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心の声が聞こえる私が唯一思考を読めない鬼部長、その本音は「にゃーん♡」という猫の声にしか聞こえませんでした  作者: 水凪しおん


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第16話「私だけの優しい旦那様」

「莉奈、ただいま」


「おかえりなさい、誠さん」


 玄関のドアが開き、聞き慣れた愛しい声がする。私は、エプロンをつけたまま、パタパタと駆け寄った。スーツ姿の彼は、会社で見せる「鬼部長」の顔をかなぐり捨て、私だけに見せる、少し疲れた、穏やかな表情をしていた。


 彼――黒崎誠さんと私が、夫婦になって、一年が経つ。


 あの日、最高の告白を受けて始まった私たちの恋は、順調に育まれ、一年後、彼は、あの時と同じくらい真剣な顔で、私に指輪を差し出してくれた。もちろん、その時の彼の心の中が「結婚してくれにゃー!」の大合唱だったことは、言うまでもない。


 私たちは、会社には秘密のまま結婚し、都内の少し広めのマンションで、新しい生活をスタートさせた。


「誠さん、お疲れ様。先にお風呂にする? それともご飯?」


「……先に、莉奈を充電させてくれ」


 そう言って、彼は、大きな腕で、私をぎゅっと抱きしめた。彼の胸に顔をうずめると、彼の匂いと、そして、心の声が、私を優しく包み込む。


(……はぁ~……りな分を補給にゃ……これで明日も頑張れるにゃ……ごろごろごろ……)


 相変わらず、彼の心は、私への愛しさで満ちている。この「ごろごろ」を聞くたびに、私は、世界で一番の幸せ者だと、心の底から思うのだ。


 私たちの新居には、もう一人、大切な家族がいる。


 ソファの上で、丸くなって眠っていた茶色い毛玉が、私たちの声に気づいて、にゃあ、と可愛らしく鳴いた。


「マロン、起きたか」


 誠さんは、私を抱きしめていた腕をほどくと、ソファに向かい、その茶色い子猫を、優しく抱き上げた。マロンは、誠さんが保護施設から引き取ってきた、元保護猫だ。あの雨の日に助けた子猫がきっかけで、彼は、定期的に施設のボランティアに通うようになり、そこで出会ったのがマロンだった。


 誠さんの膝の上で、マロンは、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。


(マロンも可愛いけど……やっぱり、俺の莉奈が一番可愛いにゃ……)


 ……夫の心の声が、自分のペットに嫉妬している。私は、その微笑ましい光景に、くすくすと笑った。


 会社では、彼は、今もなお「鬼部長」として、その名を轟かせている。厳しく、しかし的確な指導で、部下たちを育て上げ、営業部の成績は、彼が部長になってから、右肩上がりだ。誰も、彼が家では、猫と妻にでれでれの、優しい旦那様だなんて、夢にも思わないだろう。


「莉奈、今日の夕飯はなんだ?」


「今日は、誠さんの大好きな、ハンバーグですよ。チーズも乗せちゃいました」


「……最高だ」


 仏頂面でそう言う彼の心の中が、「にゃっはー! ハンバーグ! チーズ乗せ! 莉奈は天才にゃ!」と、大喜びしているのを、私は知っている。


 食事の後、ソファで並んでテレビを見ていると、彼は、私の肩に、こてん、と頭を乗せてきた。


「……少し、疲れた」


「お仕事、大変でしたもんね。お疲れ様です」


 私は、彼の頭を、優しく撫でた。すると、彼の心の中から、甘えるような、心地よい音が響いてくる。


(……りなに撫でられるの、一番好きだにゃ……もっと撫でてほしいにゃ……ごろごろ……)


 人の心の声が聞こえる、この不思議な力。

 昔は、この力のせいで、人を信じられず、恋に臆病になっていた。世界は、嘘と建前で溢れていると思っていた。


 でも、今は、違う。

 この力は、きっと、この人の心に触れるために、私に与えられたのだ。

 不器用で、自分の気持ちをうまく言葉にできない、世界で一番愛しい人の、その温かくて、正直で、愛情に満ちた心の声を、ちゃんと私が受け止めてあげるために。


 ふと、彼は、私の左手を取り、その薬指にはめられた指輪を、愛おしそうに撫でた。


「莉奈」


「はい?」


「……愛してる」


 彼の口から、真っ直ぐに紡がれた言葉。

 そして、それと同時に、私の頭の中に響く。


(……愛してるにゃ、莉奈。世界で一番……にゃ……)


 もう、言葉の最後に「にゃ」が付いていることなんて、気にならない。それが、彼の、最大限の愛情表現だと、私は知っているから。


 私は、彼の胸に、そっと寄り添った。リビングの明かりが、私たちの薬指で輝くお揃いの指輪を、キラリと照らす。


「私も、愛してますよ。誠さん」


 私の耳元で聞こえる、彼の幸せそうな「ごろごろ」という喉の音。それが、私の幸福の音。

 この温かくて穏やかな愛に満ちた毎日が、これからもずっと、続いていく。


 私の物語は、世界で一番完璧な、ハッピーエンドを迎えたのだ。

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