三枚め
リディエンヌはチラッと壁の時計をみた。
現在ちょうど午後2時。
「奥様…そうお泣きにならないで下さいませ」
「リッリディエンヌ!何度も言うようですかこれは由々しき事態なのです。どうするんですか、もうエリィさんは16。変わったご趣味ねじゃ、すまされないのですよ」
そういうとリディエンヌの向かいに座った清楚な貴婦人はまたシクシク泣き出した。
リディエンヌは心の中でため息をついた。
美味しいお茶とお菓子は嬉しいが、正直疲れる。
いくら大切なエリィ様の話題でも。
こう、毎日毎日続くと。
「聞いてらっしゃるの、リディエンヌ!」
「はっはい、聞いてます奥様」
慌ててにっこり笑う。
このアウローラ夫人は、エリィの父親である公爵の第二夫人。
第一夫人であったエリィの母はエリィが幼い頃に病気で他界。
以後、アウローラ夫人はエリィを我が子のように可愛がっている。
ちなみに、彼女に子供はいない。
アウローラ夫人は、はぁとため息をついた。
「ねぇ…、この前はエリィさん、また一人でフラフラと街に出かけようとしたんですって?」
「あ、でも危機一髪のところで私が発見しました」
「でも街には行ったのよね…?二人で」
うっ…。リディエンヌは固まった。
なんでばれたんだろうか。
「まぁ過ぎたことは仕方ないわ、でもね?そろそろ潮時だと思うの。あの子は直系のただひとりの、公爵令嬢なのよ?」
「……はい」
アウローラ夫人はその淡い茶の瞳をスッと細めた。
「エリィさんに、婚約して貰おうと思うの」
「…………え?」
リディエンヌはぽかんと口を開けた。
「もちろん、エリィさんが気に入らないと意味はないわ?でもやってみる価値はあると思うのよ、現にレベッカもそうだったわ、恋する人が現れたら別人になったもの」
アウローラ夫人は過去を思い出してほぅと笑った。
アウローラ夫人と、エリィの母親レベッカは幼なじみだったのだ。
公爵とレベッカは大恋愛の末結ばれたらしいのだが、レベッカが病気に侵され、もう長くないというとき、アウローラ夫人はレベッカにエリィのことを頼まれて公爵家に来た。
アウローラ夫人は元々子供が産めない身体だったので、当時10歳のエリィの世話を喜んで引き受けたのだ。
「で、でもですね。エリィ様に婚約者……突拍子すぎてもう…」
なんとか考え直して下さらないかと期待するが、アウローラ夫人の意思は固いようだった。
「いいえ、リディエンヌ。私の考えは変わりません。そう、もし…死人がでようとも」
鬼気迫るアウローラ夫人にリディエンヌは思わず顔がひきつった。
アウローラ夫人は、涼しげににっこり微笑んだ。
「さ、エリィさんに伝えてきなさい。よろしくねリディエンヌ」
「…………はい…」
★★★★★★★★★★★
まずいまずいまずい。
今にも倒れそうなくらい蒼白な顔色のリディエンヌに、エリィが告げたのはたったこれだけ。
「ま、徹底抗戦だね」
「ですよね……」
私は16年もエリィ様のお側にいるのですが、これからの地獄の始まりとなるこの瞬間、いつも通り美しい彼女がいつも通り悪魔に見えてしまいました。