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marguerite  作者: りるら
8/9

八枚め。どうか二人に、神の加護があらんことを

“彼”は、何故か見慣れた麗しい笑みを浮かべ、私の目を見た。


「…はじめまして。リディエンヌ=ソフィー・ベルシャン嬢。僕はー…」


一瞬の憂いを帯びた表情は気のせいかと思わせるほどの微笑を、彼は浮かべた。


「ーーーー…」


★★★★★★★★★★★


リディエンヌは数分前からダラダラと冷たい汗を流していた。

出来ることなら、自分のあり得ないおとぎ話のような出生に動揺して涙するぐらいの乙女度が高い行動に出たかったが、朝から、そんなことは本当にちっぽけに思えるほどの事態が起きていた。


1ヶ月前、エリィの葬式が終わった。


時を遡ること、かなり前。

この頃エリィの遊び相手になった侍女が、幽霊のような真っ青な顔で屋敷を走り回ったのだ。


「大変、誰か助けて!!!お嬢様、エリィ様が湖に落ちてしまわれたの!!!」


騒げるだけ騒いで、その侍女はリディエンヌが駆けつけた時にはパタリと失神してしまった。


エリィ様は、エリィティールという、名前。

しかし、そのエリィティールという令嬢は死んだ。

湖に落ちて。


そして、葬式も終了。アウローラ夫人はショックのあまり倒れてしまった。


…そして、今私は、とんでもなく着飾られて自室にいた。

汗がドレスにつかないように、やけに高そうなレースいっぱいのハンカチでふく。


隣で優雅にお菓子をつまむ王太子はリディエンヌのため息に眉をひそめた。


「どうしたの、リディエンヌ嬢」


「いえ…あの、嬢っていうの止めて頂いても…」


トラヴィスははぁ、と肩を落とした。


「あのね、言っとくけど君は私の妹なわけ。腹違いとはいっても、母親の身分もあまり差はないし。立派なプリンセスだ。でも、王の隠し子である君は姫と言っちゃいけないから、嬢。ま、事実を知らない連中は姫って言ってくると思うけど」



王の娘でなくとも、母親の身分だけでリディエンヌは姫と呼ばれるに値するほどの高貴な身分。

そうは言われても、いまいち実感がわかない。


だって、ここにいる王太子とは兄妹、エリィと私は従姉妹…。

というか、これもエリィの悪ふざけではないかと思う。…死んだというのも。


王宮に連れてこられて着飾られた後、トラヴィスに聞かされた話はあまりに信じがたい…あり得ない話だった。


私は、亡命した令嬢とアルフォンス王の子供で、母親はかなり前に自殺。そして王の弟のルートヴァン公爵家に私を預けた。


話の最後に、私にトラヴィスは言った。


「つまり君はいつ消されてもおかしくない。この事実を知っているのは、この国では王、私、侯爵、君、ジーク、…エリィだけ」


「……エリィ様」


「君を完璧に守っていたエリィがいなくなった今、君がこのまま安全に暮らす道はかなり限られる。…これはエリィにも最悪の時の為に頼まれていたことなんだけど」


トラヴィスはいつもの飄々とした雰囲気を消した静かな緑の瞳でリディエンヌを見た。


「…私の後宮に入れ」


声も出せないリディエンヌに、トラヴィスは淡々と続けた。


「私の妃になれば、君を殺すことはかなり難しくなるよ。君には人一倍の護衛をつけるつもりだ。そうしたとしても、寵妃として見れば不自然でないからね。今、君を城に呼んだのは何故かわかる?今日何が起こるか」


「いえ…」


「私の誕生日会と称した宴が開かれる。ベルシャン家の由緒正しい令嬢、リディエンヌ=ソフィーも、大切な国賓の姫として」


トラヴィスが部屋の外にいた執事に何事か言うと、部屋に一人の老婦人が入ってきた。


銀髪をゆるく編んだ、品が溢れる婦人は、優しく涙ぐんだ瞳でリディエンヌを見た。


「この婦人は、隣国シルフィの前王の姫君で広大な領地を治められる女伯爵だ。リディエンヌ、君の祖母にあたる」


混乱したリディエンヌに、老婦人はふんわり微笑んだ。


「お久しぶり…と言うべきかしら。貴女が赤ちゃんの頃しか知らないから…。大きく、なったわね、リディエンヌ=ソフィー」



「お、おばあ様…?」



リディエンヌは自分を置き去りにして進んでいく二人を、泣きそうな顔で見詰めた。


「私は……」


トラヴィスは一瞬憐れみを込めた瞳をしたが、すぐに感情を殺した声で話した。


「婦人には、君と一緒にこの城の宮に少しの間滞在して頂く。……今日はまだ、そんなに気を張る事はない。だが、君は一応私の妃候補だ。それでなくとも君が継承する領土や地位を狙う輩もいるだろう。…そこで」


トラヴィスはフ、と優しい顔で奥の扉を見た。


「彼に、エスコートをお願いすると良いよ」



★★★★★★★★★★★

キラキラと品よく輝く会場では、色とりどりなドレスに身を包み華やかな微笑を浮かべた令嬢や、貴公子然とした令息、貫禄ある老貴族たちの笑い声につつまれていた。


そんな中でも、ひときわ目をひく美しい金髪、空色の瞳の“彼”はリディエンヌに楽しそうに笑みを見せた。


「どうしたの、リディ?」


「…いえ。別に」


思わず、つい、と顔を背けてしまう。


彼は首を傾げ、ふむ、とリディエンヌを見た。


「綺麗だよ?そのクリーム色のドレスも、髪色を良く引き立たせてる。化粧だって、髪飾りだってよく似合ってる」


「……それはどうもありがとう。…ケンカ売ってますか?エリック様」


「…こっちのセリフー」


はぁ、と一つため息をつき、彼はトラヴィスに挨拶をしにいった。


ため息をつきたいのはこっちだ。


死んだ女主人は、生き返った。男になって。


リディエンヌは素直に喜べなかった。

当事者で、多分…かなり要の部分にいるはずのリディエンヌに、誰もまだ何も教えてくれていない。

巻き込まれているのか、巻き込んでいるのかさえ、解らない。


もどかしい。八つ当たりしか、出来ないなんてー…。


「ー…姫、リディエンヌ姫」


はっ、と気が付くとリディエンヌはいつの間にか数人の青年貴族に囲まれていた。


その内の黒髪の一人があまり美しいとは言い難い笑顔でリディエンヌにグラスを差し出した。


「どうぞ、薔薇酒です」

「…ありがとう」


素直に受け取ったリディエンヌに、男たちは脈ありと思ったのか次々と笑みを浮かべてきた。


「姫はシルフィの出身とか。私の別荘もシルフィにあるのですよ。今度遊びにいらしてください」

へ?


「リディエンヌ姫はご病弱な方なのだ。そんな辺鄙な田舎に行ったらお身体を壊される」


…あなた誰。


「ほら、怯えていらっしゃる。私がエスコートしよう。姫、庭に出てみますか」


だから、貴方もどちら様ですか?


「いえ、私は……」


リディエンヌがなんとか逃げる口実を言おうとした瞬間、涼やかで飄々とした声が届いた。


「おや?リディエンヌ嬢ではないか。どうしたんだい、こんなとこで……。ツレはどうしたの」


「でっ、殿下」


トラヴィスはサッと引いた男たちに少し微笑んだ後、やれやれと後ろを振り返った。


「エリック。君がエスコートしていた令嬢だろう?」


「えぇ……申し訳ありません。…リディエンヌ」


ちっと、去っていく男たちには目もくれず、彼は華やかな微笑でリディエンヌの肩を抱いた。


『じゃ、殿下』


口の動きだけでそう言った彼にトラヴィスは笑って頷いた。


「…行こうか」



「え、どこにですか?」


彼は悪戯をするような目でリディエンヌに微笑んだ。


「こっち来て」


手を引かれるまま彼についていくと、誰もいないテラスに出た。


そこでは街が一望できて、思わずリディエンヌは目を輝かせた。


「わぁ、すごーい…」


「リディエンヌ」


低い声で呼ばれ、振り返ったリディエンヌはギュッと抱き締められた。


「ち、ちょっと、エリィ様…じゃないエリック様」


「…僕のこと嫌い?避けてるよね?」


言いながら髪を玩んでくる。

リディエンヌは吃驚したように首を横に降った。


「まさか。…ちょっと、自分が嫌いだっただけです。守られてばっかりで、ちっともそれに気が付いてなくて」


「…僕が嫌いだった訳じゃないんだね?」


「……えぇ、まぁ」


彼は数秒目を閉じ、リディエンヌに口付けた。


「良かった……やっと逢えた。…僕は…本当の僕はエリックだ…リディエンヌ」


くい、と顎を捕まれ持ち上げられる。

エリィ様は女の子としては少し背が高かった。

いつも見上げるようにしていたのに、今日は私の靴の踵が少し高くて、顔が近い。


思わず視線をそらしたくなるのに、何故かその甘い空色の瞳から離せない。

化粧をしていないからか、顔つきも違う。

抱き締める腕の強さも、カツラじゃない髪のサラリとした感じも、エリィとは違って。


ただ一つ。

香水の薫りは、一緒で。柔らかな唇とその吐息に。

思わず涙が、流れた。


「エリィ様…」


「…今まで、騙すような事をしていて、ごめん」


吐き出すような言葉にリディエンヌは小さく首を振った。


「いつか、ちゃんと教えて下さいね?」


「あぁ…早い内に。……ねぇリディ。僕は、君を守りたい。トラヴィスなんかに…やるつもりはないから。他の奴も」


「はい、私も嫌です」


クス、と笑い、エリックは何度もキスを落としてくる。


「愛してる、リディ」


「…私のほうが好きですよ」


「それは僕?エリィ?」

リディエンヌは楽しそうに笑った。


「どちらも、大切です」


「…なんか、微妙」


そうですか?


「名前とか、外見とか。どうでもいいじゃないですか。私は、エリィ様への大好きが…恋になっただけですから…」


エリックは、真っ赤に染まった顔を背けた。


「…僕の我慢も、報われたってことかな」


「え?」


「ジークに、謝らないといけないかな?」


リディエンヌに聞こえないほどの小さな呟きで、エリックは満面の笑みを浮かべた。


ここからの道は、決して平坦ではない。

女装を解いた今。

エリックのその美しすぐる容姿は、吉と出るか凶と出るか、分からない。

アルフォンス王のように、王位を狙っているのではないかと、貴族に睨まれる事は、多分沢山でてくる。


リディエンヌも。


エリックと結婚したら、注目された結果、出生の秘密が露見してしまう可能性も高まるだろう。


本当は、エリックはエリィとして。リディエンヌは正妻じゃなければ妃となるのが一番だと、エリック自身、そう思う。


だけど。


腕の中の、暖かな熱を抱き締める。


これだけは、諦められない。


それこそ、地獄まで。


一緒に。


今まで、エリィの父親である公爵を、侯爵と表記してしまいました。

本当は、公爵です。


爵位の偉い度が、全く違う(-o-;)!


申し訳ありませんでした…。


一通り、ゴールした感がありますが、あと何個か番外編を書けたらいいなと思っております。


読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。

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