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心の声が聞こえる私が唯一思考を読めない鬼部長、その本音は「にゃーん♡」という猫の声にしか聞こえませんでした  作者: 水凪しおん


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番外編1「黒崎誠の独白」

 俺は、黒崎誠。部下からは「鬼部長」などと呼ばれているらしい。自覚はある。俺は、仕事において、一切の妥協ができない。それは、俺自身にも、そして部下に対してもだ。馴れ合いは、成長を妨げる。そう信じて、俺は、常に厳しい姿勢を貫いてきた。


 そんな俺の日常に、ある時から、小さな、しかし無視できない存在が入り込んできた。


 水無月莉奈。


 入社三年目の、ごく普通の部下。少しそそっかしくて、危なっかしいところはあるが、仕事に対する姿勢は、真面目で、ひたむきだ。最初は、ただそれだけの認識だった。数いる部下の一人。それ以上でも、それ以下でもなかった。


 変化が起きたのは、いつからだっただろうか。


 俺が厳しい言葉で叱責すると、彼女はいつも、びくりと肩を震わせ、青い顔をする。傷ついているのは、明らかだった。だが、彼女は、決してそこから逃げなかった。涙目になりながらも、必死に食らいついてくる。その姿が、なぜか、俺の心に、小さな棘のように引っかかった。


 そして、奇妙なことが起こり始めた。


 彼女が、時々、まるで俺の心の中を見透かしたかのような反応をすることがあるのだ。俺が内心で「よくやった」と思ったタイミングで、彼女の表情が、ほんの少しだけ和らぐ。俺が内心で焦りを感じていると、彼女が、絶妙なタイミングでフォローの資料を出してくる。


 最初は、気のせいだと思っていた。偶然だろう、と。


 だが、そんなことが何度も続くと、さすがに気になってくる。「なぜだか分からないが、彼女のそばにいると、心が落ち着く」。そんな、非論理的な感情が、俺の中に芽生え始めていた。


 決定的な出来事は、休日に訪れた。俺の唯一の癒やし、猫カフェ。そこは、俺が「鬼部長」の鎧を脱ぎ捨て、ただの猫好きの男に戻れる、聖域だった。猫たちに囲まれ、骨抜きにされている、最高にだらしない姿。それを、彼女に見られてしまったのだ。


 棚の陰から、驚いた顔でこちらを見ている彼女と、目が合った。その瞬間、俺は、全身の血が逆流するかのような、猛烈な羞恥心に襲われた。終わった。鬼部長としての威厳も何もかも、全て崩れ去った。


 だが、彼女は、俺に声をかけるでもなく、そっと姿を消した。そして、翌週、会社で会った彼女は、何も見なかったかのように、いつも通りに振る舞っていた。その気遣いが、逆に、俺の心をかき乱した。


 それからだ。俺が、明確に、彼女を「一人の女性」として意識し始めたのは。


 プロジェクトで、彼女が理不尽な叱責を受けていた時、俺は、気づいたら彼女の前に立ちはだかっていた。彼女を守りたい。誰にも、傷つけさせたくない。そんな感情が、理性を超えて、俺を突き動かした。


 彼女の同僚が、彼女に陰湿な嫌がらせをしていると気づいた時も、そうだ。俺の部下に、俺の……大切な人間に、手出しをすることは、絶対に許せなかった。


 いつの間にか、俺の世界は、彼女を中心に回り始めていた。彼女の笑顔一つで、俺の一日は彩られ、彼女の悲しい顔を見れば、胸が締め付けられるように痛んだ。


 これは、恋だ。


 三十年以上生きてきて、初めて自覚した、どうしようもない感情。だが、どうすればいい? 俺は、不器用で、口下手で、愛情の伝え方なんて、まるで分からない。昔、シロを撫でてやることくらいしか、俺にはできなかったのだから。


 台風の夜、二人きりで過ごした時。暗闇の中で怯える彼女を、ただ、抱きしめたいと思った。俺がそばにいる、と伝えたかった。


 そして、俺は決意した。この気持ちを、伝えよう、と。格好悪くても、不器用でもいい。俺の、ありのままの言葉で。


 告白した時の彼女の涙は、俺の人生で、最も俺を狼狽させ、そして、最も俺を幸福にした涙だった。


 俺は、今、最高に幸せだ。隣で、俺の妻になった莉奈が、幸せそうに微笑んでいる。


 俺が、本当は、ただの不器用な猫好き男だってことを、彼女は、なぜか最初から知っていたような気がする。不思議なやつだ。だが、そこがいい。


 俺の心の声が、もし彼女に聞こえているとしたら、きっと、一日中「ごろごろ」と鳴り響いて、うるさくて仕方ないだろうな。

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