ばしていた。


戦闘公務員A:「くっそ!」


戦闘公務員A:「今日に限ってナナマグル様がいないんだよ!」


戦闘公務員B:「来てくれるまで時間稼ぎするぞ!」


戦闘公務員A:「結界班! 前へ!」


戦闘公務員B:「前衛は下がるな!」


マサムネ:「……なるほど。」


(状況を整理する。)


マサムネ:「あいつらでも正面からは押し切れない。」


マサムネ:「で、切り札のナナマグルってやつが戻るまで耐える作戦か。」


(六房の柄に軽く手を添える。)


マサムネ:「時間稼ぎってのは、一番しんどい役回りなんだよな。」


マサムネ:「桂馬。」


トンッ。


屋根から屋根へ。


タンッ。


さらにもう一軒。


トッ。


まるで将棋盤を渡るように、一定のリズムで飛び移る。


町人:「な、何だあの剣士……!」


魔導師:「屋根の上を……!?」


マサムネ:「悪いな。」


マサムネ:「地上は混みすぎだ。」


最後の一跳び。


トンッ!!


町の正門、その石造りの門楼へ着地する。


高所から戦場を見下ろす。


マサムネ:「……。」


眼下では、戦闘公務員たちが必死に結界を維持し、ドゥラハンはそれを力任せに押し崩そうとしていた。


結界魔導師:「結界、あと三十秒しか保たない!」


前衛:「下がるな! 時間を稼げ!」


ドゥラハンは無言。


ただ巨大な剣を肩に担ぎ、一歩、また一歩と前へ進んでいる。


マサムネ:「見れば見るほど……。」


(口元がわずかに上がる。)


マサムネ:「剣士同士、って感じだな。」


マサムネ:「そういや……。」


(さっき管理局で聞いた説明を思い出す。)


マサムネ:「水魔法ってやつ、一個だけ教えてもらってたな。」


(右手を前へ向ける。)


マサムネ:「水鉄砲!」


……。


一拍遅れて。


ピュッ。


指先から細い水流が飛び出した。


勢いは弱く、せいぜい小鳥を驚かせる程度。


マサムネ:「……。」


もう一度。


ピュッ。


今度は少しだけ遠くまで飛ぶが、それでも威力はほとんどない。


マサムネ:「Lv.1ってこういうことか。」


(苦笑する。)


マサムネ:「飲み水には困らなさそうだけどな。」


その水流は門の石壁に当たり、小さく弾けた。


戦闘公務員の一人が気づき、見上げる。


戦闘公務員:「え……今、水魔法?」


マサムネ:「練習中。」


戦闘公務員:「こんな状況で!?」


マサムネ:「確認しときたかっただけだ。」


(手を軽く払う。)


マサムネ:「やっぱり俺は、魔法より剣の方が性に合ってるな。」

……。


一瞬だった。


戦場の喧騒が、ほんのわずかに遠のいたように感じる。


マサムネ:「……?」


デュラハンは首を持たない。


それなのに――


黒い兜が、ゆっくりと門の上を向く。


まるで「視線」があるかのように。


その気配だけが、真っすぐマサムネを捉えた。


マサムネ:「……。」


(背筋に、ぞくりとしたものが走る。)


マサムネ:「今……。」


マサムネ:「見られたか。」


下で戦っていた公務員も異変に気づく。


戦闘公務員:「まずい!」


戦闘公務員:「あいつの標的が変わった!」


魔導師:「門楼の剣士さん! 逃げてください!」


デュラハンはゆっくりと大剣を持ち上げる。


その切っ先は、正確にマサムネのいる門の上を向いていた。


マサムネ:「……は。」


(六房の柄に手を添え、小さく笑う。)


マサムネ:「こっち見んなよ。」


マサムネ:「俺、まだ見学のつもりだったんだけどな。」


ドスン!


マサムネは門楼から飛び降りる。


土煙がふわりと舞い、着地の衝撃が地面に響く。


戦闘公務員:「なっ!? 降りた!」


魔導師:「何を考えてるんですか!」


マサムネ:「いや。」


(立ち上がり、服の砂を払う。)


マサムネ:「あんなところにいたら門が壊れる。」


マサムネ:「それに。」


(デュラハンを真正面から見据える。)


マサムネ:「見られた以上、上にいる意味もねぇ。」


戦闘公務員:「一般人は下がってください!」


マサムネ:「一般人だよ。」


(腰の六房に手を添えるが、まだ抜かない。)


マサムネ:「ただ、剣士なだけでな。」


デュラハンは無言のまま、一歩。


重い足音とともに、マサムネとの距離を縮め始めた。


マサムネ:「これ以上は周りに迷惑がかかる。」


(ゆっくりと六房の柄を握る。)


マサムネ:「領域展開。」


空気が一変する。


地面に薄い光の線が走り、戦場の周囲へ広がっていく。


マサムネ:「――ワン・ブイ・ワン。」


キィン……。


透明な境界が形成される。


次の瞬間、マサムネとデュラハンの周囲だけが切り離された。


外側では、人々も建物もそのままなのに、二人の間だけが静まり返る。


戦闘公務員:「な、何だあれ……!」


魔導師:「隔離領域……!? しかも都市への被害を遮断している!」


マサムネ:「これで余計な巻き添えはない。」


(六房をわずかに抜く。)


マサムネ:「さあ。」


マサムネ:「剣士同士、やろうか。」


デュラハンは無言のまま大剣を構え、黒い甲冑から重い殺気だけを滲ませた。


(静寂に包まれた領域内。)


マサムネ:(まずは様子見か……。)


(六房は半ばまでしか抜かない。)


マサムネ:(相手と会話ができるかどうかだな。)


(デュラハンをじっと見据える。)


マサムネ:(それで戦法は大きく変わる。)


(小さく息を吸う。)


マサムネ:「おい。」


マサムネ:「聞こえてるか?」


(返事を待つ。)


マサムネ:「言葉が通じるなら、少し話をしたい。」


マサムネ:「……無理なら。」


(六房の柄を握り直す。)


マサムネ:「剣で語るしかない。」


マサムネ:「まずは様子見……。」


(静かに腰を落とす。)


マサムネ:「香車!」


ダンッ!!


一直線。


横にも逸れず、迷いもなく、デュラハンへ向かって駆ける。


その軌道は一本の線。


途中で斬り込むこともなく、ただ間合いを測るためだけの突進。


デュラハン:「……。」


大剣がゆっくりと持ち上がる。


ガキィィン!!


マサムネの一閃を、デュラハンは真正面から受け止めた。


火花が散る。


マサムネ:(……重い。)


(腕に伝わる衝撃を逃がしながら、すぐに後方へ飛び退く。)


マサムネ:(力任せじゃない。)


マサムネ:(受け方も剣士そのものだ。)


デュラハンは追撃せず、ただ静かに大剣を構え直す。


マサムネ:(追わない……。)


マサムネ:(となると、やっぱり様子見は向こうも同じか。)


マサムネ:(一撃に全てを乗せないタイプだな。)


(距離を取り、呼吸を整える。)


マサムネ:(受けてから返す。)


マサムネ:(焦って勝負を決めようとはしてこない。)


(デュラハンの足運びを目で追う。)


マサムネ:(……明らかに経験を積んでる剣筋だ。)


マサムネ:(無駄がねぇ。)


(口元がわずかに上がる。)


マサムネ:(面白い。)


(六房の鍔を親指で軽く押す。)


マサムネ:(正面から力比べする相手じゃない。)


マサムネ:(なら。)


マサムネ:(スピードで翻弄するのが吉か。)


(重心を低くし、いつでも踏み出せる姿勢を取る。)


マサムネ:「さて……。」


マサムネ:「次は、こっちの土俵で付き合ってもらう。」


(マサムネは六房の柄に添えていた手を止める。)


マサムネ:「六房。」


(小さく呟く。)


マサムネ:「お前の剣は抜かない。」


(柄から少し力を抜き、鞘ごと腰から外す。)


マサムネ:「鞘だけで戦ってやんよ。」


コトッ。


鞘を軽く握り直し、肩に担ぐ。


六房の刃は、鞘の中で静かに眠ったままだ。


デュラハン:「……。」


無言。


だが、その甲冑から放たれる圧はわずかに強まる。


マサムネ:「人相手じゃなくてもな。」


マサムネ:「相手が剣士なら、まずは剣士として勝負したい。」


(鞘を正眼に構える。)


マサムネ:「本気を出すかどうかは――」


マサムネ:「お前次第だ。」


デュラハン:「……。」


(無言のまま、大剣を地面へ突き立てる。)


ゴォォ……。


足元に、黒紫色の魔法陣が静かに展開される。


戦場の空気が一気に重くなる。


マサムネ:「……魔法か。」


魔法陣はゆっくりと回転し、中央から黒い霧が噴き出した。


ヒヒィィィン!!


低く、不気味ないななき。


霧を突き破るように、一頭の漆黒の馬が姿を現す。


全身を黒い甲冑で覆い、瞳には赤い光。


蹄が地を踏むたび、黒い火花が散る。


マサムネ:「……なるほど。」


(目を細める。)


マサムネ:「それで『騎士』が完成するってわけか。」


デュラハンは一切の無駄なく馬へ跨る。


ドスッ。


大剣を片手で構えたまま、黒馬の鼻息が白く漏れる。


マサムネ:「……。」


(鞘を握る手に少し力が入る。)


マサムネ:「最初から本気じゃなかったのは、お互い様か。」


黒馬が前足で地面を掻く。


次の瞬間にも、突撃できる体勢だった。


ヒヒィィィン!!


黒馬が咆哮にも似たいななきを上げる。


次の瞬間――


ドォンッ!!


地面を砕く勢いで前足を踏み込み、一気に駆け出した。


戦闘公務員:「来るぞ!!」


だが、その声は領域の外。


領域内には、蹄の轟音だけが響く。


ドドドドドッ!!


黒馬の速度は尋常ではない。


一瞬で間合いを半分以上詰める。


馬上のデュラハンは微動だにせず、大剣だけをゆっくりと振り上げる。


マサムネ:「速ぇ……!」


(しかし、目は逸らさない。)


マサムネ:(馬の速さじゃない。)


マサムネ:(乗り手と馬の呼吸が完全に一致してる。)


マサムネ:(突撃の軌道は一直線――。)


(鞘を低く構え、重心を落とす。)


マサムネ:「来い。」


黒馬はなおも加速する。


あと十歩。


五歩。


三歩。


そして、大剣がマサムネの頭上へ振り下ろされようとしていた。


マサムネ:「――成飛車。」


その一言で、動きが変わる。


一直線に駆ける「飛車」の速さはそのままに。


「成り」によって、直線だけでは終わらない。


ギュンッ!!


大剣が振り下ろされる寸前――


マサムネの姿が軌道から消えた。


デュラハンの一撃は地面を深く裂く。


ズガァァン!!


しかし、そこにマサムネはいない。


黒馬の側面。


さらにその背後。


成飛車となった動きは、一直線の突破から一転し、近接で自在に位置を変える。


マサムネ:「もらった!」


ガンッ!!


抜かずの六房、その鞘がデュラハンの脇腹の甲冑を強打する。


鈍い衝撃音が響き、デュラハンの体勢がわずかに揺れる。


マサムネ:(硬い……!)


マサムネ:(だが、効いてないわけじゃない。)


(すぐに距離を取り、再び構える。)


マサムネ:「馬ごと突っ込んでくるなら。」


マサムネ:「真正面には立たねぇ。」


デュラハンは静かに馬首を返し、再びマサムネへ向き直る。


その無言の圧は、先ほどよりも一段階重くなっていた。


マサムネ:「桂馬!」


タンッ!!


地面を強く蹴る。


直線ではない。


将棋の桂馬のように、相手の予測を飛び越える軌道で跳ぶ。


黒馬の正面を避け――


ヒュン!


一気に斜め前方へ。


デュラハンの大剣が空を薙ぐ。


ブォンッ!!


刃はマサムネをかすめることなく通り過ぎた。


マサムネ:「読まれても、届かなきゃ意味ねぇ。」


着地。


トンッ。


すぐさま重心を切り替え、次の一手へ備える。


デュラハンは黒馬を器用に旋回させる。


その動きは決して鈍くない。


マサムネ:(馬も乗り手も、一体になってやがる。)


マサムネ:(でも――。)


(鞘を肩へ軽く担ぐ。)


マサムネ:(速さ勝負なら、まだ俺にも分がある。)


二人は再び間合いを取り、次の一手を探り合った。


マサムネ:「2回目はなさそうだな……。」


(ドゥラハンの視線と黒馬の足運びを見切る。)


マサムネ:「なら。」


鞘を握る手に力が入る。


マサムネ:「香車!」


ダンッ!!


一直線の踏み込み。


ドゥラハンは即座に迎え撃つように大剣を振るう。


――だが。


マサムネ:「弐連!」


ドンッ!!


一度止まることなく、さらにもう一段加速。


最初の踏み込みを囮にした、二段目の直進。


デュラハンの剣は一撃目の軌道を読んで振るわれていたため、二撃目の加速にわずかなズレが生じる。


ゴッ!!


六房の鞘が黒馬の胸甲を強打する。


黒馬:「ヒヒィィン!!」


前脚が一瞬浮き、体勢が崩れる。


マサムネ:(狙いは馬。)


(そのまま深追いせず、一気に後方へ離脱。)


ザッ。


マサムネ:「やっぱりだ。」


マサムネ:「お前自身より、馬との連携を崩した方が隙が生まれる。」


デュラハンは無言のまま黒馬を立て直す。


だが今度は、最初より慎重に距離を測り始めていた。


(間合いを広く取る。)


マサムネ:(……。)


(呼吸は乱れていない。


だが視線は一瞬たりともデュラハンから外さない。)


マサムネ:(一発当たったら死だな。)


(先ほど地面を両断した大剣の跡を見る。)


マサムネ:(あの威力をまともにもらう気はねぇ。)


(鞘を軽く回し、構え直す。)


マサムネ:(もう少し相手の癖を読み取るが吉。)


(黒馬の動きも観察する。)


マサムネ:(……剣を振る前に、馬の前脚に力が入る。)


マサムネ:(旋回は右より左が少し速い。)


マサムネ:(それと。)


デュラハンが大剣を構える。


マサムネ:(攻撃の前に、ほんの一瞬だけ肩が沈む。)


マサムネ:(小せぇ癖だが……。)


(口元がわずかに上がる。)


マサムネ:(見えてきた。)


マサムネ:「さて。」


(鞘を正面へ向ける。)


マサムネ:「次は、俺がお前を読む番だ。」


ヒヒィィィン!!


黒馬が再び地を蹴る。


ドドドドドッ!!


先ほどと同じ突撃――


そう見えた。


マサムネ:(……いや。)


(目が鋭くなる。)


マサムネ:(違う。)


黒馬は途中でわずかに進路を変える。


右へ振ると見せかけ、


ギュッ!


今度は左へ切り返す。


さらに。


デュラハンの大剣も、振り上げる動作を見せたかと思えば途中で止める。


完全なフェイント。


マサムネ:(なるほど。)


(微動だにしない。)


マサムネ:(さっきの動きを学習したか。)


黒馬はなおも左右へ揺さぶりをかける。


蹄の音が不規則になり、突撃の軌道が読みにくい。


ドドッ……ドンッ!


マサムネ:(焦らせる気だな。)


(鞘を下げたまま、相手だけを見続ける。)


マサムネ:(剣じゃない。)


マサムネ:(本命は馬だ。)


(黒馬の肩、前脚、体重移動を追う。)


マサムネ:(フェイントをかけても、踏み込む瞬間だけは隠せねぇ。)


その一瞬。


黒馬の前脚に、確かな力が乗った。


マサムネ:「きた。」


(黒馬の前脚が地を強く踏み込む。)


マサムネ:(そこだ。)


(息を吸い、静かに呟く。)


マサムネ:「使うしかないな。」


(重心を極限まで低く落とす。)


マサムネ:「――成歩兵。」


トン。


先ほどまでの豪快な踏み込みとは違う。


歩兵のような、小さく確実な一歩。


だが「成り」によって、その一歩は守りと攻めを同時に備えた動きへ変わる。


デュラハンの大剣が横薙ぎに走る。


ブォォン!!


マサムネは紙一重で踏み込み、刃の内側へ滑り込んだ。


「避ける」のではない。


相手の懐へ、最短で入る。


マサムネ:「そこだ!」


ゴンッ!!


六房の鞘が、デュラハンの手甲を打ち据える。


大剣の軌道がわずかにぶれた。


マサムネはさらに一歩。


黒馬の首筋へ回り込み、間合いを外す。


ザッ!


距離を取る。


マサムネ:(よし。)


マサムネ:(やっぱりフェイントの後、本命の踏み込みだけは隠せねぇ。)


(鞘を構え直す。)


マサムネ:(少しずつだが、読めてきた。)


(領域の外。)


透明な境界越しに、激しい攻防だけが見えている。


町人A:「お、おいおい……。」


町人A:「あれ大丈夫なのかよ……。」


町人B:「あの剣士、公務員じゃないよな?」


魔導師:「ええ……登録されている戦闘公務員ではありません。」


戦闘公務員:「それどころか、さっきまで適性検査を受けに来てた旅人だ。」


町人B:「はぁ!?」


町人A:「魔王軍幹部の四天王と一対一でやり合ってるってのか……?」


魔導師:「しかも……。」


(領域を見つめる。)


魔導師:「あの領域のおかげで、こちらには衝撃が一切伝わっていません。」


戦闘公務員:「街を守るために展開したのか……。」


町人A:「あいつ、何者なんだよ……。」


(誰も領域へ近づけないまま、中の戦いを固唾をのんで見守っていた。)


(領域内。)


マサムネは一定の距離を保ったまま、呼吸を整える。


額にはうっすらと汗。


だが視線は鋭いままだ。


マサムネ:「よし。」


(鞘を肩に乗せる。)


マサムネ:「疲れてきたんじゃないか?」


デュラハンは答えない。


黒馬だけが低く鼻を鳴らす。


マサムネ:「……。」


(口元に笑みを浮かべる。)


マサムネ:「そもそも疲れとかないか?」


(返事を待つ。)


デュラハンは依然として無言。


しかし、わずかに大剣を握る手の位置を変え、黒馬の足も踏み替える。


マサムネ:(……反応はある。)


マサムネ:(言葉は返さなくても、挑発は聞こえてるらしい。)


(静かに構えを取り直す。)


マサムネ:(喋らない相手でもいい。)


マサムネ:(動きは嘘をつかねぇ。)


(マサムネは間合いを保ったまま、頭の中で状況を整理する。)


マサムネ:(俺の能力――**『本将棋』**には限界がある。)


(呼吸を一つ。)


マサムネ:(対戦中に同時に扱える駒の数には上限がある。)


マサムネ:(俺が持てる駒と同じ数しか使えない。)


(視線はドゥラハンから逸らさない。)


マサムネ:(それと、『成』が絡むと話は少しややこしい。)


マサムネ:(成った駒は強力になる代わりに、次に使えるまでの時間が長くなる。)


マサムネ:(……そういう認識で大体合ってる。)


(鞘を握り直す。)


マサムネ:(ただ、使った駒は永遠に使えないわけじゃない。)


マサムネ:(一定時間で回復する。)


マサムネ:(そして将棋らしく――。)


(小さく笑う。)


マサムネ:(相手の駒を取れば、自分の戦力として使える。)


マサムネ:(もっとも、この世界じゃ本物の将棋じゃない。)


マサムネ:(相手との戦闘でどれだけ深く関与したか、どれだけ時間をかけたかで、クールダウンが短くなったりもする。)


(デュラハンを見据える。)


マサムネ:(だから焦る必要はない。)


マサムネ:(駒を無駄遣いせず、回復時間も計算に入れる。)


マサムネ:(長期戦なら長期戦で、盤面を作るだけだ。)


領域の空気が震える。


黒馬が低く唸り、前脚で地面を掻く。


デュラハンは無言のまま大剣を水平に構えた。


その構えは、これまでとは明らかに違う。


マサムネ:(……。)


マサムネ:(来る。)


次の瞬間。


ドォォォン!!


黒馬が爆発するような加速で駆け出す。


地面を抉り、一直線――かと思えば。


左右へ大きく蛇行し、さらに一瞬だけ姿勢を低くする。


フェイント。


そして本命。


その全てを一つにまとめた、禍々しい突撃。


マサムネ:(今までで一番速い……!)


デュラハンの黒い甲冑から、黒紫の魔力が噴き出す。


大剣は空気を裂きながら振り上げられた。


まるで――


この一撃で終わらせる。


そう語っているかのように。


外では、領域越しにその異様な圧を感じた者たちが息を呑む。


町人:「な、何だあの殺気……。」


戦闘公務員:「まずい……!」


魔導師:「あれは今までの攻撃とは違う!」


領域内。


マサムネは微動だにせず、デュラハンだけを見据える。


マサムネ:(最後のつもりか。)


(六房の鞘を静かに構え直す。)


マサムネ:「なら――。」


その場で一歩も退かず、迎え撃つ姿勢を取った。


マサムネ:「――成角行。」


その一言で、空気が変わる。


成角行。


直線だけでも、跳躍だけでもない。


斜めの支配。


ギンッ!


デュラハンの大剣が振り下ろされる、その刹那。


マサムネの姿が斜めへと滑るように消えた。


ズガァァァン!!


大剣は地面を砕き、石畳を大きく抉る。


しかし。


そこにマサムネはいない。


マサムネ:「こっちだ。」


斜め後方。


さらにもう一歩。


成った角行は、一度の回避では終わらない。


斜めの軌道を維持したまま、死角へ潜り込む。


デュラハン:「……!」


黒馬が急停止しようとするが、突撃の勢いが強すぎる。


わずかに体勢が流れる。


マサムネ:(その一瞬。)


ゴォン!!


六房の鞘が、黒馬の胴の甲冑を強打する。


続けざまに。


ガンッ!


今度はデュラハンの籠手へ打ち込む。


マサムネは深追いせず、すぐに離脱。


ザッ!


再び間合いを取る。


マサムネ:(やっぱりだ。)


マサムネ:(あれだけの一撃なら、外した後の立て直しは遅れる。)


(鞘を構え直し、静かに息を整える。)


マサムネ:「本気で来るなら。」


マサムネ:「本気の隙も生まれる。」


(静かに息を吐く。)


マサムネ:「……。」


(六房を見つめる。)


マサムネ:「これで決めるか。」


(左手を柄へ添える。)


マサムネ:「六房。」


これまで一度も抜かれなかった妖刀。


柄に触れた瞬間、鞘の内側から微かな震えが伝わる。


まるで応えるように。


カタ……。


マサムネ:「少し世話になる。」


(親指で鍔を押す。)


――スゥッ。


刃がほんの数寸だけ姿を現す。


鈍く、それでいて深い銀色。


その瞬間。


領域全体の空気が張り詰めた。


外から見守っていた魔導師が思わず息を呑む。


魔導師:「……!」


戦闘公務員:「あの剣……。」


誰もが感じた。


今まで鞘だけで抑えられていたものが、わずかに解き放たれたことを。


マサムネは完全には抜かない。


必要最低限だけ刃を見せたまま、デュラハンへ向き直る。


マサムネ:「ここから先は。」


(静かに構える。)


マサムネ:「お前への礼儀だ。」


マサムネ:「あ。」


(外の気配に気付く。)


マサムネ:「見られたか。」


(小さく苦笑する。)


マサムネ:「……仕方ねぇ。」


(左手を静かに上げる。)


マサムネ:「外張(とばり)をおろす。」


――キィィン。


領域の外周を覆っていた透明な膜が、ゆっくりと白く霞んでいく。


次第に中の様子はぼやけ、


剣筋も、


足運びも、


六房の刃も、


外からは判別できなくなった。


町人:「あれ?」


町人:「見えなくなったぞ!」


魔導師:「視界遮断……。」


戦闘公務員:「外への情報を遮ったのか。」


魔導師:「街への影響はそのまま防ぎつつ、観戦だけを封じた……。」


領域の内側。


マサムネ:「これでいい。」


(六房へ視線を落とす。)


マサムネ:「外野に見せる剣じゃねぇ。」


デュラハンは無言。


だが、その大剣を再び静かに構え直す。


二人だけの空間。


最後の勝負が、誰にも見えない幕の内側で始まろうとしていた。


マサムネ:「六房は一般人が見るだけで正気を失っちまうからな。」


(刃をわずかに鞘へ戻す。)


マサムネ:「見せ物にするわけにはいかねぇ。」


(外張の向こうでは人々のざわめきだけが微かに聞こえる。)


マサムネ:「それはそうと。」


(重心を前へ。)


マサムネ:「香車!」


ダンッ!!


一直線。


迷いのない踏み込み。


しかし、今度は今までとは違う。


六房の刃がわずかに抜かれていることで、その直進には鋭い圧が加わる。


デュラハンも即座に迎え撃つ。


黒馬が前へ出る。


大剣が一直線に振り下ろされる。


ギィィン!!


刃と鞘がぶつかり合い、火花が散る。


マサムネ:(重い……。)


(だが押し負けない。)


マサムネ:(狙いは剣じゃない。)


一瞬だけ大剣を受け流し、そのまま身体を半歩ずらす。


デュラハンの懐へ滑り込む。


ゴッ!!


六房の鞘が胸甲を打つ。


同時に、わずかに抜かれた刃が甲冑の表面をかすめる。


深くは斬らない。


あくまで最小限。


デュラハン:「……!」


これまで無言だった黒い騎士が、初めてわずかに動揺したように体勢を崩した。


マサムネ:(届いた。)


(すぐに間合いを切る。)


マサムネ:「次で決める。」


マサムネは深く息を吸う。


静かに六房を構え、その足はぶれない。


マサムネ:「俺の秘伝の技。」


一歩。


マサムネ:「お前も埴輪の参列に並べさせてやるよ。」


将棋の駒を打つように、言葉が重なる。


マサムネ:「銀将!」


ザッ!


鋭く間合いを詰める。


続けて。


マサムネ:「金将!」


ドンッ!


攻めと守りが一体となった構えへ移り変わる。


デュラハンも黒馬とともに迎え撃つ。


大剣が振り下ろされる――。


その瞬間。


マサムネ:「(あわ)せて……。」


(六房を静かに引く。)


マサムネ:「――金剛力士像!」


ゴォォン!!


銀将の鋭さ。


金将の堅実さ。


二つが一つとなり、真正面から激突する。


領域全体が震え、


衝撃は外へ一切漏れず、内側だけを揺らした。


デュラハンの大剣は受け止められ、


マサムネの一撃はそのまま甲冑の中心へ叩き込まれる。


ガァァン!!


重い金属音。


黒馬が大きくいななき、後方へ数歩たたらを踏む。


デュラハンも初めて大きく体勢を崩し、片膝をついた。


マサムネは追撃せず、静かに間合いを取る。


マサムネ:「……。」


マサムネ:「まだ立つか。」


領域の中には再び静寂が訪れた。


決着は、あと一手の距離まで迫っていた。


マサムネ:「見様見真似……。」


(六房を静かに構える。)


マサムネ:「CONTROL・亜式。」


正規の型ではない。


誰かの技を戦いの中で見切り、自分の剣技へ無理やり組み込んだ即興の応用。


完璧ではない。


だが、十分に実戦級。


デュラハン:「……!」


黒馬が再び前足を上げる。


マサムネ:「からの……。」


一歩。


その一歩が――


消えた。


マサムネ:「縮地!」


バッ!!


距離という概念を置き去りにしたような踏み込み。


先ほどまで十数歩あった間合いが、一瞬でゼロになる。


デュラハンの兜がわずかに揺れる。


初めて完全に反応が遅れた。


マサムネ:「遅い。」


ギィン!!


六房の鞘が大剣を外へ弾き、


抜きかけた刃が、その隙間へ滑り込む。


刃は急所を狙わない。


甲冑の継ぎ目。


最も防御が薄い一点だけを狙っていた。


キィィィン!!


鋭い金属音が領域に響く。


デュラハンは一歩、二歩と後退し、黒馬も主を守るように身を引く。


マサムネ:(……入った。)


マサムネ:(今ので鎧の癖も分かった。)


(六房を静かに鞘へ戻す。)


マサムネ:「次は、本当に終わりだ。」


ドゥラハンは静かに黒馬から降りた。


カラン。


手綱を離す。


黒馬はその場を動かず、主の背を見送る。


マサムネ:「……。」


マサムネ:「馬を降りるか。」


ドゥラハンは両手で大剣を握る。


黒い魔力が剣身へ収束していく。


地面が軋み、領域そのものが震え始めた。


マサムネ:(これが……。)


マサムネ:(捨身の一撃。)


逃げるつもりはない。


避けるつもりもない。


ドゥラハン:「――!」


言葉なき咆哮とともに、大剣が振り上げられる。


マサムネは静かに六房を構えた。


マサムネ:「剣士なら。」


(正面から一歩踏み出す。)


マサムネ:「向かい撃つのが礼儀か。」


一瞬。


二人の間に、不思議な静けさが流れる。


マサムネ:「おいおい……。」


(口元だけが少し笑う。)


マサムネ:「舐めプなんて言うなよ?」


マサムネ:「これは敬意だ。」


ドォォォン!!


二人の剣士が、真正面から激突した。


激突――


その瞬間。


ギィィィィン!!


六房と大剣が真正面からぶつかる。


火花が散り、衝撃が領域を震わせる。


デュラハン:「……!」


マサムネ:「……。」


ほんの一瞬だけ、力比べ。


そして。


マサムネ:「――と。」


(口元がわずかに上がる。)


マサムネ:「馬鹿正直にやっても負けるから……。」


大剣に押される。


……ように見せた。


マサムネ:「すこし、仕込ませてもらった。」


その瞬間。


タンッ!!


マサムネ:「桂馬。」


真正面からぶつかった勢いを利用し、斜めへ飛び退く。


大剣は空を切る。


デュラハンが追おうとした、その時。


マサムネ:「からの……。」


着地と同時に重心を反転。


マサムネ:「成銀将!」


ギュンッ!!


銀将の鋭い変化に、「成り」の柔軟さが加わる。


斜めから回り込んだはずのマサムネが、一瞬で正面へ戻る。


デュラハンの視界から完全に消えたわけではない。


だが、剣筋の読みだけを外すには十分だった。


ガァン!!


六房の鞘が大剣の柄元を強打する。


握りがわずかに緩む。


その隙に。


抜きかけた六房の刃先が、デュラハンの喉元――本来なら首があるはずの場所へ静かに添えられた。


マサムネ:「……。」


(息を整えながら。)


マサムネ:「首は無くても。」


マサムネ:「剣士の急所は、そこじゃない。」


その一言とともに、六房の切っ先は微動だにせず、デュラハンの次の一手を封じていた。


マサムネ:「……と、言ったって。」


(六房をゆっくりと引く。)


マサムネ:「聞いてないか?」


デュラハンは何も答えない。


答えることは、最後までなかった。


カラン……。


胸甲に一本の亀裂が走る。


続いて。


ガラ……。


肩当てが外れ、


腕甲が落ち、


腰の甲冑も力を失ったように崩れていく。


ガラガラガラッ――。


黒い鎧は、まるで役目を終えた器のように地面へ散らばった。


その中心には。


もう、立つ者はいない。


マサムネ:「……。」


(静かに六房を鞘へ納める。)


カチッ。


マサムネ:「最後まで名乗りもしなかったな。」


(崩れた鎧へ一礼する。)


マサムネ:「いい勝負だった。」


その瞬間。


パリン。


領域「ワン・ブイ・ワン」が音もなく砕け、外張も同時に消え去る。


外にいた人々の視界が戻る。


戦闘公務員:「……終わった。」


魔導師:「デュラハンが……。」


町人:「勝った……?」


誰もが、ただ呆然と立ち尽くす。


マサムネは周囲の視線など気にせず、肩を軽く回した。


マサムネ:「……疲れた。」


(小さく息を吐く。)


マサムネ:「今日はもう、道場破りも無しだな。」


(領域が消えた瞬間。)


町中の視線が、一斉にマサムネへ集まる。


町人:「あいつだ!」


魔導師:「デュラハンを倒した剣士!」


戦闘公務員:「君、待ってくれ! 事情を――」


マサムネ:「……あ。」


(頬をかく。)


マサムネ:「まずいな。」


(このままでは質問攻め、事情聴取、英雄扱い……面倒な未来が目に浮かぶ。)


マサムネ:「消えるか。」


(静かに腰を落とす。)


マサムネ:「香車・本道!」


ダンッ!!


空気が弾ける。


ただ一直線。


香車の極致。


人の目では追い切れない速度で、一本の矢のように駆け抜ける。


バシュッ!!


土煙だけが残り、


次の瞬間には、そこにマサムネの姿はなかった。


町人A:「……え?」


町人B:「き、消えた!?」


戦闘公務員:「違う!」


戦闘公務員:「速すぎて見えなかっただけだ!」


魔導師:「あの速度……。」


魔導師:「まるで一筋の流星でしたね。」


一方その頃――。


街道を疾走するマサムネ。


マサムネ:「はぁ……。」


マサムネ:「英雄なんて柄じゃねぇ。」


(苦笑しながら速度を落とす。)


マサムネ:「さて。」


マサムネ:「次は、どこへ行くかね。」


(街道を駆けていた足が、ぴたりと止まる。)


マサムネ:「……。」


数秒の沈黙。


マサムネ:「あ。」


(目をぱちぱちさせる。)


マサムネ:「宿に荷物置いてきちまった。」


(頭を抱える。)


マサムネ:「……やっちまった。」


(さっきまでの全力疾走が頭をよぎる。)


マサムネ:「あのまま勢いで出てきたからな。」


(ため息をつく。)


マサムネ:「大丈夫かな……。」


(少し考える。)


マサムネ:「いや。」


マサムネ:「宿の親父さんなら勝手に捨てたりはしねぇか。」


(腕を組む。)


マサムネ:「でも今戻ったら……。」


(街の方をちらりと見る。)


マサムネ:「『デュラハンを倒した剣士だ!』って囲まれる未来しか見えねぇ。」


(苦笑。)


マサムネ:「……夜まで待つか。」


(空を見上げる。)


マサムネ:「それなら、こっそり荷物だけ回収できるだろ。」


マサムネ:「……いや。」


(少し考え込む。)


マサムネ:「逆か?」


(街の方へ視線を向ける。)


マサムネ:「時間をかけるほど人が増えるんじゃねえか?」


(腕を組み、小さくうなる。)


マサムネ:「今ならまだ『謎の剣士がいた』で済んでるかもしれねぇ。」


マサムネ:「でも夜まで待ったら。」


(想像する。)


マサムネ:「目撃者が十人、百人。」


マサムネ:「公務員の報告。」


マサムネ:「宿屋への聞き込み。」


(肩を落とす。)


マサムネ:「……あー。」


マサムネ:「マスコミは普通の剣士よりしぶといからな……。」


(苦笑する。)


マサムネ:「魔物より逃げ切るのが難しい相手もいる。」


(六房を軽く叩く。)


マサムネ:「よし。」


マサムネ:「荷物だけ回収して、とっとと別の門から出る。」


マサムネ:「話を聞かれる前に消える。」


(踵を返し、再びマジカルナへ向かって走り始めた。)


(マジカルナの外壁沿い。)


マサムネは建物の影から影へと移動する。


物陰に身を潜め、広場の様子をうかがう。


マサムネ:「よし。」


(小さく頷く。)


マサムネ:「近くまではこれで来れたが……。」


(広場を見渡す。)


そこには予想以上の人だかり。


戦闘公務員が規制線を張り、魔導師が現場検証をしている。


さらに、興味本位の野次馬まで集まっていた。


町人:「どんな剣士だったんだ?」


魔導師:「黒髪だったらしい。」


別の町人:「いや、もっと若かったって聞いたぞ。」


宿屋の主人らしき人物も、公務員に何かを話している。


マサムネ:「……。」


(額を押さえる。)


マサムネ:「予想通り、人が多いな……。」


(ため息。)


マサムネ:「特定早すぎるんだろ。」


(宿の方角をちらりと見る。)


マサムネ:「あの親父さん、余計なこと喋ってなきゃいいが。」


(少し笑う。)


マサムネ:「さて。」


マサムネ:「荷物だけ取って消える。」


マサムネ:「それが今日一番難しい戦いになりそうだ。」


(路地裏。)


マサムネ:「休めねぇな……。」


(頭をかきながら周囲を見回す。)


マサムネ:「……あ。」


(ふと何かを思いつく。)


マサムネ:「ちょいと変装して、『あっち行った』って証言すればいいか。」


(にやり、と笑う。)


マサムネ:「追跡は追跡でも、間違った方向にな。」


(すぐ近くの露店へ向かう。)


店主:「いらっしゃい!」


マサムネ:「適当に羽織れる服あるか?」


店主:「旅用ならいくらでも!」


――数分後。


マサムネ:「えっーと……。」


(大きめの外套を羽織り、頭には深めのフード。)


マサムネ:「服は買えた買えた。」


(鏡代わりの窓ガラスを見て。)


マサムネ:「……まぁ。」


マサムネ:「さっきの俺よりは別人だな。」


(フードをさらに深くかぶる。)


マサムネ:「あとは自然に歩いて、適当に『東門から出てった』とか言えば……。」


(肩をすくめる。)


マサムネ:「剣で勝つより、こういう方が神経使うんだよな。」


(マサムネは外套のフードを深くかぶり、人混みへ自然に紛れ込む。)


マサムネ:「へいへい!」


(少し大きめの声を出す。)


マサムネ:「あんたら!」


公務員:「ん?」


マサムネ:「謎の剣士を探してるみたいだなぁ!?」


戦闘公務員:「何か見たのか!」


マサムネ:「あの人なら、あっちに行ったぜ!」


(街の反対側を指さす。)


マサムネ:「早すぎで見えなかったけどな!」


町人:「やっぱりまだ街にいたのか!」


戦闘公務員:「東地区か!」


別の公務員:「急げ!」


バタバタバタッ!


数人の公務員が、一斉に指された方向へ駆け出す。


野次馬たちもつられて動き始めた。


マサムネ:「……。」


(騒ぎがそちらへ流れていくのを確認する。)


マサムネ:(よし。)


マサムネ:(半分は本当だ。)


マサムネ:("あっち"には、さっきまでいたからな。)


(口元だけで苦笑し、誰にも気づかれないよう静かに宿の方向へ歩き出した。)


(宿へ向かう路地。)


人混みから少し離れたところで。


一人の赤髪の女が、壁にもたれながら腕を組んでいた。


赤髪の女:「ねぇ、あなた。」


マサムネ:「……。」


(足は止めない。)


赤髪の女:「あなたが謎の剣士でしょ?」


その言葉で、マサムネは一歩だけ止まる。


フードの影から、相手を静かに見る。


マサムネ:「……人違いじゃないか。」


赤髪の女:「ふふ。」


赤髪の女:「さっきの『東地区に行った』って誘導。」


赤髪の女:「あんなの、本人じゃなきゃ思いつかないわ。」


マサムネ:「……。」


赤髪の女:「安心しなさいよ。」


(両手を軽く上げる。)


赤髪の女:「私がマスコミに人を売る人に見える?」


マサムネ:「見た目じゃ判断しない主義なんでな。」


(六房には手を掛けない。)


マサムネ:「口では何とでも言える。」


赤髪の女:「警戒心、満点ね。」


マサムネ:「旅人はそれくらいでちょうどいい。」


(互いに数歩の距離を保ったまま、静かな沈黙が流れる。)


第1話〜第10話「マサムネの黙示録」

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