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ヒーローは遅れてやってくる

作者: 末摘
掲載日:2026/05/11

その日は体育の授業で、駅伝大会が行われる日だった。


私はあいつと同じグループだった。でも、本番当日になって彼は休んだ。


想定の範囲内だ。もともと体調を崩しやすいタイプだったから。


「休みの人の分は走らなくて大丈夫。ただ、その場合は順位はつかないから」


先生のその一言で、グループの空気が少し沈んだ。

駅伝なんて面倒だと思っていたけれど、それでも私たちは何週間もこのメンバーで練習してきたのだ。


「よーい、スタート!」


ついに大会が始まる。

第1走者は、グループでいちばん足の速い男子だった。


「がんばれー!!」


どうせ記録は無効になるのに、それでも必死に応援した。

その声が届いたのか、彼は1位で襷を繋いでくれた。


第2走者も意地で1位をキープする。


そして第3走者の私。

走る準備をしながら、心臓がばくばくと音を立てていた。


どうしよう。私、全然足速くないのに。


プレッシャーが重くのしかかる。

緊張で手も足も震える中、グループの男子がダントツの1位でこちらへ駆け込んできた。


(やらなきゃ)


この1位が無効になったとしても。

私の次に襷を繋ぐはずだったあいつがいなくても。


私は全力で走らなきゃ。


襷を受け取った瞬間、人生でいちばん速く地面を蹴った。


同じグループの声援が聞こえる。


そのとき、不意に思い出した。

体育の時間、あいつと駅伝の練習をした日のこと。


『大丈夫でしょ。だって俺よりは体丈夫だし、足速いだろうし』


私が他の区間より少し距離の長い第3走者を任されたとき、あいつはそう言った。


たしかに、病気がちなあいつよりは体が丈夫だ。

でも、足は人並みだし、自信なんて全然ない。


それなのに。


他の人からのお世辞なんて聞き流せるのに、あいつの適当な一言だけは、深く信じてしまう。


それはきっと、私があいつを特別に思っているからだ。


足が軽くなる。


もう息は上がって苦しいのに、まだ走れる気がした。


後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。


まずい。

みんなが繋いでくれた襷を、1位のまま繋がなきゃ。


背後の走者に迫られながら、最後の直線に入る。

私はラストスパートをかけた。


あぁ、もし最後、この襷をあいつに繋げられたら。

あいつ、喜んでくれたのかな。


そんな“もしも”を考えた瞬間、あいつがいない現実を思い出して、心が弱くなりそうになる。


だめだ。ちゃんと前を向け。


自分を奮い立たせて顔を上げた、その時だった。


私は、ありえない光景を目にした。


本来なら1人しかいないはずのゴール地点に、2人の人影が立っていたのだ。


「え……?」


荒い呼吸の合間から、声が漏れる。


滲む視界の奥に、確かに2人いる。


1人は、私の後ろを走るグループの第4走者。


そして、もう1人は——


「がんばれ、諦めんな!!」


病的に白い肌。

細い四肢。


私が襷を繋ぐ、あいつだった。


幻覚かと思った。

でも、本当にそこにいる。


嘘。なんで。


そんな言葉が頭をよぎるのと同時に、目頭が熱くなった。


ばか。

なんでそんなヒーローみたいな登場してくるの。


遅いよ。

もっと早く来てよ。


走りながら近づくたび、あいつの顔がどんどん鮮明になる。


あいつは笑っていた。

私を安心させるみたいに。


心拍数が上がる。


これは走ったせいじゃない。


自分の出番にギリギリ間に合わせて、そのうえ笑顔で待っていてくれるあいつのせいだ。


ゴールが近づくにつれ、後ろの走者も追いついてくる。

襷を渡す直前には、ほとんど並走状態だった。


「ごめんっ……!」


気づけば、私はそう叫んでいた。


1位で繋げなくて、ごめん。


両手で握った襷を、必死に腕を伸ばして彼へ渡す。


その瞬間、世界がきらきらと輝いた気がした。


「大丈夫。よく頑張ったね」


あいつは走り出す直前、はっきりそう言った。


一瞬、時間が止まったようだった。


魔法が解けたあと、私は真っ赤になった耳を隠すように顔を押さえる。


「あほ、ばか……なんで、あんなやつに……」


ヒーローは遅れて登場する。


まるでそれを証明するみたいに、彼は思いもよらないタイミングで現れて、私から襷を受け取っていった。


結局私たちのグループは3位で駅伝を終えたのだが、私はあの日のあの光景を、4年経った今でも忘れられない。


言葉ではうまく表せない。

あの日感じた胸の高鳴りを超えるものなんて、きっともう二度と現れないだろう。


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― 新着の感想 ―
特に走ってるシーンの描写がすごくいいです
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