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心の声が聞こえる私が唯一思考を読めない鬼部長、その本音は「にゃーん♡」という猫の声にしか聞こえませんでした  作者: 水凪しおん


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第6話「ご褒美の『ごろごろ』」

 あの嵐のような一日が嘘のように、プロジェクトは再び軌道に乗った。黒崎部長が迅速に手を打ったおかげで、クライアントとの関係も修復され、私たちは最後の追い込みに全力を注いだ。そして、運命の最終プレゼンの日。全ては完璧に進み、私たちは見事、正式な契約を勝ち取ることができたのだ。


「やったー!」


「ついに取ったぞ!」


 オフィスに戻ると、チームメンバーはハイタッチを交わし、歓喜の声を上げた。私も、込み上げてくる達成感に胸がいっぱいになる。本当に長かった。辛いこともたくさんあったけれど、諦めなくてよかった。


 その日の夜、プロジェクトの成功を祝して、営業部全体での祝賀会が開かれた。居酒屋の座敷は、熱気と喜びで満ち溢れている。


「水無月、本当によくやったな!」


「お前のおかげで助かった場面もたくさんあったぞ!」


 先輩たちから次々とお酒を注がれ、労いの言葉をかけられる。私は、少し照れながらも「ありがとうございます」と頭を下げた。大変だったけれど、この瞬間のために頑張ってきたんだと思える。


 ふと、少し離れた席に座る黒崎部長に目をやった。彼は、いつも通り、腕を組んで仏頂面で座っている。他の部下たちが騒いでいても、輪に加わることなく、静かにグラスを傾けているだけだ。


(……部長も、喜んでくれているのかな)


 彼の表情からは、何も読み取れない。でも、私には聞こえる。彼の心の声が。私はそっと、意識を彼に向けた。


(にゃっはー! うっひょー! やったにゃ、やったにゃー! さすが俺のチームにゃ! 最高にゃ! 酒がうまいごろ~!)


 ……やっぱり。外面と内面のギャップが激しすぎる。仏頂面の裏で、心の猫は喜びの宴を開いている。そのシュールさに、私はまた一人で笑いを堪えた。本当に、この人は面白い。


 宴もたけなわの頃、ふと気づくと、隣の席が空いていた。誰かが席を立ったのだろうか、と思っていると、そこに、どかりと黒崎部長が座ったのだ。


「ぶ、部長!?」


 驚いて声を上げると、周囲が「お、鬼部長が動いたぞ」「水無月、ご指名だ」と、面白半分に囃し立てる。やめてください、と心の中で叫びながら、私は緊張で背筋を伸ばした。


 彼は、他の社員たちの喧騒など意にも介さず、じっと私を見つめた。その真剣な眼差しに、心臓が大きく跳ねる。


「水無月」


「は、はい!」


「今回のプロジェクト、お前が一番、成長したかもしれんな」


 それは、静かで、落ち着いた声だった。


「最初は見ていられないほど危なっかしかったが……最後は、よくやったと思う」


 彼が、私を褒めている。面と向かって。それは、信じられないような出来事だった。いつも厳しい言葉しか口にしない彼が、私の働きを認めてくれている。


「……ありがとうございます」


 それ以上、言葉が続かなかった。ただ、胸がいっぱいになって、じーんと熱くなる。私が彼の言葉を噛みしめていると、頭の中に、温かくて、大きくて、そして最高に心地よい音が、直接流れ込んできた。


(ごろごろごろごろ……本当によくやったにゃ……お前がいたから、乗り越えられたにゃ……いいこだ、いいこだ……ごろごろごろ……)


 それは、今まで聞いたどの「ごろごろ」よりも、深くて、優しくて、そして満足感に満ち溢れていた。まるで、陽だまりの中で、大好きな飼い主に思う存分撫でられている猫のような、幸せに満ちた音。


 その音は、まるで極上の音楽のように私の心に直接響き渡り、どんな言葉よりも雄弁に、彼の喜びと私への労いを伝えてくれた。アルコールのせいだけじゃない。体の芯から、じんわりと温かくなっていく。これ以上ないほどの達成感と、ふわふわとした幸福感に包まれる。


 この人の下で働けてよかった。

 心から、そう思った。


 そして、同時に、気づいてしまったのだ。

 この心地よい「ごろごろ」を、もっと聞きたい。これからも、ずっと、彼のそばで。そんな欲求が、自分の中に芽生えていることに。


 それは、部下としての上司への尊敬の念だけではない。もっと別の、個人的で、温かい感情。私は、自分のその変化に驚き、戸惑いながらも、否定することができなかった。


 ちらり、と彼の横顔を盗み見る。相変わらずの仏頂面。でも、今の私にはわかる。その不器用な表情の下に隠された、温かい心が。


「水無月、顔が赤いぞ。飲み過ぎたか?」


「い、いえ! 大丈夫です!」


 彼の言葉に、私は慌てて両手で頬を押さえた。きっと、耳まで真っ赤になっているに違いない。このドキドキする気持ちを、彼にだけは、絶対に悟られてはいけない。そう思いながらも、私の心は、幸せな「ごろごろ」の余韻に、いつまでも浸っていた。

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