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心の声が聞こえる私が唯一思考を読めない鬼部長、その本音は「にゃーん♡」という猫の声にしか聞こえませんでした  作者: 水凪しおん


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第14話「伝えたい言葉、聞こえない声」

 台風一過。嘘のように晴れ渡った青空が、窓の外に広がっていた。嵐の夜に二人きりで過ごした会社での一晩は、私の心に、大きな、そして確かなものを残していった。


 もう、迷わない。

 この気持ちを、ちゃんと、自分の言葉で伝えよう。


 出社してきた他の社員たちに昨夜の出来事を軽く説明し、通常業務に戻ったオフィスで、私は決意を固めていた。もちろん、すぐに、というわけにはいかない。タイミングを見計らって、ちゃんと、二人きりになれる場所で。


 一日中、私の心臓は落ち着きなく鳴り続けていた。仕事中、何度も黒崎部長の姿を目で追ってしまう。彼は、いつも通りの鬼部長だ。厳しい顔で書類に目を通し、部下に的確な指示を飛ばしている。昨夜の穏やかな彼が、まるで幻だったかのように。


 しかし、時折、彼が私の方を一瞬だけ見て、すぐに目を逸らす。そのたびに、私の頭の中に、なんだかそわそわとした、落ち着かない猫の声が聞こえてきた。


(……にゃん……そわそわ……りな、こっち見てるにゃ……? いや、気のせいかにゃ……)


 彼も、意識してくれている。その事実が、私の背中をそっと押してくれた。


 終業時刻が過ぎ、オフィスに残る人もまばらになった頃。私は、ついに、その時を決めた。今しかない。


 深呼吸を一つ。私は、彼のデスクへと向かった。


「あの、黒崎部長」


 私の声は、自分でも驚くほど震えていた。


「……なんだ」


 彼は、パソコンの画面から顔を上げ、私を見た。その瞳は、真剣で、私の全てを見透かしているかのようだ。


 意を決して、私は口を開いた。


「あの、部長……! 大事な、お話が……」


 あります、と続けようとした、まさにその瞬間だった。


「水無月」


 彼が、私の言葉を遮るように、真剣な声で私の名前を呼んだ。


「俺の方から、お前に大事な話がある」


 え?


 彼の、あまりにも真剣な表情に、私の心臓が、どくん、と嫌な音を立てた。何か、悪い知らせだろうか。まさか、昨夜のことが問題になって、異動とか……? あるいは、私の能力に気づいていて、そのことを……?


 ありとあらゆる悪い想像が、頭の中を駆け巡る。サーッと血の気が引いていくのが分かった。


「……俺の話を、聞いてもらえるか」


 彼の声は、硬い。私は、ただ、こくりと頷くことしかできなかった。


 ああ、ダメだ。告白するつもりだったのに。完全に、タイミングを間違えた。一体、どんな話なんだろう。怖い。でも、聞かなければ。


 私がゴクリと喉を鳴らし、彼の次の言葉を待った、その時だった。


 私の頭の中に、今まで聞いたこともないくらい、大きく、鮮明で、そして、はっきりと「言葉」になった声が、雷鳴のように響き渡った。


 それはもう、猫の鳴き声なんかじゃなかった。

 彼の、心の声が、ダイレクトに、私の脳を揺さぶった。


(――好きだ、にゃ)


 え…………?


 え?


 今の、なに?


 好きだ、にゃ……?


「にゃ」は付いているけれど、それは、紛れもなく、告白の言葉だった。私の能力が、ついに彼の心の言葉を、完璧に翻訳したのか。それとも、彼の想いが強すぎて、猫のフィルターを突き破ってきたのか。


 私が、その衝撃的な心の声に思考を停止させていると、目の前の彼が、意を決したように、口を開いた。その顔は、少しだけ赤く染まっているように見えた。


「……水無月。俺は、いつからか、お前のことを目で追うようになっていた」


 それは、私の知っている、彼の低い、少しぶっきらぼうな声だった。


「お前が他のやつと笑って話していると、なぜか胸がざわつく。お前が仕事で成果を出すと、自分のことのように嬉しい。そして……お前が笑うと、俺も、なぜか嬉しいんだ」


 彼は、言葉を探すように、時々詰まりながらも、必死に、真っ直ぐな言葉を紡いでいく。


「昨日の夜、確信した。俺は、お前と一緒にいると、心が安らぐ。……柄にもないことを言っているのは、自分でも分かっている」


 彼は、一度、ぎゅっと唇を結んだ。そして、私を真っ直ぐに見つめ、はっきりと言った。


「水無月莉奈さん。俺と、付き合ってほしい」


 ………!!!


 彼の、本人の口からの、不器用で、でも、どこまでも真っ直ぐな告白。


 それと同時に、私の頭の中では、歓喜の鳴き声が、嵐のように鳴り響いていた。


(にゃーん! にゃーん! にゃーーーん! 言ったにゃ! ついに言ったにゃ! 好きだ! 大好きだにゃ! りな、お願いだにゃ! うけいれてくれにゃーーーー!)


 心の声と、本人の言葉。

 その、最強のダブルパンチに、私の涙腺は、あっけなく崩壊した。


 涙が、ぽろぽろと、止めどなく溢れてくる。でも、それは悲しい涙じゃない。嬉しくて、幸せで、愛おしくて、どうしようもないくらい、温かい涙だった。

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