第15話「最高の告白、最高の彼氏」
「好きだ、にゃ」
――頭の中に直接響いた、最高の心の声。
「俺と、付き合ってほしい」
――目の前の彼が紡いでくれた、不器用で、最高に誠実な言葉。
二つの告白が、私の心の中で、完璧に一つになった。嬉しさと、愛しさと、そして少しの可笑しさがごちゃ混ぜになって、私の感情のダムは、ついに決壊した。
「ふ……っ、うぇ……」
情けない声を上げながら、私は、ただ、ぽろぽろと涙を流すことしかできなかった。驚いたのは、黒崎部長の方だった。
「み、水無月!? なぜ泣くんだ!? やはり、迷惑だったか……? すまない、忘れてく……」
彼が、慌ててそう言った時だった。
(にゃーん!? にゃんで泣くにゃー!? 俺、何か間違ったかにゃ!? 嫌われちゃったのかにゃ!? しょぼん……)
心の猫が、見る見るうちにしょんぼりしていくのが分かる。違う、そうじゃない。私は、慌てて首を横に振った。
「ちが……っ、違うんです……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、私は、必死で言葉を紡いだ。
「嬉しくて……っ! 私も、部長のことが、好き、です……!」
そう言った瞬間、時が、止まったように感じた。
黒崎部長は、大きな目を、さらに大きく見開いて、私を凝視している。彼の心の声も、ぴたりと止まっていた。まるで、フリーズしてしまったパソコンのように。
そして、数秒の沈黙の後。
(にゃにゃにゃ、にゃんとーーーーー!?!?!?)
彼の心の中で、驚天動地の叫びが上がった。そして、それはすぐに、純度百パーセントの、爆発的な喜びに変わった。
(やったにゃー! やったやったやったにゃー! りょ、両想いにゃー! 夢じゃないにゃ!? ほっぺつねってもいいかにゃ!? にゃっはー! ごろごろごろごろにゃ~~~~~♡)
私の頭の中は、歓喜のカーニバル状態だ。そのあまりの喜びように、私の涙は引っ込み、代わりに、笑いが込み上げてきた。
「ふふっ……あははっ……!」
私は、涙で濡れた顔のまま、声を出して笑ってしまった。そんな私を見て、彼は、戸惑いながらも、その顔に、じわじわと安堵と喜びの色を広げていく。
「……本当か? 本当に、俺でいいのか?」
信じられない、というように問いかける彼に、私は、もう一度、はっきりと頷いた。
「はい、喜んで!」
その瞬間、彼の、いつも厳しく結ばれている口元が、ふわり、と綻んだ。それは、私が今まで見た、どの彼の表情よりも、優しくて、幸せそうな、最高の笑顔だった。
そして、私の頭の中に響いてきたのは、今までで一番、温かくて、深くて、そして、とろけるように甘い、「ごろごろ」の音だった。
(ごろごろごろごろ……しあわせにゃ……世界一の幸せ者だにゃ、俺は……りな……好きだにゃ……ごろごろにゃ~~~♡)
その幸せそうな音色に、私の心も、完全に溶かされてしまった。
彼は、おずおずと、大きな手を伸ばしてきた。そして、私の頬に、そっと触れる。その手は、少しだけ震えていた。
「……その涙は、俺が、一生かけて、笑顔に変えてみせる」
キザなセリフ。普段の彼なら、絶対に言わないような言葉。でも、その言葉が、今の私には、世界で一番、心に響いた。
こうして、私と鬼部長……いや、私だけの優しい猫部長との、秘密の恋が、最高の形で始まった。
◇
交際がスタートしてからの日々は、まるで夢のようだった。
もちろん、社内では、私たちの関係はトップシークレットだ。彼は相変わらず、近寄りがたいオーラを放つ「鬼部長」として振る舞っている。
「水無月、この報告書、誤字があるぞ。やり直せ」
「は、はい! 申し訳ありません!」
他の社員がいる前では、こんなやり取りが日常だ。周りの人たちは、「あーあ、水無月、また捕まってる」と、同情的な視線を向けてくる。
でも、今の私には、全く堪えなかった。なぜなら、彼の厳しい言葉と同時に、私の頭の中には、全く別の声が聞こえてくるからだ。
(……にゃん。本当は、完璧な報告書にゃ。でも、こうして口実でも作らないと、りなの顔を近くで見られないにゃ……許せ、りな……)
……許します。いくらでも許します!
むしろ、ありがとうございます!
私は、叱られているにも関わらず、にやけそうになる口元を必死で引き締め、真剣な顔で「修正してまいります!」と答える。そんな私と彼のやり取りを、一体誰が想像できるだろう。
二人きりになれる場所は、限られている。給湯室、非常階段、そして、時々、残業後のオフィス。
誰もいない給湯室で、彼がコーヒーを淹れている私の後ろから、そっと近づいてきて、頭をポン、と撫でてくれる。
「……頑張りすぎないようにしろ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、彼の心の声は、私への愛しさで溢れていた。
(りなの髪、いい匂いがするにゃ……ずっとこうしていたいごろ……)
そのギャップが、たまらなく愛おしい。
彼の心の声が聞こえる、この不思議な力。以前は、なんて疎ましい力だろうと思っていた。人間の裏側ばかりが見えて、誰も信じられなくなる、呪いのような力だと。
でも、今は、違う。
この力があるから、私は、彼の不器用な愛情表現の、その奥にある、本当の気持ちを、誰よりも近くで感じることができる。
世界で一番愛しい人の、世界で一番温かい声を聞くことができる、最高の能力。
私の彼氏は、社内では鬼部長。
でも、私にだけ聞こえる心の中は、最高に可愛い、甘えん坊な猫なのでした。




