五枚め
リディエンヌは準備してもらった上等な美しい服をまとって王太子がいるらしい公爵家でも一番立派な部屋に向かった。
髪色に合わせた髪飾りが歩くたびに揺れ、リディエンヌは落ちないかとはらはらしていた。
「失礼致します。王太子殿下。…ハルフィールド伯爵、エリィ様にお仕えしておりますリディエンヌです」
「顔をあげよ、リディエンヌ」
そう言われ、王太子の姿を初めて見たリディエンヌは目を見張った。
(う、うつくしい!)
エリィに仕えていて美形は見慣れているリディエンヌだが、さすが外見で王位を奪った王、アルフォンスの直系しかも向日葵の君と名高い王妃の息子!!王族特有の細いブロンドの髪、王妃似だろうエメラルド色の瞳は匂いたつような品の良さを神秘的により麗しくしている。客観的にはエリィとそう変わらないレベルだろうが、主人の本性を知ってるリディエンヌには王太子のほうが美しく見えた。ちなみに年は王太子のほうが5つ上だから21。
思わず見とれていたリディエンヌに、王太子は品よく微笑んだ。
「そんなに見られては少し恥ずかしいな」
「!申し訳ございません!」
慌てて顔を伏せるリディエンヌに王太子はにっこり笑った。
「別に大丈夫。けっこう日常茶飯事だし」
そういうと王太子は椅子から身を上げ近づいた。
驚いて硬直するリディエンヌ。
王太子は少し首を傾げ笑う。
「リディエンヌ…噂には聞いていたけど可愛いね。私の後宮に…」
耳に顔を近づけられますます動けないリディエンヌ。
王太子はフッと耳に息をはいた。
「エリィが入るよう、説得してくれないかな?」
「…はい?」
「ね?」
王太子はリディエンヌを椅子に座らせ見下ろした。
「考えてごらん?君の主人であるエリィが私の第2妃となれば、君も一生安泰だと思うんだけど」
(…第2なんだ)
「えっと、そうですわね」
「でもなかなか折れなくってね。どうしようかと思ってたんだ。で、エリィに会いに来たんだけど、エリィは自分のかわりに君を寄越したわけ」
(……エリィさま…(怒))
リディエンヌは一旦冷静に考えてみた。
すぐに答えは出たが。
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんわ殿下。私はエリィ様を妃にするのは…ちょっとご協力いたしかねます」
(こ、これってやっぱりまずいかしら!?命令に背いたとかって国外追放?そしたら…エリィ様にたくさん退職金もらって、田舎にでも……)
「……だろうね」
「え?」
思わず顔を上げたリディエンヌに、王太子はため息をついた。
「やっぱりダメか。最悪。まぁ、私も馬鹿じゃないから、どうなるかは想像出来るんだけどね…」
パチンと指を鳴らした王太子はリディエンヌを指差した。
「エリィが王妃になるの、なんでイヤなの!?」
ヒッと飛び上がったリディエンヌは慌てて応えた。
「ま、まず嫌がらせをすると…」
「例えば!?」
「食料庫にネズミを大量に放ったり…?」
「うんうん」
「殿下の部屋に蛇とか……なので、エリィ様がお妃になったら私や公爵家に多大な被害が及ぶんです…」
結局誰にもなんのメリットもない。
リディエンヌはもう一度深々と頭を下げて退出した。
★★★★★★★★★★★
王太子はリディエンヌがいなくなった後、クスッと吹き出した。
「…へぇ、あの娘がリディエンヌ=ソフィー?」
物陰に隠れていたエリィがスッと椅子に座り、お菓子に手を伸ばした。
「そうだよ」
「なかなか可愛いな。あんなに見事なストロベリーブロンドの髪も初めて見たよ」
元々珍しい髪色で、この国では特徴的すぎてあまり良く思われないのだが、リディエンヌは昔から髪を誉められることが多かった。
エリィはそっけなく返す。
「そ?でももうこんな我が儘は許さないよ。リディエンヌはこれからも平穏な暮らしをしていくんだから。貴方に会わせるのも本当に嫌だった」
王太子はさらさらした前髪をかきあげ、フッと笑った。
「私はそれではつまらないな」
「…へぇ、トラヴィス。貴方はリディエンヌの一生を滅茶苦茶にする気?リディは今まで私が守って来た。余計なことしないでよ?」
エリィは吐き捨てるようにそう言うと、その空色の瞳で王太子を睨み部屋を出ていった。