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婚約破棄された子爵令嬢、貴族結婚相談所に行く

作者: 森田季節
掲載日:2026/04/16

短編ですが、1話の中で前編・後編に一応分けています。

◆前編


「ロザリア、お前との婚約破棄を考えている」



 私の婚約者であるマチアスがそう言った。



 学園の人気のない校舎隅の廊下に呼び出されたので、ろくな話ではないだろうと思っていた。


 でも、やっぱり言われると悲しいものだ。



「撤回してくださいとは申しませんわ。ですが、せめて理由と、もしほかにお相手がいるならその方のことを教えていただけません?」



 私はどうにか冷静を装って、そう尋ねた。



「まあ、あれだな。『真実の愛』に目覚めたというやつだ」



 マチアスはブロンドの髪をかきあげ、照れ臭そうに、だが、まんざらでもなさそうに言った。



「お相手は前に話していた町娘の方なんですね? たしかローラと言いましたっけ」


「ああ、お前に話したことがあったか。そういうことだ。あいつと目が合った時、すべてが始まったと思った。貴族の家同士の政略結婚とは何もかも違うってな」



 たしかに私は子爵家の長女、マチアスは伯爵家の嫡男で、これは典型的な政略の婚約ではあった。

 婚約の話が出たのが四年前。私が13歳、マチアスが15歳の時だから、その年ですでに熱烈に恋愛をしているほうがおかしいのだけど。



「婚約の破棄が私の落ち度ではないとご両親にお伝えいただけるなら、別にけっこうですわ。気持ちがすれ違うということはありえますから」


「まあ、仮にお前の落ち度をでっちあげたところで、町娘と結婚したいと言った瞬間、親は信じてくれなくなるだろう。貴族というのは貴族のほうを信じるものだ。その点は心配するな」



 マチアスは事務的に言った。


 愛が冷めたとかでもない。


 最初からこの人は私を愛したことなどなかったので、どうでもよかったわけだ。



 少しの疑問はあった。婚約破棄はいいとしても、伯爵家の嫡男が純然たる庶民の娘と結婚することなど許されるのかと。



 でも、それを口に出しても意味がない。身分など関係ないのが真実の愛だと言うなら文句をつけることもできないし。


 それに、もしかすると男爵や子爵の家の養女になるという爵位のロンダリングぐらいは考えているのかもしれない。



 どのみち、婚約破棄された私には関係ないことだ。







 植物学の授業目的を兼ねた学園内の薬草園、そこにちょうどいいベンチが置かれてある。


 授業が終わった後、すぐに帰る気にもなれず、私はそこでたたずんでいた。


 私はこれからどうなるんだろう。


 婚約者を一から探さないといけないけれど、身分的に不相応にならない範囲で有望な方はほぼみんな婚約していた。


 せめて、学園の入学当初とかもっと早くに婚約破棄してくれればと思うけれど。



「ロザリア! ここにいたんだね!」



 薬草園そばのベンチに走って来たのはレオンだった。


 ブロンドの髪と、透き通るような青い瞳。その目を見れば、どんなに変装されてもすぐわかると思う。


 私の仲のいいクラスメイトで、それと――



「兄に何か言われたんだろう?」



 彼はマチアスの二歳下の弟だった。だから、伯爵家に呼ばれた時にも何度も会って話したことがある。



「ええ。婚約破棄だって。家に帰って両親に伝えなきゃと思うとおっくうで、ここで時間をつぶしていたわ」



 レオンと二人で話す時は昔からくだけた調子で会話していた。



「マチアスに婚約破棄を言われるのはなんとなくわかってた。二人で楽しんだような記憶がこの数年何もなかったから。ただ、今から婚約者を探すのはちょっと大変ではあるかな」



 婚約者を決める年齢に制限なんてないが、15歳頃が一般的だ。当然、有力な家や成績優秀の誉れ高い人物はすでに埋まっている。



 レオンと目が合った。



「……」



 でも、お互い何も言えなかった。



 これが恋愛小説なら、「じゃあ、僕と婚約してくれないか」なんて言われたりするものだろうけど、お互いに貴族の家同士だし、越えなければいけないものは多い。


 レオンの婚約者の話は知らないけれど、きっと素晴らしいご令嬢との話もまとまっているだろう。


 まして、マチアスが町娘と結婚すると強硬に主張すれば、場合によっては伯爵家の跡継ぎになるのはレオンかもしれない。


 彼の邪魔をするようなことはできない。


 いっそ、私が貴族の常識もしきたりも何も知らなければ、気持ちをレオンに伝えられたかもしれないのに。



「あの、ロザリア、ここで座り込んでいてもどうにもならないし、いっそ結婚相談所に行ってみるっていうのはどうかな……?」



 私はレオンの真剣な顔と提案の差に噴き出してしまった。



「結婚相談所って、それは庶民のための施設でしょう?」



 王都に結婚相談所というものがあるのは知っている。でも、それはツテがない庶民同士のものだ。


 たとえば、配偶者と若くして死別したかわいそうな人も王都にはたくさんいる。そんな時によい再婚相手がいないか聞きに行くのが結婚相談所だ。



「いや、実は貴族のための結婚相談所もある。表では知られていないけどね。名前はそのまんまで、貴族結婚相談所」


「貴族結婚相談所?」



 そんなものがあるとは到底思えない。


 貴族の縁談というのは、恋愛というより政治の問題だ。その情報を一組織が集積していたら、それ自体が権力になってしまう。


 いや、だからこそ、表では知られていないのか?



「僕の親がその存在を知っていてね。はっきり言って貴族の間でも知ってる人間はほんの一握りだ。絶対に秘密は厳守される。世の中には急に婚約が消滅した貴族の男女もけっこういたりする。でも、そんなことを広く周知できない。貴族結婚相談所なら、それも把握している」



 私は半信半疑で聞いていた。


 あまりにも胡散臭い。



「神に誓って事実だと保証する」



 そうレオンは言った。


 そうはっきりと言われてしまえば、信じるしかなかった。


 それに、レオンが私を騙すメリットは何もない。



「わかった。その貴族結婚相談所というものに行ってみる。明日は学園も休みだし、昼過ぎには行けるかな。場所は?」


「凱旋門西通りに靴の店があるのはわかるかな? その二軒北が輸入陶器の店だ」


「うん、わかる」


「その間に三階建ての建物があるから、階段を上がって二階に進んでくれ。『紹介を受けて来た者です』と言ってもらえれば、貴族結婚相談所だと返事が戻ってくるはずだ」



 冒険小説の秘密結社みたいだなと思ったが、レオンが親身になってくれていることだけは絶対に正しいと思えたし、私は行ってみることにした。







 翌日の昼過ぎ、私は庶民のような服装で目的の建物に向かった。


 変装と呼べるかわからないが、いかにも貴族の令嬢という格好で謎の建物に入ると目立つからだ。


 といっても、子爵家の令嬢なんて王都にかなりの数がいるはずで、通行人もいちいち気にしないかもしれないが……。


 ありふれたやや狭い三階建ての建物が靴と陶器の店の間にあった。


 ちょっとだけ急な階段を上がって二階の扉をノックする。


 奥から「どちら様でしょうか?」という落ち着いた男性の声がした。


 少なくとも、ガラの悪い酒焼けの声などではない。



「紹介を受けて来た者です」


「貴族結婚相談所へようこそ」



 たしかにドアの奥からそう言われた。


 何も知らない人が口に出せる名前ではない。私はゆっくりとドアを開いた。


 椅子が一つ置いてあるだけで、そのすぐ先にはカウンターがある。奥には三十代ぐらいのスーツの男性職員が立っている。黒髪はきれいになで付けられている。



「ご予約ありがとうございます。ここは貴族結婚相談所です。お名前も存じ上げておりますが、情報漏洩のリスクを少しでも避けるため、『お嬢様』とお呼びさせていただきます。ご了承ください」


「ええ、何も問題ございませんわ」



 声を聞くだけで、しっかりとした教育を受けた方だということはわかった。



「こんな場所、実在するんですわね」


「実在を信じてもらえないほうが我々としても助かります。もし偶然聞かれた方がいても作り話だと思っていただけるので。差支えなければ、悩みでも現状の不満でもなんなりとお話しください。無論、秘密は厳守いたします」


「はい。そもそも私が話すことに極秘の部分などありませんし、何も問題ありませんわ」



 今日の午前の時点で婚約破棄の連絡が正式に我が家に来てはいなかったが、マチアスが婚約破棄の意向なのは明らかなわけで、婚約が終わったことは間違いない。



 私はマチアスに婚約破棄を言い渡されたこと、新しい婚約者を探さないといけないことを伝えた。



 その間、職員さんは私が話しやすいように相槌を打ってくれた。


 貴族結婚相談所なるものの胡散臭さはまだ消えないが、この職員さんがそのへんの庶民のイタズラということは絶対にない。この人が貴族と接するのが当たり前の立場で生きてきているのは確実だ。



「お嬢様、本当にお疲れ様でした。まず、これは商売だから申す事ではなく、わたくしの私見ですが、何もお嬢様に落ち度はございません。ですから、堂々と胸を張って、婚約者を探してくださればと思います」


「そうですわね。ただ、学園で『婚約破棄されたのでいい人募集してます』とも言えませんので……」


「まず、在学されてらっしゃる学園で婚約者がまだ決まっていないご令息の方々ですと、このあたりになります」



 名前や家柄などを列挙した資料を職員さんはカウンターに置いた。


 中には本当に意外な方の名前もあった。



「えっ、この方、婚約されてなかったんですのね。てっきりしているものだとばかり……」


「でしょうね。一般に、男性は自分の恋愛に関する話をいたしません。婚約の話も同様です。知られてない方はけっこう多いでしょうね」



 それから、職員さんは学園に通っていないご令息の名簿も出してきてくださった。


 体験したことはないが、おそらくこれは本物の結婚相談所と近い内容なのだと感じた。


 違うとすれば、貴族結婚相談所は登録してない人間の情報もこの職員さんが知っていることだ。これは貴族の人数に限りがあることによる。



「お嬢様はあまり気の強い性格の男性は向かないですよね。お優しい方となると、このあたりはいかがでしょうか。伯爵家の方もいますが三男なので婚約は問題ないかと」



 職員さんが何名か候補をピックアップしてくれた。



「ありがとうございます。これからのことが何も考えられていなかったんですが、この短時間でとても詳しく考えられるようになりましたわ」



 ありがたい。雲をつかむような状態だと思っていたのに、どの方との婚約を考えていけばいいか、方向性がつかめてきた。



「では、このあたりの方がどういったご令嬢との婚約を理想としているか当たってみましょうか?」


「それは……結婚相談所で調査をされるということですか……?」


「調査というとおおげさですが、結婚観や性格ぐらいであれば、ご学友にお聞きするぐらいでもわかりますからね。これなら機密でも何でもありませんから。ご興味がおありの数名の方に絞って、当たってみるぐらいはできますよ」



 おそらく、ここで「お願いします」と言えば新しい婚約者探しの話は一気に進展するだろう。



 でも、そしたら後戻りはできなくなる。



「なお、縁談自体の話し合いは貴族の家同士で行っていただくことにはなります。貴族結婚相談所から先方の家に連絡をしたら、まとまる縁談も不審に思われてまとまらなくなります。わたくしたちができるのはどうしていいかわからない方のために情報を提供するだけです。さて、どうされます?」


「え、ええと……」



 私はたじろいだ。


 このやりとりを続ければ、婚約者がまったく見つからないということはないはずだ。


 でも、このまま進めていいんだろうか……。


 その時、職員さんの目が光った。



「お嬢様、すでにご好意を持たれている方がいらっしゃいますね。それも片想いではなく、お互いに想い合っている方ではありませんか?」


「えっ! なんでそんなことがわかったんですか!」



 職員さんはほっとしたように笑みを浮かべた。



「よかった。まだわたくしの目も節穴ではないようです。先ほどからお嬢様の顔が少し曇っていたのです。かといって、まさか婚約破棄された相手への未練があるとは思えません。ならば、論理的に考えれば、ほかに気になっている方がいるということになります」



 そうか、プロにはすべてバレてしまっていたらしい。



「でも、少しだけ訂正いたしますね。両想いかどうかはわかりません。ただ、私がその方と一緒になれたらと考えているだけですわ」



 そう、レオンが私をどう考えているかまでは何もわからない。


 少なくとも、私や私の家から「あなたの兄に婚約破棄されたので弟のあなたと婚約させてください」と言えるかというと難しいだろう。両家が家族ぐるみの親密な付き合いをしていれば可能かもしれないけれど、親同士の関わりはほぼない。



 それに、レオンにその気がないのに婚約を結んでも、マチアスの二の舞になる。



 職員さんが目を細めて笑った。


 嘲笑のような悪い感情のある笑いじゃない。優しさだけで作られた笑みだった。



「初々しいですね。それならご心配いりません。お嬢様とそのお相手は必ず両想いです。なんならわたくしたちのほうから話を進めておきましょう」


「えっ、いえ……それは……」



 話が急に動き出して私は焦った。


 そんなことになるとはまったく思っていなかった。



「怪しいと思われますか? あくまでわたくしたちは仲介をするだけです。白いものを黒くしたりするような力はありません。もしこれで成約となるなら、それは最初からそのお二人は結ばれる運命ということなのです」


「そうかもしれませんが……」


「お嬢様、好きでもない人間と結婚することは人生の苦しみの中でも相当大きなものですよ。一年や二年耐えて終わるものではないからです」



 職員さんは諭すように言う。



「貴族の家の体面もございますから、愛し合っていれば誰とでもとは申せません。ですが、地位の面で問題がないなら、どうせなら心を通わせ合った方にすべきです。まずは自分の気持ちに素直になったほうがいいです」


「ですが、もし、お前など興味がないと言われたら……」


「ご心配なく。興味がない方と結婚できる可能性は最初からなかったのです。お嬢様は何かを失ったことにはなりません。傷つくリスクはありますが、ほかの方と婚約すれば結局一生後悔なさることになります」



 たしかにそのとおりだった。


 ここで全く違うご令息を提案され、結婚したところで、私はレオンへの気持ちを忘れられないだろう。


 だったら、わずかな望みでもいいから、その望みにすがるべきだ。



「お願いいたします」


「よくご決断くださいました」


「ちなみに、その方のお名前は――」



 その先を言おうとした私に、職員さんは右手を前に突き出した。



「存じ上げております。この方でしょう」



 さささっと、職員さんはメモ用紙にその名前を書いた。



「な、なんでわかったんですか?」


「だって、この方のご紹介でお嬢様はここに来られたのでしょう? 推測できますよ」


「ありがとうございます。でも、レオンの気持ちがただの同情ということもありますから、まだ決まったわけでは……」


「お嬢様は心配性すぎますよ。でも、お気持ちはわかります。では、不安を取り除く方法をお教えしましょう」


「そんな方法があるんですか?」


「少しだけお待ちください」



 職員さんは席を立って裏手に回ってしまった。何かお茶でも用意してくれるのだろう。


 秘密の結婚相談所で出されるお茶というのは少し不気味ではあるけれど、私に毒を飲ますメリットなんてどこにもない。




 しばらく待っていると、事務所奥のドアから見知った顔が出てきた。



 それはレオンだった!



「レオン、どうしてここにいるの?」


「ロザリア、僕は君と婚約したいと思ってる。……これで不安は解消できたかな?」


「は、はい……! ほ、本当なの……?」


「こんな時にウソをつけるわけないだろ。僕はそこまでひどい人間じゃないぞ」



 レオンがカウンターのほうから手を伸ばしてくる。


 私はその手を両手でぎゅっとつかんだ。



「嬉しい。本当に嬉しいわ」


「それは僕のセリフだよ。ちなみに、ロザリアにほかの好きな人がいるなら、その人との婚約をどうにか進めるつもりでいたよ。そこで不誠実なことはしないようにと、カミーユさんにも言ってたんだ」



 と、カミーユと呼ばれた先ほどの職員さんが改めて、奥のドアから入ってきて、私に頭を下げた。



「お嬢様、あざむくようなことをした点はお詫びいたします。ただ、この方法が一番優れているとは思っていましたし、実際にいい結果をもたらしたとは自負しております」


「ええと、もしかして、大掛かりな芝居だったってことかしら? まだ状況がつかみきれていないのだけど……。貴族結婚相談所というのも存在しないの?」



 レオンがカウンターから私の側に出てきた。たしかにカウンターの向こうに立っていられるとレオンまで職員のようで変な感じだ。



「今回、カミーユさんに協力してもらったのは事実。それと、貴族結婚相談所が存在するというのは半分本当だね」


「婚約のことで揉め事があった場合、秘密裏に相談所を開いて、状況の精査をしたり、関係者の方の影響が出ないように対処するようにしております。まあ、こんな会社が存在しないという意味では芝居ですが、アドバイスは本当です」



 カミーユさんが説明を接いだ。



「カミーユさん、あなたは何者なんです? 演劇の役者さんか何か?」


「わたくしは辺境伯の重臣の家柄です。貴族の階級で言えば、一番下の騎士の立場ですね。辺境伯家の一族のフロリアン様が在学中なので、そのサポートをしております。元々、わたくしは王都出身で、地方に生活拠点も置いている辺境伯家との取次をしていました」



 田舎の所領で暮らしているからといって、王都の動向を何も知りませんというわけにはいかない。だから、情報を伝える家臣が必要なのは普通だ。


「そこまではわかります。けれど、どうして貴族結婚相談所を開くことになりますの?」


「辺境伯家は基本的に地方の領主同士で婚約を結びます。学園在学中のフロリアン様も地方の領主のご令嬢とすでに婚約を結ばれています。そういう一族であるがゆえ、昔から辺境伯家は恋愛の秘密――いわゆる恋バナというものをよく聞かされるのでございます」


「ああ、高貴な立場ではあるけれど、王都の恋愛模様とは無縁の方だから、みんなぺらぺらしゃべるわけですわね」



 カミーユさんは深くうなずいた。



「まさしく。それで、ご当主様が数年前に、『いっそ、貴族専門の結婚相談所をやったらどうだ』とおっしゃいまして。わたくしが職員役をしているわけです。不幸な人を減らすためだと主張されますと、なかなか断れないもので……」



 カミーユさんもこんな仕事をさせられたら、それは疲れるだろう。



「まあ、第三者が入ることでスムーズにまとまる話や、あっさり解ける誤解があることは事実です。そういったことのために協力させていただいている次第です」


「もちろん、このことを知ってる貴族はごく一部だよ。僕の父親が辺境伯家の友人で、結婚相談所の存在を知ったんだ。そこでロザリアの気持ちを確かめてほしいとお願いした」


「レオン様のお気持ちはその時点でわかっていましたから、お嬢様のお気持ちも知れた以上、何も問題ないと判断できたというわけでございます」



 私はカミーユさんに頭を下げた。



「本当にありがとうございます。カミーユさんがいなかったら、不幸な決断をしていたかもしれません」


「いえ、わたくしができることはただの仲介なのです。嫌いなものを好きにしてしまえば、それは仲介ではなく、洗脳です。ただ、二人のお気持ちがわかったのならご協力するのは自然なことでしょう」



 カミーユさんはそれだけ言い残すと、さっと事務所裏のドアから出ていってしまった。


 二階には私とレオンだけが残される。



「ロザリア、君を幸せにするというのは芝居じゃないよ。僕と婚約してほしい」


「ええ、喜んで。きっとこれが私にとっての真実の愛だと思うから」



 私たちは誰もいないフロアでそっと抱擁した。






◆後編






 ロザリアが婚約破棄を言い渡される数日前。


 王都のとある建物の二階にマチアスは来ていた。


 そこは貴族結婚相談所とかいう、奇妙な商会だった。


 名前の通り、貴族の婚約などに関する相談だけを受けつけるのだという。存在が怪しいが、逆に言えば、そこで何を話したところで公的な記録には残らないはずだ。家の秘密を打ち明けるといったことでもないから問題ないだろう。



 貴族結婚相談所の職員は黒髪のいかにも事務仕事が得意そうな男だった。



「今、婚約している子爵令嬢がいるんだが、もう婚約を破棄しようかと思っている。その令嬢と楽しくやっていける気がまったくしないんだ。婚約だけして愛人を作ればいいかとも思っていたんだが、それも面倒なことになりそうだしな……」



 マチアスは婚約破棄をするべきかどうかを話した。



「あいつはとにかくかわいげがないんだ。本当につまらない人間だよ。感情っていうものを水で薄めたような奴だ。学業の成績はいいけど、人間は成績で選ぶものじゃないだろう?」



 それから、自分が愛した町娘ローラの話をした。


 その間、職員はじっと黙って聞きいっていた。


 少なくとも、その職員に向かってだと言葉がスラスラ出てくる。自分がこんなに婚約者のロザリアに不満を抱いていたのかと気づくほどだった。



「ローラはこちらの言葉を何でも受け入れてくれるし、笑ってもくれる。ローラといると本当に楽しいんだ。――それで、相談所の職員としてどう思う?」



 すべて話し終えたマチアスが尋ねる。



「そうですね。少なくとも、婚約は破棄されるべきでしょう」



 そう職員は断言した。



「やはり、こんな結婚はしないほうがいいか。真実の愛を貫くべきということだな」


「いえ、そういうことではないのです。この話の間にマチアスさんの言葉から婚約者の人格を否定したり軽んじたりする表現が数回見られました。そういったお気持ちで結婚に至っても、結婚生活がまともに続くとは思えません。婚約はすでに破綻しています」


「なるほどな」



 マチアスの言葉に職員は「こいつ、何もわかってないだろうな」という冷めた顔をしたが、マチアスは気づいていなかった。



「結婚という契約行為に不平不満が出るのは当然のことです。しかし、相手を尊重する意識は最低限持っていなければいけません。召し使いを雇うのとは違うのですから。その尊重ができない相手との結婚は控えるべきです」


「参考になった。では、やはり真実の愛を誓ったあいつと結婚するべきだな」


「あの……その町娘の方は本当に存じ上げないので、あくまでも一般論で申し上げますが、多少は素性を調べたほうがよいかとは思います」



 職員の言葉にマチアスはむっとした。



「お前はあいつが不実を働いていると思っているのか! 王都の店舗で出会って、驚くほど話が弾んだんだ。あんなに楽しいと思えた時間は人生で初めてだった!」



 マチアスはその日のことを思い出す。庶民がよく使うカフェにふらっと立ち寄り、彼女と出会った。話しかけてきたのは、向こうからだった。


 亜麻色の髪で、少しそばかすがあったが、それを気にしている様子もなくて、マチアスは貴族の娘にない力強さを感じた。



「あくまでも一般論でございますが、貴族の子弟を狙ってお金を巻き上げようとする悪人というのは存在します。そもそも貴族と庶民が会話をする場などというものは普通は生まれませんし。本当に愛し合っているなら、それを止めることはいたしませんが……」


「つまり、『婚約破棄はしろ、謎の町娘との結婚は止めておけ』というのがこの結婚相談所の結論なんだな。貴族のための結婚相談所ならそういうことになるだろう。庶民と結婚しましょうとは言えないものな。だが、そうするつもりはない。この愛に間違いなどないからだ」


「結婚相談所の職員である以上、その恋愛が間違いだとは申せません。ですが、愛に騙される方が多いのも事実です。どうかご慎重になさってください」



 職員はそう言ったが、そんなな忠告などマチアスが聞くはずがなかった。







 マチアスが懇意になった町娘ローラと結婚したいと告げると、両親も家族も当然あきれたが、一方でなんとしても止めるという判断はしなかった。


 そもそも、貴族結婚相談所の存在を伝えたのは彼の親だった。


 家族としては、そこでマチアスの本音を確認しつつ、説得できそうなら説得するつもりだったが、職員役のカミーユも婚約者のロザリアの人格を否定するような発言を繰り返すマチアスに匙を投げてしまった。


 この男と結婚させてもロザリアが幸せになれる道はない、この男も幸せになることはない。


 ただ、謎の町娘との結婚だけはカミーユも止めようとした。マチアスの性格に問題は感じたが、だからといって破滅の道を歩ませたいとはカミーユも思わない。


 最低でも町娘の身辺調査を十全に行ってからにすべきだと言ったが、かえってマチアスがかたくなになるだけだった。




 マチアスも自分が庶民と結婚して伯爵家を継げるとは考えていなかった。


 一部の所領を分けてもらって、それで生きていくと言ったので、両親としても諦めた。バカ息子が一人出たとしても、それで家が傾くわけではないからだ。貴族同士の結婚後に逃避行などされるほうが問題が大きい。



 マチアスは自分の望みどおり、わずかな所領を持つ子爵家の当主となり、最終学年の在学中に町娘のローラと結婚した。







 結婚三か月、ちょうどマチアスが卒業した直後に結婚相手のローラに愛人の男がいることが発覚した。


 マチアスはお金を出してくれる都合のいいカモだったのだ。


 ローラは初心な町娘ではなく、界隈では有名な遊び人の女だった。調べればすぐにわかったこだが、マチアスは意固地になって調べようとしていなかった。



 離婚を切り出す前にローラのほうがマチアスの財産である金と宝石類を持って、逃走した。不貞を理由にされれば、慰謝料をふんだくることもできず、どうしようもないと思ったのだろう。


 残されたマチアスもわずかなお金を持って、旅に出た――という話を在学中のロザリアとレオンは聞かされた。







「旅に出たってどういうことなのかしら……?」



 伯爵家の応接室でロザリアは信じられないという顔になる。


 この部屋でかつて何度もマチアスと会ったものだが、彼はこの屋敷の人間でもなければ、所在すらわからないのだ。



「兄には学もなかったから新しい人生を立て直す方法もわからなかったんだと思う。だから、衝動的にどこかに出ることにしたんだろうね」


「でも、出る当てがあるとも思えないんだけど……」


「それでも、じっとしていられなかったんだろう」



 そこにカミーユが顔を出した。彼もマチアス失踪を聞かされたらしい。



「やっぱりこういうことに……。意地になってしまった人の気持ちを変えることは難しいですからね……」


「カミーユさんも予想されていたんですね」



 レオンが尋ねる。



「もし、マチアスさんの言うとおり、そのローラという女性が心優しい方なら、すでにある婚約を破ってまで自分と結婚することを望むとは思えなかったんです」


「たしかに……」


「となると、最初からお金目当てとか地位目当てとか何か理由があるなと。それに世間知らずな貴族の子弟を狙ったこういう話はいくつか前例があるんです」


「それは親も話していたんですけどね。自分の愛は大丈夫だと言うばかりで……」


「悩んでる方の相談には乗れるのですが、自分が正しいと思っている方には結婚相談所も何もできませんからね。今日はマチアスさんの捜索を頼まれて、ここに来たのですが……失踪した方を探すのは本当に難しいんです」



 そんな話が交わされる中、ロザリアは自分はつつましやかに生きていこうと心に決めた。



 傲慢にならず、卑屈にならず、人の言葉に耳を傾け、将来の伯爵家の妻としてやるべきことをやる。聖人である必要はないけれど、誠実であろうとはする。






 ロザリアとレオンは結婚して、幸せな生活を送った。



 結婚の少し前にローラという女性を含む人間数名が窃盗罪で王都近辺で逮捕された。


 一方、マチアスの行方はいまだに知られていない。


◆終わり◆

お読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
1つ気になったのが平民が貴族を騙して金品持って逃げるのは大罪なのでそちらも行方を探して処分(処刑)になるのでは? そうしなければ爵位(身分)制度が保てなくなるからてすね。なので平民だった女性がどうな…
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