番外編2「同僚は知っている」
私の名前は佐藤。水無月莉奈……あ、今は黒崎さんか。ま、ここでは莉奈って呼ばせてもらうけど。莉奈とは同期入社で、デスクも隣。彼女が、例の鬼部長にロックオンされて、毎日青い顔で叱られていた頃からの付き合いだ。
正直、最初は、本気で心配していた。「莉奈、可哀想に……。あの鬼部長に目をつけられるなんて、前世でどんな罪を犯したの?」って、何度思ったことか。部長の叱責は、聞いてるこっちの胃が痛くなるくらい、的確で、冷徹で、一切の容赦がなかったから。
でも、ある時から、なんだか様子がおかしくなってきた。
きっかけは、あの大きな共同プロジェクトだった。莉奈が大抜擢された時も、「うわー、鬼との二人三脚じゃん、頑張れ……」くらいにしか思ってなかった。でも、プロジェクトが進むにつれて、鬼部長の様子が、明らかにおかしかったのだ。
例えば、飲み会。部長は基本、誰とも馴れ合わない一匹狼スタイルを貫いてる。なのに、莉奈が他の男性社員に絡まれてると、すごい形相で睨んでる。その視線は、もはや「殺意」と言っても過言ではないレベル。え、何? あの莉奈への執着、尋常じゃなくない?
プロジェクトで、莉奈がクライアントに責められてた時もそうだ。颯爽と現れて、全部自分の責任だって頭を下げたって聞いた時は、耳を疑った。「あの鬼部長が!? 部下を庇った!?」って、営業部中が大騒ぎになった。しかも、相手は莉奈。どう考えても、特別扱いが過ぎる。
極めつけは、姫野マリアの一件よ。あの子が莉奈に嫌がらせしてたのは、薄々気づいてた。でも、まさか部長が、あんな公衆の面前で、マリアを吊し上げて、莉奈を守るとはね。「二度と俺の部下に手を出すな」ですってよ? ドラマかと思ったわ。あれはもう、完全に「俺の女に手を出すな」って意味でしょ。
鈍い私でも、さすがに気づいた。あ、これ、そういうことなんだ、と。鬼部長、莉奈のこと、めちゃくちゃ好きなんじゃん、と。
それに気づいてから、二人を観察するのが、私の密かな楽しみになった。隠しているつもりの甘い空気が、もう、ダダ漏れなのよ。
部長が莉奈を叱ってる時も、よく見ると、口元は厳しいけど、目が、ものすごく優しい。叱りながらも、「可愛いなぁ、こいつ」って顔に書いてある。莉奈の方も、叱られてるはずなのに、なんだか嬉しそう。もう、わけがわからない。二人の世界が出来上がりすぎてる。
だから、二人が付き合い始めたって聞いた時も、「知ってた」としか思わなかった。むしろ、遅いくらいよ、と。
そして、結婚報告。莉奈から、恥ずかしそうに指輪を見せられた時は、自分のことのように嬉しかったな。「あの氷の鬼部長を溶かすなんて、水無月、あんた何者!?」って、本気で言ったわ。
今じゃ、社内では相変わらずの鬼部長と部下の関係を演じてる二人だけど、私にはお見通しよ。二人きりになれる瞬間を狙って、アイコンタクトを取り合ったり、コピー機の陰で、こっそり指先を触れ合わせたりしてるの。青春か、君たちは。
まあ、何はともあれ、親友が幸せそうで、私も幸せ。
あの鉄仮面の下に、あんなに情熱的な愛情を隠し持ってたなんてね。恋って、本当に人を変えるものなのね、と、今日も私は、こっそり二人の甘い空気を観察しながら、一人、お茶を啜るのでした。




