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心の声が聞こえる私が唯一思考を読めない鬼部長、その本音は「にゃーん♡」という猫の声にしか聞こえませんでした  作者: 水凪しおん


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第7話「猫好きと判明、の決定的瞬間」

 黒崎部長への淡い想いを自覚してしまった私は、穏やかならぬ日々を送っていた。仕事中に彼の姿を見るたび、心臓が跳ねる。彼の心の声を聞くたび、頬が熱くなる。これはもう、完全に恋だ。


 しかし、相手はあの鬼部長。会社の、しかも直属の上司。告白なんて、天地がひっくり返ってもできるわけがない。この気持ちは、墓場まで持っていこう。そう心に誓った、ある休日のことだった。


 その日、私は学生時代からの友人、美咲と一緒に、最近オープンしたばかりの猫カフェを訪れていた。プロジェクトの激務も一段落し、久しぶりに羽を伸ばそうという算段だ。


「わー! 可愛いー!」


 ガラス張りのドアを開けると、そこはまさに楽園だった。様々な種類の猫たちが、思い思いの場所でくつろいだり、遊んだりしている。猫好きにはたまらない空間だ。私と美咲は、受付で注意事項を聞いた後、早速おもちゃを片手に猫たちの輪に加わった。


 人懐っこいアメリカンショートヘアが膝に乗ってきたり、クールなロシアンブルーにそっと手を舐められたり。日々の疲れや悩み事が、猫たちの愛らしさで溶けていくようだった。私の能力は人間相手にしか発動しないので、猫たちの考えていることは分からない。それが逆に心地よかった。純粋に、ただただ可愛い。


「あ、見て莉奈! あそこのメインクーン、すっごいイケメン!」


 美咲が指さす方を見ると、確かに、立派なたてがみを持つ大きなメインクーンが、優雅にキャットタワーの頂上に座っている。その気高い姿は、まさに森の王様といった風格だ。


「ほんとだ、かっこいいね」


 私がそう微笑んだ、その時だった。そのメインクーンの足元で、何やら必死に猫じゃらしを振っている人影が、私の視界の端に映った。


 最初は、他の客だろうと気にも留めていなかった。しかし、その人物が、メインクーンの気を引くために、小さな声で何かをつぶやいたのだ。


「こっちだぞ……ほら、こっち……」


 ん? この声、どこかで……。


 私の心臓が、嫌な予感と、ほんの少しの期待で、ドクン、と大きく鳴った。まさか。そんなはずはない。休日に、こんなファンシーな場所で、あの人がいるわけがない。


 恐る恐る、そちらに顔を向ける。


 ソファの陰になっていたその人物が、身を乗り出して猫じゃらしを高く掲げた。そして、その顔が、はっきりと私の目に飛び込んできた。


「……………ぶ、ちょう」


 思わず、声が漏れた。

 そこにいたのは、信じられないことに、鬼部長こと黒崎誠、その人だった。


 しかも、その姿は、私が知っている鬼部長とは、まるで別人だった。いつも厳しく結ばれている口元はだらしなく緩み、鋭い眼光は蕩けるように細められている。会社の鬼の形相はどこにもない。そこにあるのは、ただひたすらに猫を愛でる、幸せそうな一人の男性の顔だった。


 彼は、私の存在には全く気づいていない。完全に自分の世界に入り込んでいる。


「よしよし、いい子だなぁ……お前は本当に美しいな……」


 王様メインクーンが、ようやく彼の振る猫じゃらしに興味を示し、優雅に前足を伸ばす。その瞬間、黒崎部長の顔が、見たこともないほど至福に満ちた表情に変わった。


 そしてもちろん、私の頭の中には、彼の心の声が、これ以上ないほどのボリュームで鳴り響いていた。


(にゃ~~~~~~ん♡

 ごろごろごろごろ♡ にゃっふーーーん♡ なんて美しいんだ、この毛並み、この瞳……! たまらにゃい! 天国はここにゃった! もっと、もっと私に構っておくれにゃ~~~♡)


 幸せの絶頂を示す、特大の「ごろごろ」と、もはや意味不明な歓喜の鳴き声の大合唱。私は、その場に凍りついたまま、動けなかった。


「莉奈? どうかしたの?」


 私の様子に気づいた美咲が、不思議そうに声をかけてくる。


「う、ううん! なんでもない! ちょっと、あっちの猫見てくる!」


 私は咄嗟にそう言って、近くの棚の陰に身を隠した。心臓がバクバクと音を立てている。見られた? 気づかれた? いや、大丈夫。彼は猫に夢中だ。


 棚の隙間から、そっと彼の様子を窺う。彼は今度は、小さな子猫たちの輪に加わり、両手に一匹ずつ子猫を乗せて、恍惚の表情を浮かべていた。その顔は、完全に「父親」の顔だ。いや、もはや「母猫」かもしれない。


(なんて軽くて温かいんだにゃ……守ってあげたい、この小さな命……くるるる……♡)


 全てのピースが、カチリ、と音を立ててはまった気がした。


 あの雨の日に子猫を助けたこと。

 私の能力にだけ、彼の心の声が猫として聞こえること。


 それは、彼がただの猫好きだから、という単純な理由だけではなかったのだ。彼の魂の、一番核となる部分が、きっと猫そのものなのだ。優しくて、愛情深くて、仲間を守ろうとする。そして、それを表現するのが、とてつもなく不器用。


 彼の心の声が猫なのは、彼が心から、魂のレベルで、猫を愛しているからなのだ。


 私は、彼の新たな、そして最大級の秘密を知ってしまい、隠れた棚の陰で、一人、顔を赤らめていた。鬼の仮面の下に隠された、信じられないほど愛らしい素顔。


 ああ、もうダメだ。

 この恋は、もう絶対に引き返せない。


 怖い鬼部長が、猫を前にしてデレデレになっている。そのギャップが、愛おしくて、たまらなかった。私の「黒崎部長観察日記」に、記念すべき「決定的証拠」が記録された瞬間だった。

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