エピローグ
あれから、数年の月日が流れた。
リビングの大きなソファの上。私の夫になった誠さんが、新しく家族になった保護猫の「マロン」を膝の上に乗せ、至福の表情でその柔らかな毛並みを撫でている。
もちろん、彼の心の中からは、極上の「ごろごろごろ……」という音が、絶え間なく聞こえてきている。
会社では、彼は相変わらず、部下たちから恐れられる「鬼部長」で通っているらしい。けれど、一歩この家に帰ってくれば、この通り。私とマロンにでれでれの、世界で一番優しい旦那様だ。
「莉奈、ただいま」
「おかえりなさい、誠さん」
玄関で彼を迎えるのが、私の一番の幸せ。二人でキッチンに立って夕飯の準備をする時間も、食後にソファで並んで、他愛もない話をする時間も、全てが、かけがえのない宝物だ。
私たちの左手の薬指には、お揃いの結婚指輪が、優しい光を放っている。
「……なあ、莉奈」
マロンを撫でていた誠さんが、ふと、私を真剣な顔で見つめた。
「なんだか、最近、マロンがお前の腹の上で寝たがるのは、なぜだと思う?」
「え?」
「それに、お前、最近、やけに眠そうじゃないか? あと、酸っぱいものが食べたいとか……」
彼は、探るような目で、私のお腹のあたりをじっと見つめている。
その真剣な眼差しと、私の頭の中に響いてくる、期待と戸惑いが入り混じった心の声。
(……にゃ? もしかして……もしかするのかにゃ……? 俺、パパになるのかにゃ……!?)
私は、思わず、くすりと笑ってしまった。
そして、彼の手を取り、そっと、自分のお腹の上に導いた。
「……どうやら、誠さん。マロンは、お兄ちゃんになる準備をしているみたいですよ」
そう告げた瞬間、彼の時間が、止まった。
そして、次の瞬間。
私の頭の中に、今までの人生で聞いた、どんな音よりも、大きくて、温かくて、そして、歓喜に満ち溢れた、最高の「ごろごろ」と、赤ちゃんの産声のような「おぎゃあにゃあ!」という鳴き声が、高らかに鳴り響いた。
私は、幸せそうな夫の顔と、その幸せな心の音を聞きながら、そっと、彼に寄り添う。
人の心の声が聞こえる、この不思議な力。
それは、呪いなんかじゃなかった。
世界で一番愛しい人の、世界で一番温かい心の声を、この腕の中にいる、新しい命の心の声を、ちゃんと私が聞くために、神様がくれた、最高のプレゼントだったのだ。




